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 綾女が、その家の家族に全てが終わったことを説明している間、響は一足先に家を出た。

 奇妙な感情が胸のなかにあふれていた。

 直江鳴子は、人間の姿を持った『妖かしの一族』とは違って純粋な妖かしだった。半永久的な生命を持った存在だった。それにも関わらず、彼女は人として生きたいと願い、その生命を自ら浄化させていった。

 彼女にとってそれは本当に幸せなことだったのだろうか。

 彼女は何者だったのだろう?

 自分とはどのような関係だったのだろう?

 門のところに人が立っているのが見えた。

 ヨレヨレのジャケットを着たボサボサ頭の色付きの丸メガネをかけた男。その男の姿を目にし、ザワザワと心がざわつくのがわかった。それは百木禄太郎だった。前に一度だけ会ったことがあるが、その時、とても嫌な印象を持ったことを今でも憶えている。

 それにも関わらず、響はその男のもとへ近づいていった。

「あなたは……」

「珍しいところで会うものだな」

 軽く口元に笑みを浮かべながら禄太郎は言った。

「どうしてあなたがこんなところに?」

「少なくてもお前に会いにきたつもりはないんだがな」

「冗談のつもりですか?」

「つまらない男だな。様子を見に来たんだよ。直江四門は俺にとって恩師だからな」

 懐かしむように空を仰ぐ。

「恩師?」

「そうだ。あの人を恩師と思う陰陽師は多い。この場所を知っている者は少ないがな。なんだよ? 俺が恩師を訪ねちゃおかしいか?」

「直江さんは亡くなられましたよ」

「知っている」

「知ってる?」

「ああ、直江さんが亡くなるのを看取ったからな」

「それならどうして?」

「娘がいたろ?」

「鳴子さんですか?」

「そうだ。ん? どうやら彼女はお前に浄化されたのか?」

 禄太郎は目を細めてジッと響の顔を見た。

「いけなかったですか? でも、ボクがやったわけじゃありませんよ。事実を知った途端、彼女は浄化されてしまったんです」

「それでいい。あの子にとってはそれが一番の結果だろう」

 まるで禄太郎は鳴子の願いを知っていたかのようだ。

「まさか……彼女に術をかけたのはあなたですか?」

「浄化のことか? それは俺の力じゃない。おそらく直江四門の術の力だろう。だが、あの人は彼女が生き続けることを望んでいた。あの人の術が発動しない可能性もあった。つまり、今日、術が発動したのは、お前の存在がそうしたのかもしれない」

「どうしてボクが?」

「きっと、お前に会ったことで彼女は全てに満足したんだろう。思い残すことがなくなったのだろう。俺がやったのはもう少し違うことだ」

「何をしたんですか?」

「あの子というよりも、あの子に関わる者たちの記憶を……というほうが正しい言い方だな」

「……記憶を?」

「そうだ。それが四門さんの願いだった。彼女は式神だ。どう取り繕ってみても人間になりきることは出来ない。そんなことをしてみても幸せにはなれない。時期を見て、あの子のことを元の妖かしとしての姿に戻すつもりだった。だが、お前の手で浄化されたならそれでいいだろう」

「待ってください。あなたはどうやって記憶を書き換えるのですか?」

「決まっている。式神を使う。俺が使うのは人工的な化物だがな」

 それを聞き、すぐにクラスメイトの御厨ミラノのことを思い出す。彼女の姉は、自らの存在を消し家族たちの記憶をも変えて姿を消している。

「それって……まさか……御厨さんのお姉さんのことですか?」

「あぁ、その名前なら知っている。だが、少し違っている。俺が使うのはその複製だ」

「複製?」

「おまえが言っているのはマスターのことだろう?」

 その言葉の意味はわからなかったが、いずれにせよ禄太郎がミラノの姉について知っていることは間違いように思われた。

「知っているんですか?」

「そうだな。だが、教えるつもりはないな」

「どうして?」

「なぜ教えなきゃいけないんだ? それを教えて俺に何の得があるというんだ?」

「どうしてそんな言い方を」

 禄太郎の言動は、響には理解に苦しむものだった。

「おまえは世の中の人間が全て優しく、全てが親切でなければならないと思っているのか? 

「そんなつもりはありません」

「どうだろうな。そのような考え早く捨てるべきだ。でなければ、再びおまえは生命を落とすことになる」

「再び?」

「まだ思い出せないのか? 言っておくが俺はお前には術をかけていないぞ」

「何を言っているんですか?」

「お前はかつて殺されている」

 背筋を冷たいものが走る。だが、その言葉はどこか想像していたもののような気がする。

 この男の言葉を聞きたくない。そう思いながらも、背を向けることが出来ない。知らなければいけないという思いが強くなる。

「ボクを知っているんですか?」

「いいだろう。今日だけは親切に教えてやろう。俺はお前を知っている。そして、お前を殺した者が何者かも知っている。早く思い出せ。おそらくお前はそうしなければ救われない」

「簡単に言わないでください」

「どうせ他人事だ。簡単に言って何が悪い」

 嘲るように禄太郎は笑った。

 それを咎めるような声が、その笑い声を消した。

「百木禄太郎ってあなたのことだったのね」

 いつやってきたのか、すぐ背後に綾女の姿があった。その姿を見て、禄太郎はチッと小さく舌打ちを打つ。

「栢野綾女か。余計なお喋りをしすぎて、嫌な奴と会ってしまったな。俺を覚えているのか」

「忘れていたわ。そういう術をかけられたみたいだから」

「残念だが俺の術はまがいものだ。大抵の奴は直接会えば術はとけてしまう」

「何のために記憶を消して歩いているの?」

「そのほうが安全だからな。存在していなければ生命を狙われることもない」

「安全? あなた、何と戦っているというの?」

「なあに、ちっちゃなものだ。おまえたちのように世界を滅ぼす存在と戦うなんて気持ちはないからな。だかな、世の中というものはそのちっちゃなものが世界を狂わすものだ。知っているか? コンピューターの世界じゃプログラムの問題をバグ(虫)というんだ。そして、どんなに大きなネットワークシステムでもウイルス一つでぶっ壊れる」

「何の話をしているの?」

「何の話? ただの雑談に決まっている」

「それにしてはわかりにくい話ね。もっと具体的に言ってみたら」

 突き放すように綾女は言った。

「お前のために話しているつもりはない。俺はいつでも俺のために喋っている」

「結局、自分勝手なお喋りってことね」

「そういうことだ。何の意味もない雑談などする必要もなかったな」

 そう言って禄太郎は背を向けた。それを見て急いで響が声をかける。

「待ってください。ボクを殺したのは誰なんですか?」

 禄太郎は振り返ることなく答えた。

「俺だよ」


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