7
光は強くなり、その光に鳴子の身体が包まれていく。
すでにそれは止めることの出来ないものになっているのが響にもわかった。
その時、鳴子はハッとしたように響に向かって声をかけた。
「そうだわ……あなた、玄野君じゃないの?」
「玄野?」
「そうよ。あなた、玄野君よ。思い出したわ。父のところに来ていた玄野君だわ」
「ボクが四門さんのところに?」
「そうよ。父のところでよく稽古をしていたじゃないの。父はあなたのことを高く評価していた。私もあなたのことが大好きだったわ」
「ボクのことを知っているんですね。教えてください。ボクは何者なんですか?」
響は慌てて声をかけた。だが、既に響の言葉は彼女には届いていないようだった。
彼女は一方的に響に声をかけた。
「ありがとう。最後にあなたに会えて嬉しかった。何も思い残すことなんてないわ。あなたにこれをーー」
それが彼女の最後の言葉だった。
光は四散し、彼女の姿は消えていった。
気づくと、そこは家の庭先だった。おそらく四門の術が解けたことにより、元の空間へと戻ってきたのだろう。
呆然としたまま響は鳴子が消えていった場所を見つめていた。こんな形で消えていく妖かしを目にするのは初めてのことだ。
一輪の野花が咲いている。
その横に一本の短刀が置かれている。柄に青い組紐が取り付けられている。
(これは?)
手を伸ばし、その短刀を握る。
そして、鞘から刀を抜く。
刃をもたない刀。
この世の全てを切り、この世の全てを切らぬ刀。
それを目にして、響はハッとした。
自分はこれを知っている。
直江四門が式神を操る時に使っていた短刀だ。
――これはな、ただ式神に命令するためのものではないぞ。式神の痛みを知るためのものだ。その名をーー
(無我)
式神は妖かしではあるが、ただの妖かしとして見てはいけない。そこには生命を持った存在があり、心を持った存在がある。
自分は、それを四門に教えられた。
「終わったみたいね」
黒いミリタリー服を着た栢野綾女が背後から響に声をかける。
彼女は一条家に仕える『九頭龍』と呼ばれる陰陽師たちの一人だ。陰陽師である綾女が、響を鳴子のいる空間へと送り込んでくれたのだ。
かつてこの家に住んでいたのが直江四門だと知り、すぐに式神が関わっているのではないかと教えてくれたのも綾女だった。
既に四門が作った空間は、鳴子と共に消え去っている。
「彼女、浄化されてしまいました」
「彼女? やはり直江四門が残した式神がいたのね」
「はい」
「どうして浄化されたの? あなたがやったの?」
「いいえ、ボクは助けたかった。いや、助けたいというより生きてほしかった。でも、それは叶いませんでした。彼女がそれを望んだんです」
「……そういう妖かしもいるのね」
綾女はつぶやくように言った。彼女は京都で陰陽師として修行をした身で、響よりもずっと妖かしや式神については詳しかった。
ひょっとしたら綾女ならば知っているだろうか。
「彼女はボクを知っていました」
「え?」
「そして、ボクも直江四門を知っていたようです。ボクの名は玄野響」
「玄野? ……そう」
綾女の押し殺したような声の中には少なからず驚きの感情が見えた。
「綾女さんは知っていますか?」
「後で説明してあげるわ」
少し困ったような表情で綾女は言った。