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 家具の少ないシンプルな部屋だった。生活に必要な最低限のものだけが、シンプルに家の中に収まっている。事情を知らない人がこれを目にすれば、誰も住んでいないと思うかもしれない。

 それほどまでに人の暮らす気配が感じられない家だった。

 家の中を一回り見て回った後、鳴子がーー

「お茶立てましょうか?」

「お茶?」

「昔、父のためによくお茶を立てていたんです。久しぶりに立てさせてください」

 そう言って、縁側を通って更に奥の部屋へと響を案内していった。

 この家に来た時、響は最初に建物の外観を見て回っていた。それは小さな茶室ではあったが、建物の外観からはそんなものがあるとは想像もしていなかった。

 鳴子は音に怯えてはいるものの、少し嬉しそうな表情をしているように見えた。きっと響がやってきたことで、その助けになってもらえると思ったからだろう。

 茶室でお茶を立てる鳴子は、さっきまでとはまるで違う落ち着いた雰囲気を持っていた。

 静かで、滑らかに、綺麗な仕草でお茶を立てる。

 それはとても美しく、見ているだけで心が落ち着くような気持ちになった。

「今は何も問題ないようですね」

 お茶をいただいた後で響が言う。彼女は忘れていた怖さを思い出したかのように身をすくめた。

「一日中声が聞こえているわけじゃないんです」

「ゆっくり考えてみましょう」

 響は鳴子が安心出来るように声をかけた。

「考える?」

 不思議そうにキョトンとした表情で響を見る。「何を考えるの?」

「原因をです」

「私に原因があるんですか?」

「いえ、そういうわけじゃありません。ただ、異変が起きた時には必ず原因があります。原因を知ることが出来れば解決することも出来ますよ」

「そう……」

 と小さく頷いてから、鳴子は響の顔をジッと見つめた。「あなたは妖怪退治のお仕事をしているの?」

「妖怪退治?」

「だって、あの音って幽霊じゃないの?」

 訴えるような目で鳴子は言った。

「どうしてそう思うんですか?」

「姿が見えないのに声だけ聞こえるなんて、幽霊以外に考えられないじゃありませんか」

「前にもこういう経験はありましたか?」

 すると鳴子は即座に大きく首を振った。

「こんなことは初めてです。私、霊感とかないみたいで。でも、私の父は詳しかったみたいだけど」

「お父さんがですか?」

「父は昔、そういう仕事をしていたことがあったらしいんです。あまり詳しい話を聞かせてはもらえなかったけど、神職に就いていたことがるって話してくれたことがありました」

「お父さんの名前は?」

「直江四門といいます」

「引っ越してきたと言われましたね? 昔のことは憶えていますか?」

「ええ、以前は京都で暮らしていました」

「じゃあ、お父さんはその時に神職に?」

「そうかもしれません。え? まさかあの音の正体は父なのですか? それならとっても嬉しいのだけど、でも、父は物静かな人でした。とても父の幽霊なんて思えません」

「ええ、大丈夫。それは無いと思います」

響は慌てて否定した。「京都ではどんな暮らしを?」

「どんなって……普通の暮らしですよ」

「何か憶えていることはありますか?」

「それは……」

 と答えようとして、鳴子は言葉を途切れさせた。

「どうしましたか?」

「いえ……昔の頃のことを思い出そうと思ったんですが、すぐに思い出せることがなかったので」

「京都のどこに住んでいたかは憶えていますか?」

「……それも。あれ? どうしちゃったんだろう?」

 鳴子は首をひねった。

「忘れてしまったんですか?」

「いえ……忘れてしまったわけじゃありません。でも、ぼんやりとしか思い出せないんです」

 困ったように鳴子は俯かせた。

「高校卒業してからこちらに引っ越してきたと言われましたよね?」

「そうです」

 それにしてはずいぶん記憶が曖昧すぎるように思える。

「お父さんが亡くなられた後、誰かここに訪ねてはきませんでしたか?」

「さあ……」

「それも憶えていないんですか?」

「ごめんなさい。あの頃は父が亡くなったショックのせいかあまり憶えていないんです」

 父親の死によって記憶が曖昧になったとしても、それをおかしいということは出来ないだろう。しかし、これはあまりに極端のような気がする。

 だが、誰かが意図的に彼女の記憶を奪ったとすれば?


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