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「住人?」
鳴子は何を言われたのかわからないという顔をした。
「あれはこの家の新しい住人です」
響はもう一度ハッキリと彼女に告げた。
「新しい? どうして?」
「引っ越してきたんですよ」
「ここは私の家よ」
本来ならば、彼女自身の力で思い出してほしかったが、このままでは埒が明かない。ハッキリと告げるしかないだろう。
「それは昔の話です。ここに暮らしていた直江四門さんが亡くなった後、この家は売りに出されました」
「売りに?」
「そうです。3ヶ月前に買い手が現れ、その後、ここに引っ越してきたんです。30代の夫婦と子供が二人います。脱サラして、この裏手の畑を借りて農業をやることにしているそうです」
「そんな……確かに父は死にました。でも、だからって……私は? 私はどうなるの?」
彼女は不安を抑え込もうとするように、自分の身を抱きしめた。響はそんな彼女を刺激しないように気をつけながらーー
「あなたは大丈夫です」
「大丈夫?」
「あなたは存在していないんですよ」
「存在しない?」
「人としてはね」
「何を言っているの?」
鳴子の声が震える。その気持は響にもわかるような気がする。今まで信じてきた自分の存在が覆されようとしているのだ。不安に感じるのは当然のことだろう。
「怖がらないでください。一つ一つ思い出していけばいいんです」
落ち着かせるように、響は丁寧に言った。
「思い出すって……何を?」
「お父さんとのことです」
「父のこと?」
「あなたのお父さん、直江四門さんは以前、京都で陰陽師をされていました」
「父が陰陽師?」
「そして、あなたは直江四門さんの式神だったんです」
「式神?」
鳴子は目をキョロキョロとさせた。まるで何を言われているのか理解していないようだ。
「あなたは人ではありません」
「人間じゃない? ふざけているの?」
「四門さんに娘さんはいません。いえ、娘さんはいたのですが亡くなっています。あなたは四門さんの実の娘じゃない」
「わ、私はーー」
「四門さんはあなたが人として暮らせるように術をかけました。昔、京都に住んでいた頃、あなたが普通に人として暮らせたのは四門さんの術がかかっていたからです。しかし、今、四門さんが亡くなったため、あなたにかかっていた術はとけたはずです。それなのにあなたの意識だけは戻らなかった」
「私の意識?」
「おそらく四門さんは亡くなる時、一つの術をかけたのだと思います。あなたを次元の狭間で暮らせるようにしたんです。ここは現実世界であって現実じゃない」
「現実じゃない?」
「言ってみれば見えない壁です。その壁の向こう側で別の家族が暮らしています。あなたが聞こえていた声はその人達のものです。実はボクがここに来たのは、その人たちから相談を受けたからです。あなたが彼らの声が聞こえていたように、彼らにもあなたの存在がうっすらと感じられていたんです。四門さんは優れた陰陽師でした。しかし、亡くなった後まで永遠に術をかけ続けることは不可能です。次元をわけている壁はいつか消え去ることでしょう。このままあなたがここで人と暮らすことは不自然です」
響はそう言って、鳴子がどう反応するかを眺めた。響にとって、この解決方法は一つの賭けでもあった。本人が素直に受け入れてくれるかどうかわからないからだ。
「そうよ……そうだわ」
鳴子の表情が変わっていく。「私は妖かしだった。それをお父さんが人間に変えてくれた」