第六十一話 血塗られたキス
「で? そんな荒唐無稽な話を信じろって言うの? 馬鹿なのー?」
「さすがに擁護出来ませんよ。ジャスミンは頭がおかしくなってしまったのですか?」
「うーん。今回ばかりは中立ってわけにいかないかなぁ。ちょっと無理があるよねぇ」
エリリン……カシスちゃん……。
ヒメナちゃんは……いつから中立だったのか問いただしたいところだが……う、うん。
エリリンの部屋に女子五人。テーブルを囲んでいる。
空気はどんよりとしていて、女子会なんて言える雰囲気ではない。
──俺はチロルちゃんと約束をした。それを果たす為にはみんなの協力が必要なんだ。
お姉さんには全てを打ち明けた。最初はひどく反対されたけど「それがアヤノちゃんの望みなら」と、手伝ってくれる事になり今に至る。
月曜日をお姉さんの家で迎えられたからこそ今がある。
俺が男である事や向こうの世界の事も、全てを知っているお姉さんだからこそ、打ち明ける事が出来た。
きっと、一晩寝たら揺らいでいた。
だって、この世界はパラダイス。夢がつまりにつまった最高の世界なのだから。
◆
お姉さんは言い返す事なく、スッとテーブルの上にフィギュアを置いた。
それは、あの日作られた氷のアートだった。
なくなったはずのフィギュア。何故ここに……。
「溶けない氷のアートよ。これで信じてもらえるかしら?」
はぁ? と乱暴にフィギュアを手に取るエリリン。しかし次第に表情は歪み、驚きに満ちたものになった。な、なにごと?!
「少なくとも人の命が一つ関わってるって事かよ。おばさん。冗談じゃ済まされないよ?」
えっ?!
「それはわたしが作ったのよ」
「はぁ?! なんの冗談?!」
え、なに? 置いてかないでよ。ちゃんと説明してよ!!
「あの、意味がわからないのですが。そのフィギュアには何かあるのですか?」
ナイスっカシスちゃん!!
「ガキは知らなくていい事だから」
えっ、えーー?!
「で、あんたが作ったとして、なんでまだ生きてるの?」
「正確には400回くらい死んでるのよ。その度に時間が戻って、全てが再構築されたって言うのかしら? だから命を対価に魔法を行使しても元どおりって事」
「なにそれ……意味わかんない」
テーブルに頬をつき遠い目をするエリリン。
人差し指でパチンッパチンッとフィギュアを突いてる。ど、どうしちゃったの?
「それ、本物なの? オリハルコン以上の強度だっけ? 試してみようよ。話はそれからだぁ!」
ヒメナちゃんナイス!
「本物だよ。強度はさっき測ったから。ジャスミンの魔力で作られてる事も確認済み。でも、だからって……信じられる話じゃ……」
納得なんか出来ない。けど、目の前にあるフィギュアが全てを物語る。的な雰囲気だろうか。
沈黙だけが、ただただ流れる。
そうか。あの魔法は命を対価に……。
命を対価にフィギュアを?! と、驚きたいけどこの空気はそれを許さない。
そして、ため息混じりにエリリンが口を開いた。
「わかった。信じてないけど……信じてないけど‼︎ ……手伝ってあげる」
カシスちゃんはイマイチ話の流れが掴めてない様子で、むぅっとプックリしていた。
誰かカシスちゃんにもわかるように教えてあげて!!
◆ ◇ ◆
そこから話はトントン拍子に進んだ……かに、見えた。
カタッ!
「「「キ、キス?!!」」」
一瞬にして顔を真っ赤に染める美少女三人。エリリン、ヒメナちゃん、カシスちゃん。
「そ、それで……アヤノちゃんがレオと、き、き、き、キス……するのと、ど、ど、どう関係があるのよ」
あのエリリンが赤面。噛み噛みの噛みっ子。カシスちゃんは下向いて耳まで真っ赤に染めポアァァとしてる。ヒメナちゃんに至ってはプイッとそっぽ向いちゃったよ……。
キスよりも凄い事して来たでしょぉ?!
どうしてキスでそんなに恥じらうの?!
これが……女の子同士の特権というやつなのか。
無自覚にも程があるぞ!!
ほんと、非日常の幸せな時間を過ごして来たんだなぁ。今更ながらに実感する。
このままずっとこの世界に居れば、その先のステージにだっていけたかもしれない……。
ダメだ。
考えると覚悟が揺らぐ。もう、決めた事じゃないか。
年端もいかない少女を、女子中学生の犠牲の上に成り立つ世界なんて間違っているんだから。
だから……みんなにしっかりサヨナラをする。勇者レオとキスをするんだ。
◆
──そして、いくつもの苦難を乗り越えみんなの協力もあり、ついに……その時を迎える事が出来た。
しみったれた安酒場に勇者レオと二人。
「レオ様……」
「ア、アヤノさん」
瞳を閉じ、一秒後なのか二秒後なのかわからない、その瞬間を待つ。静かに流れる時の中で、心臓の音だけが激しくうねりをあげる。これが、キスを待つ乙女の感情……。とっても恥ずかしい。
ドクン。ドクンドクンドクン。
〝グサッッ〟
……あぁ、懐かしい。この感触……。
「すまない。どうか許してほしい」
もうわかってる。
これは、そういう事。
ゆっくり目を開ける。
どうしょうもない現実だけが映る。
ナイフが……お腹に刺さっているんだ。




