兄の八つ当たりと同期(?)の男
「ほら、ナーキン。来いと言った時点で直ぐ動け。何度も言っているだろ、格好ばかり気にするなと。お前は魔物相手に剣を立てて口上など述べるつもりではないだろうな」
休日に兄たちの剣の相手をする父さんの声が庭先に響く。
「そんな下らん事をしている内に、あっという間に魔物に囲まれて死角から取り付かれて真っ先に死ぬぞ。賊相手もだ。そんなお上品な事をするのは王都貴族のボンボンくらいだぞ。魔物は試合開始の合図など待ってはくれんからなっ」
騎士対騎士の御前試合でも指しているのだろう、戦う前の無意味な行動を批判しながらも前へ前へと下の兄を押し下げていく父さん。
「おい、マーパス。ボサっと見てないで素振りをするかオーヴたちの面倒を見ろ。全然形が出来てないではないか。お前たちは何を教えていたんだ」
口を動かしながらも、容赦なく斬撃が下の兄に降り掛かる。
いつこちらを見たのだろうか分からなかったが、手が止まっていた上の兄に苦言を呈する父さん。
「……チッ。オーヴ、何度言ったら分かるんだ。もっと脇を閉めて踏み込む足を意識しろと言っているだろう。スフィア、持ち手が逆だ。こう……って、正面の俺の真似じゃなくて……って、もうっ、鈍臭い奴だな! こうだ!」
あからさまにイラつきながら妹の横に並んで持つ手を見せる上の兄。
二歳児など、ただ真似るだけの遊戯であるのに、その真似る相手が正面に向かい合っていては、利き手が逆でない限り持ち手が逆になってしまうのは当たり前だ。
ところが、上の兄が指摘した持ち手は実は合っていた。
妹は僕ら兄弟の中で唯一利き手が逆の左利きなのだ。
僕はそれを知っていて、妹にそのようになるように教えていたのだ。
しかし、不機嫌な上の兄の威圧的な声に怯えたのか、それまでぶんぶんとご機嫌で竹の棒を振り回していた妹の手が止まって蹲った。
「ぃったぁい……」
「スーちゃん、おててがいたいの?」
半べそになった妹が腕を押さえていたのに直ぐ気が付いた僕は、木の棒を放り出して妹の近くに寄る。
「……オーヴ、直ぐに母さんのところに連れて行ってやりなさい」
すると、それに気が付いた父さんが下の兄を止めて僕に声を掛けてきた。
それは直前までの厳しいものではなく、心配をする父親のそれだった。
◆
「ハァ~、まさかこんな事になるとはな」
遠くに踏み板の上を移動していく兵たちの姿を望みながら、余剰になってしまった兵や魔法士たちを解散させる為に分隊長へと指示を出す小隊長たち。
土がフカフカ過ぎて足が埋まってしまうらしく、足場を組む時用の木板を土の上に敷いて部隊の移動をさせていた。
先程から溜め息があちこちから聞こえてきて、中々鬱陶しい状況であった。
「……僕も 帰ろうかな」
堤の上の縁でずっと待機していた僕は、偵察から帰ってくる二人の後ろを付いてくる何やら光っている小さな何かに気付いて、それを目で追っていた。
しかし、どんどんと堤の上に上ってくる他部所の兵たちの目が私服の僕に向いてくるのに耐えられず、体の向きを変えたり更に縁の方に移動したりしている内に、それを見失ってしまっていた。
とかろが、懸念していたスライムの方向転換の事態は避けれたからと、限界体制は直ぐに解除された。
堤の下に集まっていた非番の兵たちが順番に帰っていく様を見て、自分もそれに続こうとした。
そこに先程偵察に行っていた若い方の兵が近付いてきた。
「あんた、去年まで魔法学園にいただろ。今はZ隊の人間なんだってな」
「……そうだけど、そう言う君は?」
「おれも去年まで魔法学園に通っていたんだよ、水魔法科にな」
「水魔法科? その制服は一般兵のだろ。何でまた……」
去年までという事は同学年だったという事。
でも、僕は全然知らない上に相手は僕を知っていると言う。
……ナニそれ怖い。
「おれの水魔法は大した事がなくて、魔法部隊への入隊資格に合わなかったんだ。ほら、攻撃力がないと駄目って項目があっただろ? これ以上は言わせんなよ。恥ずいだろ?」
「え? そうだっけ?」
そういえばそんな条項もあったような気がするけど、僕ら土魔法分隊にそれは当て嵌まらないんだよな。
何にでも例外というものは存在して、治癒、錬金、土属性の各魔法職はそれに該当する。
え? 治癒魔法も錬金魔法も最強の攻撃魔法だって?
そんなの別作品を読んでくださいな。
「あ、お前、自分が土属性で関係ないからって興味なさすぎだろ」
「いやぁ、ハハハハ」
こういう時は笑って誤魔化すに限る。
僕の魔法学園での唯一の友人は、いつもそれで回避していたし。
それに、僕の土魔法はある意味攻撃力があるんだよなぁ。
僕の場合は魔力を暴走させれば良いんだから。
それにしても、魔法学園を出たのに一般兵なのは悔しかっただろうな。
魔法士として入隊すれば、一般兵よりも二階級も上からスタート出来たんだから。
だから同期だというこの男と僕とでは階級がふたつも違う事になるんだ。
ま、中には実力が評価されてもっと上の階級からスタートする奴もいるらしいんだけど。
「ところで……お前の妹だけどな。その……軍に入ってくるのか?」
「妹? さあ……」
こいつ、僕の事を何で知っているのだろうかと思ったら、妹絡みだったのか。
道理で僕が知らなかった訳だ。
「さあって……何で知らないんだよ」
「その辺の事は話し合ってないし、聞いていないから」
「いつも一緒にいたのにか?」
「別に、いつも一緒にいたからって、将来の進路なんて自分で考えて自分で決めれば済む話だろ? それでも決まらなけりゃ、親に相談して決めれば済む話じゃないか」
とは言え、僕に限っては親に進路を無理矢理決められた口なんだけどね。
元はと言えば、僕は冒険者になりたかった。
しかし、僕の一族はずっと軍に仕える子爵家だった。
だからなのか、父さんは頑なに軍に入る以外の選択肢を認めなかった。
だけど、妹だけはずっと前から軍には入らずに他の職業に就きなさいと言われ続けていた。
何故なんだろうと思ったりもしたけど、父さんは一言、お前たちは男坊主なのだからだと言い放った。
「そう、か。ちぇっ! お前の妹なんだから、軍に入ってくるだろうと思ってたのにな。そうすればまだチャンスは……」
「え? 何?」
「あ、いや。何でもない! 軍に入ったとしても、うちの基地にに配属になるとは限らないしな」
え? 何?
そんな意味不明な話をしていると、馴染みとなった顔と見覚えのある人物、それに知らないオジサンが此方にやってきた。
「おいこら、オーヴ! お前、一体何をやらかしたんだ!」
4月11日(土)から投稿時間を11時に変更します。
よろしくお願いします。