夜中の悪夢と悪夢のような過去の出来事
小さい頃の僕は、夜中に何度もあの時の夢を見ていた。
まるで妹に怪我を負わせた時の忌々しい記憶を忘れ去らない様に……。
「…………ん……ん? サーちゃん?」
そんな時には、限って僕に抱き付いて寝ていた妹の抱き付く力が強くなっていた。
悪夢で目が覚めた僕は、そんな妹の無意識の抱擁が心地よく、再び目を瞑る事が出来たのだった。
◆
最も古い記憶。
それは、ひとつ違いの幼い妹と庭で仲良く泥んこ遊びをしていたというものだ。
誰に教えて貰った訳でもなく、自然と出来るようになっていた泥魔法で遊ぶのが二人の日常だった。
普通は学校に通いだしてから魔法を覚えるものなのだけど、物心付くかどうかという小さな頃から僕は魔法を使えるとあって、周りからは神童だと持て囃されたものだ。
二人いる兄たちはその頃には既に学校へと通っていて相手をしてもらえず、働きに出ていく父や何かと忙しそうな母の目を盗んでは外へと出ていたのだけど、屋敷の目の前の庭ではバレてないと思っていたのは本人たちだけだったのだろうと今では分かる。
泥魔法という事は土を触るので、家に入れば直ぐ様に唯一人いた女中に見付かって手を洗いに二人を水場に連れて行くのがいつもの流れだった。
時には雨の日にまで泥だらけになって遊んでいた事もあって、冷たい水をぶっ掛けられて二人で震えあがって抱き合っていたというのは、大きくなってからその女中に笑い話として聞かされたものだ。
平和な日常が壊れたのは、そんな幼かったある日の昼下がり。
その頃になると、庭のあちこちを泥だらけにされるのは敵わないからと穴堀をしても良い場所を指定されていたのだが、いつものように泥んこ遊びをしていた二人は同じ場所では物足りなくなってこっそりと隣接する雑木林の方に移動してその雑木林との境目に穴堀をしだした。
幼い妹がいるので、流石に踏み込んだ事のない雑木林の中にまでは入り込もうとは思わなかったが、その境目まで行くのには然程抵抗はなかった。
異変があったのは、それから暫く遊びに熱中している最中だった。
――― ・っと・・けた ―――
そう、あの時の声が聞こえてきたのだ。
――― やっと見付けたぞ ―――
最初は気のせいだと思ったその声……
――― 幼き者よ、力は欲しくないか ―――
幼心にはそれが何を指すのか分からなかった……
――― この世界一番の力を ―――
幼心には世界という言葉はよく分からなかった……
――― 欲しくば願うがいい ―――
だが何かを貰えるというのは分かった……
――― 我が叶えて進ぜよう ―――
だから深く考えずに欲しいと願った……
どこから聞こえてきたのか、幻聴なのか、白昼夢なのか、それとも……
今でもそれはわからないけど、幼かった僕は欲しいと声を出して答えた。
すると、キョロキョロしながら意味不明の言葉を発する俺の姿に幼い妹は首をコテンと傾げて覗き込んでくる。
得体の知れない何かに話し掛けられれば普通の人ならば警戒するだろう。
だが、その不思議な声にほんの僅かだけ恐怖心を持ったものの、何やら貰えるという言葉に目を輝かすばかりだった。
すると、自分ではなく虚空ばかり向く俺の姿に不安を持っただろう妹が、様子のおかしい俺の手を握ってこっちを向けと引っ張る。
だが、その妹が引っ張る僕の手に異変が。
いつも魔法を使うその手から勝手に魔力が湧き出す感覚に、これは何やらおかしいと思ったものの、どう制すれば良いのか分からずに戸惑うばかりだ。
手を掴んでいた妹もその事態に気が付いたものの、どうして良いのか分からずにただ目をパチクリと瞬かすばかりだった。
魔力の暴走。
後にそう結論付けられたその現象は、手を掴んでいた幼い妹の腕に一生残る火傷の痕を残す事となった。
それからというもの、正式に学校で習うまで魔法の使用は禁止されたのだが、待ちに待った学校でも暴走する程の魔力を制する術を教えられる教師がいないからと、引き続き魔法は封印させられる事となった。
結果、魔法専門の学校である国立の魔法学院に入る事になったのだが、実はそれまでもこっそりと魔法の練習はしていた。
火傷を負った妹はその後も健気に付いて回っていて、ハラハラしながらも僕の魔法の練習に付き合っていた。
大きな魔力の暴走はそれっきり起こらなかったが、それはただ運が良かっただけだ。
再開しだした頃は何度か暴走しかけていたし、極小規模の暴走は幾度となく起こしていたが、どれもバレなかっただけに過ぎない。
ただ、その何れも暴走しかけた時に、妹が暴走しだす魔力を見て何とか抑えようとしてなのか、何が出来る訳でもないのに腕にしがみつくのがいつもの流れとなり、何度も肝を冷やしたのだった。