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響は鳴子に普段のことを訊くことにした。
「ところでお父さんが亡くなられてからはどんな生活を?」
「どんなって……ここで普通に暮らしているだけです」
と、曖昧な答えが帰ってくる。
「一人で?」
「もちろんです」
「困るようなことはありませんか?」
「いいえ」
「寂しくはありませんか?」
「寂しい?」
彼女は少し表情を曇らせた。「それは……父が亡くなったのだから寂しいに決まってます」
「普段、誰かがここに来ることはないんですか?」
「ありません」
「知り合いは?」
「いません」
当たり前のように首を振る。
「ここでもう6年も暮らしているんですよね?」
「そうです」
「京都に住んでいた頃のお友達は?」
「……さあ」
彼女はぼんやりと宙を見た。まるで憶えていないようだ。
「あなたが出かけることはないんですか?」
「ありません」
「ない? どこにも?」
「必要ありませんから」
「必要ない? でも、生活に必要なものを買ってくることくらいはあるでしょう?」
「そんなもの何が必要だというの?」
鳴子はまるで腑に落ちないという顔をした。まるで浮世離れして、全てが掴みどころのない答えばかりだ。しかも、そこに自分で疑問を持っていないようだ。
響は質問を変えることにした。
「失礼ですが、誰かを恨んでいる……ということはありませんか?」
「恨む? 私が? いいえ、そんなわけないでしょう。それを訊くのなら恨まれる……ではないの?」
「なぜ?」
「だって……幽霊が……そういうことを聞きたいのでしょ?」
「恨まれているんですか?」
「いいえ、恨まれるはずがありません。だって、私は誰にもーー」
そう言ってから、彼女は突然、ハッとしたように言葉を切った。
「誰にも? 何です?」
響に促され、彼女はさらに言葉を続ける。
「誰にも……見られて……なんて……いない。誰も……私のことなんて……知らない」
彼女は何かに気づこうとしている。思い出そうとしている。
その時――
「あ、また音が聞こえてきたわ」
鳴子は表情を固くし、身体をすくめてそう言った。
「あれ……ですか?」
「そうよ。聞こえるでしょう?」
「そうですね」
静かに響は答えた。
ボーン……ボーン……ボーン、と低く重い音がゆっくりと聞こえてくる。
「ね、聞こえるでしょ? あれも最近になって聞こえるようになったのよ」
「これは人の声ではありませんね。振り子時計の鐘の音です」
響は腕時計で時間を確認した。ここに来てすでに2時間が経過している。そろそろ答えを出したほうがいいだろう。
「振り子時計? そんなものはウチにはないわ。幽霊じゃないの?」
怯える鳴子に向かって、響は言った。
「いいえ、あれは幽霊などではありませんよ。あれはね、この家に住む住人が持っているんです」