第五十六話 ラストバッター!ですわっ
ただ、生き延びるだけで良いと思っていた。
『頑張って勇者レオを口説いてみるね!』とは言ったものの、心の中は筒抜け。聞こえてないフリをしてくれたおかげで、円満に『また来週ねっ!』とお別れ出来たけど、そんなのは嘘っぱちだ。
「偽物だ」
「そうよね。本物のキャミソール。用意して待ってるからね!」
ドクンッ。
ほ・ん・も・の!!
「うんっ、やくそく!! ぜったいぜったい約束!!」
「当たり前じゃないっ! アヤノちゃんは命の恩人なんだから。お泊まりの時はたくさんわがまま聞いてあげるっ」
「わーい! やったぁ! むぎゅむぎゅぎゅ!」
「こーらっ、今日はもうおしまい。戻らないと怪しまれちゃう」
ニコッと笑いお姉さんはロフトから出て行った。後ろから眺めるハイハイも、これまた絶景でした。お姉さんのお家にお泊まり……じゅるり。
結局、俺は変態さん。チロルちゃんとのこれからを、この世界でのこれからのことを考えようとしても、頭の中は欲望でいっぱい。
でも、チロルちゃんのことも好きなんだ。あっちとこっち。どちらか片方しか選べない。だけどさ、チロルちゃんを選んだところで、ビューティフルデイズはおとずれないんだ。
〝たかし〟として日本に戻ることの意味。
チロルちゃん、俺……やだよ。戻りたくないよ……。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「うっわ。ジャスミンの匂いが篭ってる。きっつー」
顔を歪ませながらのご登場!
ラストバッターのエリリンだぁ!!
ぽわ〜んと、ロフト内にギャルの匂いが立ち込める。ジャスミンお姉さんの残り香とのコラボレーション!
いや、これは……ジェネレーション。
ギャルから大人の階段を登る。そんなヒューマンドラマさえもうかがえる匂いの調和。
ギャルとお姉さんの匂いが入り混じる。
はぁはぁはぁはぁはぁはぁ。すぅぅぅぅ。ぷはぁぁ!!
「ちょっとアヤノちゃん、どしたの? 息荒いよ?」
「う、ううん。大丈夫。なんでもない!! はぁはぁ」
不思議そうな顔を見せるも、ハイハイしながら近づいて来る。
ドクンッ。
10分ループで長いときを過ごしたせいか、どこか懐かしさすら感じる。ハイハイ。ハイハイ。
NOエロ、YES見せパンの保身的なエリリンからチラ見えする襟ぐりからの谷間。本来絶対に見えないTシャツからのアングル。ハイハイならではの奇跡のアングル!!
はぁはぁ。来るっ! 覆いかぶさって来るのかっ?!
す、ストーーップッ! 距離0cm!!
くぅーー。押し倒してもいいのに! 押し倒してほしかったのにっ!! 押し倒される準備してたのにっ!!
グイッ。
「ねぇ、アヤノちゃん。これはどういう事? あの女になんかされたの?」
あ……れ? なぜか洋服の裾を引っ張られてる。
何事かと驚くのと同時に、ロフトの中に風が舞い始めた。これやばいやつ。エリリンが怒ってる時の風だ。
えっ? えっ? なんで?!
「あいつになんかされたの?」
「あいつって? ねぇどしたのエリリン?」
「ジャスミンに決まってるでしょ。なんでアヤノちゃんが、その汚れたキャミソールを着てるの?」
ひぇっ。背筋が凍るのを感じる。ユニフォーム交換したままだ。
「違うのっ、これは違うのっ」
誤魔化せ誤魔化せ誤魔化せ。誤魔化すんだ。どうにかしないと。これぜったいやばいやつ!
「わたしのアヤノちゃんにこんな服を着させて。許さないあの女」
「ま、待ってエリリン」
「離してアヤノちゃん。すぐ戻ってくるから大丈夫。良い子に待ってて」
な、何も大丈夫じゃない。これはバトルの気配だ。絶対ダメ。バトル、ダメ絶対!!
「アヤノがお願いしたの。ジャスミンお姉さんにお洋服交換してって」
「えっ?」
ピタッと、振り払われそうだった腕が止まり、驚きの表情とともに振り返ってきた。大丈夫。誤魔化せる。
「大人っぽくなりたくて……無理言って着させてもらったの。なんだかすごい、お洒落に見えちゃって」
お洒落に見えちゃって。を強調させる。
フェロモンに恋い焦がれて、フルアーマー化したかったとは間違っても言えない。
「アヤノちゃん……だからってそんな汗まみれの服を……。とりあえずお着替えしよっか」
ぎゅうっと抱きしめられたかと思ったら「バンザイして」と、言われあっという間に脱がされてしまった。
ペチャッ。「もういらなーい」と、水分をたんまり吸い尽くしたキャミソールが壁に向かって投げ捨てられた。
フルアーマー・フェロモンが無残にも投げ捨てられ悲しい気持ちに……でもダメ。顔には出さない。
さよならキャミソール。心の中でお別れをした。
「すぐに着替え持ってくるからね! キャミソールがいいんだよね?」
「う、うんっ!」
「あれ? そういえばアヤノちゃんが着てたTシャツは?」
「交換したからジャスミンお姉さんが着てるよぉ!」
特に隠すこともないし、交換したんだから当たり前のこと! っと思ったんだけど……、
ピキッ。「はぁ?」と、怒りに満ちた声とともに再びロフト内に風が舞い始めた。エリリンのツインテールのテール部分もひらひら舞う。さっきまでより一段階上の怒り具合。
「なにそれ、ずるい。あの女……許せない。わたしだってまだ着たことないのに」
えっ、えっ、エリリン?!
──いったい何に怒っているのかわからず、俺は言葉に詰まってしまった。




