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父が亡くなったのは2年前のことだ。
幼い頃からずっと父と二人暮らしだった。父との暮らしは、私にとって幸せな毎日だった。そんな父が亡くなったことは私の人生を大きく変えることになった。
私は何をすることも出来ずに毎日泣き暮らした。
何も手につかず、ただただ父のことを思い続けた。
ここに引っ越してきてから父はあまり人付き合いをしなくなったため、この家にやってくる人もほとんどいなかった。父が亡くなった後はなおさらだ。町外れの竹林に囲まれた家を訪ねてくる人などいるはずもなかった。
私は父の思い出と共に一人で暮らすことにした。
父がいないことの寂しさはあったものの、もともと人見知りだった私にとって、その一人の生活は辛いものではなかった。むしろ一人でいることのほうが、父を身近に感じることが出来るような気がした。
ほとんど人の姿を目にすることもなかった。
そんな毎日を私は淡々と過ごしていた。
父を失った悲しみは時間と共に癒えていった。だが、相変わらず私の心の中にはポッカリと穴が空いたような感覚が残り続けていた。
生きているということが、私にはよくわからなかった。
異変が起きたのは3ヶ月ほど前のことだ。
縁側に座り、ぼんやりと父のことを思い出していた時、ふと、誰かの声が聞こえた気がした。最初は気のせいかと思ったが、その日から時々、聞こえてくるようになった。
それはまるで壁一枚向こうに人がいて、その会話が壁越しで聞こえてくるようなものだった。だが、家の中をくまなく捜してみても人の姿は見当たらない。
状況はしだいに悪化していった。
声が聞こえてくる時間は増えていった。しかも、ドアが急に閉まったり、人の走り回るような音が聞こえてくるようになった。
姿は見えないが、間違いなく私以外の誰かがこの家の中にいる。
私はその恐怖から、音が聞こえるたびに屋根裏にこもるようになった。父が作ってくれた屋根裏部屋は、特殊な作り方がされていて、一見しただけではそこに部屋があるとはわからないものだ。
いつしか私は一日の多くをその屋根裏で暮らすようになった。そして、声が聞こえなくなる時間を捜してそっと部屋を出て過ごした。
そんな時に彼はやってきた。
その日は、珍しく誰の声も聞こえない静かな日だった。
父が亡くなって以来、人が訪ねてきたのは初めてのことだ。
私よりも若い彼はーー
「草薙響といいます。この家で異変が起きていると話を聞きまして」
理由はわからないが、私は光を見た気がした。
これできっと私は救われる。