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 その若い女性は淡い黄色い着物を身につけていた。

 その髪につけた簪が光を浴びてキラキラと揺れている。その姿はどこかアゲハチョウを連想させるものだった。

「どちらさま?」

 助けを求めるような目で女性は草薙響くさなぎひびきに声をかけた。

「草薙響といいます。この家で異変が起きていると話を聞きまして。あなたは?」

 そう言うと女性はパッと顔を輝かせた。

「私、直江鳴子といいます。来てもらえて良かったです」

 彼女は待ちに待ったものを受け入れようとするように、すぐに響の手を取って家の中へと招き入れた。

「何があったんですか?」

「家の中に誰かがいるんです」

「誰か?」

「姿は見えないんです。ただ、時々、声が聞こえてくるんです」

 彼女はいかにも怯えているようだった。

「声?」

「子供の声だったり、大人の声だったり……複数の人の話し声のようなんです。足音が聞こえることもあるんです。私、怖くって……どうしていいかわからなくて」

 すがるような声で鳴子は言った。

 響がこの家を訪ねたのは一条家から仕事を任されたからだ。響は一条家に身を寄せているが、最近では時折、バイトのような感覚で仕事を任されることがある。

――我が社の系列の不動産会社で扱っている物件で、相談されているものがあります。

 栢野綾女かやのあやめはそう響に説明した。

 だが、綾女がこの話を持ってくるということは、普通の相談ではないことはすぐにわかった。一条家は資産家であり、不動産会社を含め多くの会社を所有している。だが、それは表に仕事であり、栢野綾女が所属しているのは主に裏の仕事を扱っているからだ。

 一条家の裏の仕事、それは妖かしへの対策をするものだった。

「ここに暮らし始めたのはいつからですか?」

 家の中を見回しながら響は訊いた。

「もう6年になります。私が高校を卒業してすぐに父と引っ越してきました」

「どうしてここに引っ越してこられたんですか?」

「さあ……父が決めたことですから」

「お父さんは?」

「2年前に亡くなりました」

 鳴子は悲しみを抑え込もうとするように、そっと目をふせながら答えた。

「おいくつでしたか?」

「76歳でした」

「失礼ですが、あなたは?」

「24歳です」

「ずいぶん歳が離れているんですね」

 響の言葉にも、鳴子は意味がわからないといように首を傾げる。

「え? そう? あなたはずいぶんお若いわね。学生さんくらいの歳に見えるわ」

「高校生です」

「高校生? 高校生なのにこんなお仕事しているの?」

 興味深そうに響の顔を覗き込む。

「手伝い程度です。鳴子さんのお母さんは?」

「お母さん? さあ、物心ついたころには父と二人暮らしだったもので」

「お父さんから聞いたことはないんですか?」

「ありませんね」

 それはどう聞いても不自然なものだった。だが、鳴子はそれを疑問にも思っていないようだ。

 ふと気づくと、鳴子は何を考えているのか、急に黙って響の顔をジッと見つめている。

「どうかしましたか?」

「え? ごめんなさい……でも、私、あなたのことを知っているような気がするの」

「ボクを?」

「名前、何て言われましたっけ?」

「草薙……響ですが」

 鳴子は視線を落として記憶をさぐろうとするように考え込む。

「どうしてかしら……思い出せそうなのに思い出せない。本当にそれがあなたの名前?」

「そう……ですけど」

「私、あなたにとっても会いたかったような……そんな気がしているの。あなたはどうですか? 私のこと知らない?」

 響にとっても、それはなんと答えていいかわからないものだった。響自身、一年ほど前に事故にあったため、それより以前のことは記憶を失ってしまっている。そのため自分が何者なのか、どういう存在なのかずっとわからないままだからだ。

「すいません。ボクも昔のことは」

「そう……ダメね、私も思い出せない」

 鳴子はそう言って顔をあげた。


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