第五十五話 本物が欲しい……ですわ!
完結に向けストーリーを動かしていきますっ!!
すぅーはぁぁぁ。ふんっはぁぁぁ。
──10分ループは370回目を超えていた。
あくまで360回は仮定。大丈夫。まだ大丈夫。
1時間で6回。なぁに、まだ2時間にも満たない。誤差の範囲。焦らない焦らない。
「ひゃあっ」
「ほんと、アヤノちゃんは耳が弱いんだからぁ」
「うー、違うよぉ〜!」
焦ることなど……ない。
うん。焦る必要は……ないな。これ。
10分ループを繰り返すことでお姉さんの指の動きは巧みになっていった。指耳掻きの〝匠〟になってしまったんだ。
ぐりぐりぐりぐり。
弱いところを的確に攻めてくる。
人差し指を両耳に突っ込まれ、ぐりぐりぐりぐり。
「来ちゃダメって何度言ってもわからない子には、おしおきしないとね」
「ひゃっひゃぁぁぁぁ」
〝〝もっとお願いしますっ!!〟〟
◇ ◆ ◇
たぶん400回目くらい。もう正確には数えていない。さすがにここまで来ると月曜日計画の破綻を認めざるを得ない。
「ふぅー、ふぅぅぅぅーー」
「ひゃぁぁ、そ、それはだめぇぇ」
耳に息を吹きかけられる。耳が宇宙に旅立ってしまいそうだ。ゾクゾクが止まらないっ。
「これやってくれたらもう来ないから……」
そんな嘘を吐き続けた。お姉さんを助ける為の必要な嘘。優しい嘘を。
でも、これから先はただの嘘。この世界に来てもお姉さんを助けるすべがないのだから。ううん。すべなんか最初から無かった。すがるだけの望みがあっただけ。
でも、それは儚くも消えた。月曜日は来なかったのだから。
いよいよをもって、今を楽しむことしかなくなった。
このまま無限にこの世界で……お姉さんと……。
あ、あ、あ、アバンチュール!
◇ ◆ ◇
──それは突然に。なんの前触れもなく、お楽しみ中の時におとずれた。もう完全に諦めていて欲望全開、お楽しみモードの真っ只中の時に……。
「うわぁぁぁ、お、お姉さん……もっと、もっとお願いします!!」
『あ、あやのちゃん?』
「……………………っ?!」
確かにお姉さんと話していたはずなのに、突然チロルちゃんに名前を呼ばれた気がした。
……うん。こりゃ、呼ばれたな。
だって、ここは意識の中の真っ暗な世界。
TVのチャンネルを変えるかのように、あっさりと一瞬で切り替わったのだろうか。それとも夢中になり過ぎて気付かなかったのか。
いや、そんなことはどうでもいい。
アカシックレコード的な何かで見られてると言えど、生の声をリアルタイムで聞かれてしまったんだ。
親フラ的な何か。羞恥心の極致。
恥ずか死ぬ……こんな再開って。
──あまりにも残酷で無慈悲。
……ノックくらいしてくれよ。
いきなり来るなんてひどいよ。
月曜日がおとずれる事を、チロルちゃんとお話する事を待ち望んでいたはずなのに、急に現実に引き戻されたようで、心が青ざめていく。
チロルちゃんに痴態を晒した事はもちろんだけど、10分ループが終わるかもと思うと、切なくも悲しい。
もっと、いろんなことがしたかった。もっともっとたくさんいろんなことがしたかった。
あんなことやこんなこと。たくさんしたかった!!
悲壮感に浸りながらもお姉さんのあの時の言葉が脳裏を駆け巡る。
〝わたしがパジャマとして使ってるキャミソールはもっとヨレていて色褪せているわ〟
く、くそっ。こうなったら必ずGETしてやるよ。本物ってやつを!!
それでチャラとはならない。等価交換にもならない。
しっかりとお持ち帰りしてもらう。それで、リセットされない10分のその先を、続きをするんだ!!
これで終わりじゃない。ここからが本当のスタートだ!! 俺とお姉さんのビューティフルデイズを、あの日した約束を……果たすんだ!!
◇ ◆ ◇
一通り話も終わり、さぁ戻るぞ! っと思った時、チロルちゃんが少し気まずそうに話を続けた。
『あのね、あやのちゃんがこっちに戻って来れる方法がわかったの。漠然とした想いの正体がわかったんだよ。……それはね、勇者レオと結ばれる事』
身の毛もよだつ、とんでもない言葉が飛び出してきた。
つい数分前に新たな門出、ビューティフルデイズを心に誓ったばかりなのに。
──勇者レオと結ばれる事? 勇者レオとビューティフルデイズ? いやいや。絶対嫌だ。
「チロルちゃん、それはつまり、どういう事?」
『うん……っとね。生前のアヤノ・ゴクアークは勇者レオに片思いしてたみたいなの……。愛する人に殺されて……なんかよくわからないけど、それで今、こんなことになっちゃってるみたい』
「いやいや、そんな良い男じゃないよ? あいつはドクズだよ? わかってるでしょ?」
『うん。でも、それが〝想い〟だから……』
意味がわからない。俺はこの世界で勇者レオと付き合わなければいけないのか? 嘘でしょ? 嫌なんだけど。
何より、俺はこの世界にとどまりたいと思っている。帰りたいとは……思わない。
返す言葉が出てこない。何か言わないと……沈黙はよくない。けど……、
ジャスミンお姉さんの事が好きだ。
ヒメナちゃんの事も好きだ。
カシスちゃんの事も好きだ。
エリリンの事も好きだ。
みんなみんな大好きだ。付き合いたいと思ってる。ずっとずっと一緒に居たい。恋、しちゃってるんだよ。
それに、みんなと仲良くなったこの状況で、ぬけぬけと勇者レオと付き合うなんてこと、裏切りに他ならない。仲良くなった分だけ、裏切りの度合いが増す。
好きな人を裏切り、好きでもない奴と付き合うのか?
そもそも体は女だけど……俺、男だし。ボーイズラブになってしまう。
色々無理がある。チロルちゃん、これは無理だよ。
『やっぱりそうだよね……』
とても悲しそうな声色でボソッと小さく聞こえた。
無言が長すぎたせいか、悟られた……?
……あれ、そう言えば……心の声、届いちゃうとかなんかそんな感じの無かったっけ。あれ、あ、あれ?!
『な、ないよっ! そんなのないから大丈夫だよ! な、なにも聞こえてないから安心して!!』
ほっ。良かった。一安心。
って、あれ? 俺、いま……何も言ってないよね?!
──どうやら全部、聞かれちゃってたみたい。




