脳内ライブラリー
汐莉「ごめんね、好みじゃないの」
全てはその一言から始まった。いや終わりとも言えるだろう。
放課後に僕は今日、一世一代の告白をした。
長年片思いだった汐莉ちゃんに告白をしたのだ。
幼稚園から高校までの10数年間、ずっと好きで好きで堪らなかった。
そのために高校も彼女と同じのを選んだのに。
僕の告白は玉砕されてしまった。
僕は頭が真っ白のまま、何も返事をすることが出来なかった。
汐「それじゃ、彼氏待ってるから……」
既に彼氏もいたみたいだ。
僕は彼女の後ろ姿を黙って見送ってしまった。
どうしてなのだろう、この10数年間はいったいなんのために頑張ってきたのだろうか。
もう生きる気力もない。
人生が終わりのベルを鳴らしているとしか思えない。
「くそぉ、なんで……なんで僕じゃない!」
彼氏は彼女のどこに惚れたというのだ。それとも逆なのか。
僕の方が彼女を幸せに出来るし、愛せるというのに。
この劣等感はなんだ。この悔しさをどこへぶつければいいのだろうか。
♪
僕は真っ直ぐ家に帰り、ふて寝した。
枕を濡らし、子供のように青天井のまま全身をバタバタと動かしていた。当然落ち着くわけがなかった。
忘れもしない幼稚園時代、彼女は園庭で転んだ僕に絆創膏をくれたのだ。
可愛いネコのマークの入った絆創膏を。
その絆創膏を今でも机の中に持っている。
そのくらい嬉しかったのに。それなのに。
僕のいったい何が足りなかったのだろうか。
そして、そんな事を考えている内に僕は眠り着いた。
静かに子供のように、ぐっすりと安らかに。
……………………………………………?
???『ヤァレヤァレ、コマッタモンダ』
???『ホントホント、コンナバショニタドリツクトハ』
誰かと誰かが話をしている。
僕が目を開けると、そこは図書室だった。
壁全体にある大きな本棚にはビッシリと本が詰められていた。
『目を覚ましたか』
『覚ましたか』
先ほど聞いた言葉より聞き取りやすい言葉で話すのは、金髪の黒いドレスに包まれる幼女、そしてその横に同じ背丈の白銀の髪色で白いドレスを着た幼女がいた。
「ここは……?」
僕は死んだのだろうかと、一瞬過ったがそれはなかった。
僕は間違いなく、ベットの上で眠りについたのだから。
だとすれば、今僕がいるのは夢の中と見ていいだろう。
金『ここは主様の脳内だ』
銀『そして今あなたは夢の中で我々と話しているのだ』
主「脳内、夢?ここが僕の頭の中?」
ただ本だけが置かれたこの空間を夢と認識するのは残念ではあった。
もしかして、僕は勉強ばかりして来たから『夢のない』こんな夢を見ているのだろうか。
金『お察しの通りです』
主「っ!」
僕の心を覗かれたみたいに返事をされ、金髪の黒いドレスの幼女が頭を下げた。
金『主様は相当お勉強を頑張られて来たようなので、このような形の部屋となりました』
銀『本来ならもっと形ある夢が描かれるはずが、何とも残念な空間となりましたね』
金『一言余計だ!』
金髪の幼女は白銀の幼女の頭を叩いた。
しかしほんと、僕の頭の中は残念な形となっているようだ。
銀『痛いよぉ、痛いよぉ』
金『嗚呼うるさい、話が進まないだろ!』
二人の喧嘩に挟まるように僕はこの二人について聞いてみた。
主「君たちも、僕が作り出した夢の住人みたいなものなのか?」
金『それは違います』
銀『ます』
金『それについてお話しをしなくてはいけません』
銀『私たちは死んだ魂、あの世にも、地縛霊にも慣れなかったハグレモノでございます』
主「はぐれもの……?」
『簡単にいえば、そうですね、まあ幽霊ですね』
幽霊、そんなものが僕の脳内に来たというのか。
今日は厄日だと思えた。
金『私たちは行き着くところが欲しいのです』
銀『私たちはあの世でも地縛霊でも形あるものになりたいのです』
主「じゃあ君たちがここにいるのは、何故なんだい?」
金『……偶然です』
銀『たまたま辿り着いてしまったのです、はい』
にわかに信じかたい話だが、僕は彼女たちが嘘をついているようにも思えず、その話を肯定的に考えていた。
金『そこでご相談なのです。私たちをしばらくここに泊めてほしいのです』
銀『その代わり、あなたの願いを何でも1つ叶えるお手伝いをします』
金髪と銀髪の幼女が僕に迫りよる。
表情のない人形みたいな顔のまま、ガラス玉の瞳が僕の姿を鏡のように映していた。
主「何でも……か」
僕は彼女の言うことに1つ賭けてみようと思った。
もしこの二人の言うことが本当なら、汐莉ちゃんを僕の彼女に出来るのではないかと考えたからだ。
どのみち他に救いようがないと思った僕は、この二人に頭を下げた。
主「僕の好きな汐莉ちゃんを、僕の彼女にしてほしい!」
♪
翌日、僕が目を覚ますといつもの風景だった。
昨日見た図書室は夢だったのだろうか。それとも本当に願い事がこれから叶うのだろうかと疑心暗鬼していた。
金『(叶うかどうかはこれからですよ)』
主「わっ!」
誰もいない部屋で幼い女の子の声が木霊する。
金『(私たちは脳からあなたを見ています)』
銀『(あなたの願いを叶えるお手伝いをいたします)』
主「ぼ、僕は何をすれば!」
焦りが出る。
僕は今すぐにでも汐莉ちゃんを我が物にしたかったのだから。
そんな欲望を胸に、二人の笑い声が聞こえる。
金『(何事も準備ですよ。ひひっ、まずは……そう、その彼氏さんに接触して下さい)』
銀『(その後の事はこちらでどうにかします、はいぃ)』
よくはわからないまま、僕は直ぐに学校へと向かった。
汐莉ちゃんの彼氏とは面識はある。会う口実はいくらでもあるが、何を話していいのか、正直わからない。
願いさえ叶ってしまえば後の事はどうにかなるだろう。そんな安直な発送のまま、僕はいつも登校に使うバスに乗るのだった。
♪
バスを降りて直ぐ、運命だろうか。汐莉ちゃんの彼氏を見かけた。
奇妙なタイミングの良さを運命論で片付けてしまいそうなほど、僕はとても付いている人間なのかもしれない。
主「し、白銀くん!」
僕は大声で汐莉ちゃんの彼氏、白銀龍を呼び止めた。
龍「あぁ、お前か。オレに何のようだよ?」
金髪にオラ付くツラ構え、耳にピアスを付けている不良生徒だった。
正直僕とは正反対の彼が苦手だけど、僕はとりあえずで近づくことにした。
主「最近、どう、なの、かな?」
震える声で他愛もない会話をする。
龍「あ"ぁ"ん!?最近だと!?」
主「ひ、ひぃ!」
僕は思わず腕で全体を守ろうと抱え込んでしまったが、龍からはそのまま話が続いた。
龍「汐莉が最近付き合い悪いんだよ。昨日は帰れたが、ここ最近どうも怪しくてな」
主「し、汐莉ちゃんが?」
龍「お前、幼馴染みだろ。何か知らないのかよ?」
僕は実際菜にも知らないため、再び震えた声で答えた。
主「し、知らない、よ……ごめん」
龍「……そか。いやすまない。イライラしちまったな」
主「う、うん」
会話が途切れてしまった。自分が思った以上に会話が続いたことに安堵していると、僕の脳内からまたあの二人の声が聞こえた。
金『(よし、作業を開始します)』
銀『します』
金『(声がデカイ!)』
ボカッ!と殴る音が脳内に響く。どうやらまた銀髪の方が殴られてしまったようだ。
金『(これからこの龍という奴の脳に侵入して情報を取ってくるから、お前はお昼頃、また接触しろ)』
主「(え?またなの?)」
金『(一度離れたら帰って来るのに接触の必要があるんだ。ではまたな)』
一瞬目眩のような光が視界を落とされ、金髪と銀髪の幼女は白銀龍の脳内へと潜入した。
僕の脳内からは何も聞こえなくなり、龍は僕を置いて先に学校へと入っていく。
僕は何も分からないまま、ただその場を呆然とした。
主「大丈夫、なのかな?」
不安の気持ちのまま、僕はこの後、お昼までは普通に授業を受け、その時をそわそわしながら待つのだった。
♪
そして待ちに待ったお昼、僕と白銀くんはクラスが違うため、教室を出てクラスを除いたがそこに彼はいなかった。
今度は彼が居そうな屋上へと足を運んでみた。扉を開けようとする手前、誰かの会話が聞こえた。
僕がそっと開けて除くと、そこには先輩らしい人と白銀くんが何かを話していた。
先「龍、汐莉から離れろ」
そんな会話から揉めているようだった。
龍「何でテメェに指図されなきゃいけねぇんすか?元カレは引っ込んで下さいよ先輩」
元カレ、その言葉に僕はダブルショックを受けていたが、そんなことは今はどうでも良かった。
そんなことよりも、白銀くんの中にいる金髪と銀髪の幼女の方が心配となった。
先「テメェ、そんな口を聞けるのも今のうちだぞ?」
龍「けっ、よく言うぜ。汐莉を幸せに出来なかったから別れたんだろ?ならあんたは用済みって訳だ。悪いが、離れる理由がない以上、あんたと話すこともない」
先「テメェ、言わせておけば!」
先輩と思しき人が白銀くんを殴り飛ばした。
すると、僕の脳内にあの二人の声が聞こえた。
金『あばばば!揺らなぁぁああ!!!』
銀『びぇーん!びぇーん!』
金『泣くなバカ!あいつはまだかぁ!』
よく分からないが二人の声が聞こえる。
僕は二人を救出しないといけない一心、扉を開けてしまった。
龍「て、テメェッ!」
先「あぁん?誰だオメェ」
震えて手も足も声も出ない僕は、唇を強く噛み、麻痺した足を必死に動かした。白銀くんのいるところへ、無言でゆっくりと走り出す。
先「部外者は引っ込んでな!」
主「あっ!わあぁっ!」
回り込まれ、胸ぐらを捕まれては身体が宙に浮いてしまう。
思わず下を濡らしてしまいそうなほどビビる僕、それを見た白銀くんが身体をお越し、先輩らしい人に向かい、背中に向けてタックルをする。
龍「おい、大丈夫か!」
金『今だぁ!』
銀『ひぃ!』
心配と同時に二人が僕の脳内へと帰って来た。
飛び降りて来たような着地が脳を響かせ、僕はまた一瞬立ちくらんでしまう。
先「テメェら!」
主「や、ヤバイッ!!」
先輩らしいが迫り来る。
白銀くんが僕をお越し、両腕の拳を付き出しファイティングポーズを取る。
龍「逃げろ!こいつはオレが食い止める!」
漫画みたいな台詞を聞いた僕、本当にこのまま逃げていいのだろうかと脳裏を過らせる。そんな僕の思い答えるように金髪幼女が僕に声をかけた。
金『お前の脳を弄ってアドレナリンを出してやる』
銀『その男を担いで逃げるといい』
その言葉を聞いた瞬間、僕の身体が麻酔を打たれた後みたいにふわふわとした感覚を味わった。
無我夢中、僕は白銀くんを担いで屋上の出口へと走った。その足軽は羽が映えたみたいに軽いものだった。
先「ちっ、何て逃げ足の早いやつ」
♪
僕と白銀くんは5時限目がとっくに始まる時間、体育館裏へと着いた。僕は強烈な筋肉痛を受け、座ったままの姿勢となってしまう。
無理もない、僕には運動神経というものがないのだから。
龍「礼は言わないぜ。お前、今日はこのまま大人しく帰った方がいいんじゃねえか?また襲われるかもしれないしな。それじゃあな」
白銀くんが僕の心配をしてその場を直ぐに離れて行った。
その優しさは僕に対する恩義なのだろうか。
金『少し彼の脳内を綺麗にしましたからね』
銀『優しい不良、優しい不良♪』
どうやら幼女二人が何かをしたようだ。
その事についてはこの時は触れることはしなかった。
金『集めた情報について話すぞ』
銀『パチパチパチパチ!』
金『うるさい!』
拍手に苛立ち金髪の方が再び殴る。
銀『びぇーん!びぇーん!』
主「仲良くしろよ……」
金『ふん。話を戻すぞ。汐莉という女はここ最近白銀という男と付き合いが悪いらしいな。この男の汐莉に対する印象から見るに、何かあるんだろうな』
主「……それは、なんだ?」
銀『さぁね。でもね、汐莉という女は噂によれば誰かと一緒にらしいね。だから尾行がいいんじゃねの?』
金『そゆわけだ。放課後、汐莉を追うぞ』
僕らは放課後までこの場をじっと待ち、下校時間に汐莉ちゃんが学校を出るのをそっと待った。
僕は本当に、汐莉ちゃんを好きになっていていいのだろうかと、僕自信改心しそうにはなるけど、それは真実を見てからにしようと今はそのことを考えないようにした。
金『……ふん』
♪
放課後、僕は学校から出てきた汐莉ちゃんの後を追いかけた。
まるでストーカーのように物陰に隠れながら何処かへと向かう汐莉ちゃんの背中をずっと見つめていた。
それから歩き続けて30分後、使われていないであろう工場の跡地へと入る姿を見た。
金『よし、ゆっくり除け』
僕は物陰に隠れながら何かを待つ汐莉ちゃんを見た。
しばらく待っていると、お昼にいたあの先輩らしい人が現れた。
金『繋がりはあったようだな』
僕「しかしどうしてこんなところに?」
僕はそのまま監視を続けた。
先「さ、今月分を寄越せよ」
汐「……はい」
汐莉ちゃんは小さい茶封筒を先輩らしい人に手渡しする姿を見てしまった。そしてその場で封筒を開けると、中にはお金が入っていた。
そして先輩らしい人がクシャクシャにお金をポケットに閉まった。
先「おいおい、足りないぞ?いいのかお前の彼氏、ボコボコにしてもいいのか?」
汐「……」
先「それとも、残りはその身体で払うか?いやだよなぁ、そんなの」
うつ向く汐莉ちゃん、威圧する先輩らしい人、どうやら弱味を握られて脅されているように見えた。
汐「お金は……明日必ず!」
先「ダメだなぁ。今すぐ、だ。別れてやったんだから約束は、守らないとなぁ」
汐「……!」
汐莉ちゃんが怯えている。しかし僕もその場から動く勇気が出なかった。そんなチキンな僕に対して金髪がため息を着く。
金『……どうする?今助ければヒーローだぞ?』
銀『今しかないよ、今しか!』
煽られる僕、しかし本当にこのまま僕が助けていいのだろうか。
そもそも助けられるかは別として、汐莉ちゃんの幸せを奪ってしまうような、そんな気がしてならない。
金『……おい?』
銀『……早くしろよ』
脳内で二人がカタカタと音を立てている。
何の音なのだろうか、それを見るのが怖くて目を瞑ることが出来なかった。僕は拳を握りしめながら、必死に悩んでしまう。
僕は……僕は……!
龍「黒田ぁ!」
その時、白銀くんが僕らとは反対の物陰から現れ、先輩らしい人に奇襲をかけた。
しかしその攻撃に微動だにせず、白銀くんは吹き飛ばされ、後頭部を強くぶつかり気絶してしまう。
汐「龍くん!」
駆け寄る汐莉ちゃん、朦朧とする意識の中、白銀くんがそっと汐莉ちゃんに手を伸ばしていた。
龍「大丈夫、か、汐莉……」
汐「ごめんね龍くん!私、私!」
金『キモいほどの劇的な溺愛だな』
そんな黒い台詞を吐く金髪を遮るように、先輩らしい人が汐莉ちゃんの髪を引っ張った。
白銀くんは気絶して、僕はそんな二人のピンチを助けないといけない気持ちになった。
銀『なんだ?部屋が赤いぞ?』
僕は走り出し、その先輩らしい人に向かい、拳を思いきり振りかざした。そのまま助走の付きの伸びた拳で顔を殴り、先輩らしい人が軽くよろめき、コンテナにぶつかる。
先「っち、またオメェか!」
主「はぁ……はぁ……だ、大丈夫、し、し、汐莉、たん」
汐「あ、あんた……」
先「なんなんだよ……!うざいんだよお前ら!いい加減にーーーー!」
何かをいいかけた先輩らしい人が動かなくなった。
その時、直ぐに理解した。僕の脳内に彼女たちがいないことに。
金『やれやれ、あとはお前次第だぞ』
銀『告白します?それとも……偽善を払って二人の幸せ願ってめでたしめでたし、ひがみを抱えて生きる毎日、つまらない日常、長年抱えた無駄な恋心、さあさあさあさあさあ……』
金『さあさあさあさあさあさあさあ』
銀『さあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあ……』
僕はそっと目を瞑る。そこに見えたのはあの夢に見た図書室じゃない。二人の幼女の姿は別の形となっていた。
金『我々を利用した代償、さあ、どう払う?』
銀『我々を利用した報い、さあ、何で補う?』
金『身体、ほしいよ』
銀『ほしいよ』
僕は恐怖しかなかった。震えが止まらないのも無理はない。ドロドロとなった二人の魂が今にも僕を襲い掛かろうとしていた。
でも僕の心には答えがあった。
僕はーー
・汐莉ちゃんに告白をする。
・どんなことがあっても二人の幸せを願う。
そんな二択が頭に浮かび、僕は恐怖心に耐えながら大声で答えた。
主「二人の幸せを願う!」
金髪と銀髪の幼女だったものは、そんな僕の答えを聞いて、ゆっくりと元の姿へと戻った。
金『主が望むのなら……』
銀『仕方ないね。でもしばらくは住ませてもらうよ』
二人は静かになり再び目を開ける。
僕は気が付けば吹き出ていた汗を服で脱ぐい、泣きそうになっている汐莉ちゃんの代わりに救急車を呼んだ。
僕の選択肢が正しかったかは分からないけど、謎の金髪と銀髪の幼女を脳内に住ませてしまった呪いと引き換えに、昔好きだった人の恋仲を救うことが出来た。
それから、僕の脳内に金髪と銀髪の幼女が現れることはなかった。あれは僕の妄想だったのだろうか。
でもこれだけは夢じゃない。
僕は大事な友人と、その恋人を救ったという事実だけは。