鍛錬 7
初めての出会いから10年後の話の続き。
今回は、前回よりは長めです。
「今日で最後だから…この剣を持って行きなさい」
そう言ってローズはどこからともなく帯剣するためのベルトを取り出し手渡す。
木剣であるから、鞘はない。ベルトには剣を収める為に金具が付いているだけだ。金具には唐草様の模様がデザインされている。体側で見えない部分には魔方陣のようなものが刻まれていた。
「これは…?」
小さく刻まれたいくつかの魔方陣を指し示す。
「アリクウェードを護る為のものだ。お呪いのようなものだよ」
ローズは詳しくは説明しなかった。ローズの護りに頼り切ることがないように。
ローズは自分でも気付かないうちに、アリクウェードに最も強い魔方陣を与えていたことに手渡した後になり気付き、気まずそうに視線を逸らした。
ローズの様子に、『それほど大したことのないもの』に自分が気付いてしまったのだと判断し、それ以上は聞くことはなかった。
ローズは何も言わずアリクウェードに手を出す。
アリクウェードは何を求められているか分からず、首を傾げる。
ジッとアリクウェードの瞳を覗き込むが何を望まれているのか『分からない』ことが読み取れ、小さく舌打ちする。
初めて見るローズの舌打ちにアリクウェードは瞳を丸くする。
アリクウェードから帯剣用ベルトを掴み取るとアリクウェードの右側に剣を携えられるように着ける。
ローズに抱きつかれるような仕草に耳まで真っ赤にになりながら、動くこともできずドギマギするアリクウェード。
「ふぅぅ…」
一仕事終えたという仕草でアリクウェードから離れたローズは、真っ赤になり直立不動で固まるアリクウェードを見て首を傾げる。
「どうした???」
ローズに声をかけられ、我に返るが急には顔の赤みが引くはずもなく、落としかけた剣を握り直す。
首を傾げたままのローズに何も言えずアリクウェードは小さく咳払いをする。
その様子を周囲の樹々が楽しいそうに風に揺れ葉擦れの音をさせ眺める。
ローズが一瞬厳しい表情の後、頬を紅潮させ、
「…煩いなぁ…」
と、呟く。ローズの呟きに肩を揺らすが、周囲を睨むローズの様子に自分に言われたのではないことを悟る。
アリクウェードも周囲を見渡すが誰かがいる気配はない。今度はアリクウェードが首を傾げる番だ。
アリクウェードの仕草にローズは『ふっ』と笑いを零す。
「鍛錬を始める前に、少し分けてもらっただろう?」
そう言うと木剣を指す。
「自分たちにも私たち2人の鍛錬を見学する権利があると…。どうしても譲らなくてな」
話してなくて悪い―――と申し訳なさそうな表情で続けた。
誰も居ないはずの周囲をもう1度見渡すが、やはり、人の気配は何処にも感じられなかった。
誰に見られているというのだろうか?まさか?樹か?―――等と考えていると、アリクウェードの考えを読んだようにローズが頷く。
「樹の精霊たちだよ」
姿は見えないだろうけどね―――と続ける。
精霊はなかなか姿を見せることはないと、ローズは魔法使いとして長く生きているから見ることも会話もできるのだとアリクウェードに説明した。
ローズがこれほど他人の世話をするのが珍しいので、その様子を観察したいと精霊達がローズのことを心配していたことはアリクウェードには離さなかった。
「僕にも見れたらいいのに…」
興味があるらしいアリクウェードの言葉に気を良くした精霊がフワフワとアリクウェードの傍までやってくる。それでもアリクウェードには見えないらしく、精霊と視線が合うことはなかった。
「見えないのか…」
項垂れるアリクウェードを可哀想に思ってか、精霊の方がアリクウェードの傍を離れようとしない。
そのうち、勇気を出してアリクウェードの傍までやってきた精霊がローズを睨み付ける。
「力を貸してやっても、私が見ているようには見えないんだぞ」
アリクウェードの傍の宙を見て話す。ローズの話す方に視線を向けるがアリクウェードには『何もない』ことが確認できるだけだった。
「…。分かった。分かった」
ローズは頭を掻きつつアリクウェードに精霊との会話を説明した。
ローズは精霊達を色々な形で見ることができる。人間と同じようであったり、妖精のようであったり…。
ローズがアリクウェードに力を貸すことで精霊を認識することはできるが、『そこに居る』というのが分かる程度。気配を感じることができるだけだったり、幽霊のように薄ボンヤリ何かが見えるだけだったり…
人により見え方は様々だと言うことだった。
また、ローズのように会話することはできないのだということを双方に説明した。
それでも、見える可能性があるのなら試してみたいとアリクウェードが頼み込んだことで精霊達の関心をひいた。
「両手を出して」
ローズの前にアリクウェードの両手が差し出される。その手を握り、ローズはすぅっと目を閉じた。
ローズの手から温かい何かがアリクウェードの中に流れ込んでくるのを感じた。アリクウェードは声を出さず、ローズと繋いだ手を見つめる。
ローズから流れ込んできた温かい何かがアリクウェードの全身を満たした時、アリクウェードの視界の端を光る何かが横切ったように見えた。
ゆっくりと顔を上げるとアリクウェードの傍に人間の頭くらいの大きさの光が浮かんでいた。
「うわぁ…」
アリクウェードの驚き、喜ぶ声音にローズはニッコリ笑う。
「その子が勇気を出してくれた子。木剣の元になる樹を分けてくれた子だよ。アリクウェードにはどんな風に見えてる?」
嬉しそうにアリクウェードの周囲をふわりふわり舞う精霊。それを目で追いかけるアリクウェードの様子を微笑ましく思いながら問う。
「…光る玉みたい…」
小さな子供のような返答にクスクス笑ってしまうが、気にした様子はない。
「光る玉か。私の魔力と相性が良いのだな」
ローズの魔力とアリクウェードの相性が良かったために、一番存在を感じやすい『光る玉』とい形で見ることができたのだと説明する。
ローズは『片手なら大丈夫だから』と、片手を離すと、アリクウェードは自由になった左手で光の球を掬うように手を翳す。
アリクウェードの瞳はキラキラ輝いていた。
「周りを見てごらん」
ローズの言葉にアリクウェードが周囲に視線を向けた。
樹々の間で大小の光の玉が揺らめいているのが見えた。それにまた、アリクウェードの瞳が一層輝きだす。
「彼奴ら…興味津々でな。私がこれほど長く人に関わることが最近ではなかったからなぁ」
苦笑するローズに『えっ?』と視線を向けた。
精霊達が自分に興味を抱いたということに驚いたのか、ローズの顔をまじまじと見つめる。
ローズは精霊と何かを話しているようで、時々『うんうん』と相槌を打っている。最後に『分かった』と返事をすると、ローズはアリクウェードの方へ向き直った。
ローズと繋いでいた手を離すと直ぐに精霊達の光は見えなくなった。
「鍛錬中、私が使っていた剣を持って行くといい。私の魔力が少し宿っているらしい。この樹の精霊が言うのだから間違いないだろう」
今までローズが使っていた剣に、聞き取れないほど小さく何かを囁き口吻をする。
その木剣をアリクウェードに渡し、アリクウェードの持っていた剣を受け取り、自分の帯剣用ベルトに収める。
「…木剣では戦えない…」
アリクウェードが不安気に小さく呟く。
その不安に気付き、ローズはアリクウェードの頭をポンポンと軽く叩いた。
「大丈夫。その剣は何より強い。そしてその剣は必ずアリクウェードを護る」
瞳を強くし語るローズに対し、
「何処からそんな強気が出るんだか」
と、表情なく溜め息と共に囁く。ローズの瞠目した表情を見て声に出ていたことを悟り、慌てて左手で口元を押さえる。
鍛錬を行っている間、1度たりとも生意気な口の利き方をしたことがなかった。というか、今まで関わってきたヴィンローザの人間でローズにそんな口の利き方をする者などいなかった。
「…ふふ…。あははは…」
ローズの笑い声があたりに響く。腹を抱えて笑うローズを半目で見据えるが、そんなアリクウェードの様子にもローズは『うんうん』と頷くだけだった。
「ビーは優しい仮面を選んだが、アリクウェードは逆なのだな?」
薄ら涙を浮かべた目尻を指で拭うと―――ソックリだと言って悪かった―――と続けた。
笑いが収まり一息ついた後、真剣な表情になったローズはアリクウェードを見据えた。
一気に雰囲気の変わったローズにアリクウェードは小さく息を詰めた。
「アリクウェード」
改めて名を呼ばれ、緊張したように表情が硬くなる。
「お前が望む望まないにかかわらず、お前は王となることを望まれ王となるだろう。
だが、覚えておくと良い。お前はなりたいモノになれるのだということを。
自分の道は自分で選ぶことができる。1人の人間として与えられた当然の権利をお前も持っているのだということを」
「えっ?」
ローズの言葉にアリクウェードが瞠目する。
「未来は己の手の中にある。皆にもお前が身をもって教えてやれ!」
言い終えると悪戯っ子のような表情を見せアリクウェードの緊張を解く。
ローズの表情に、アリクウェードは天使の様な笑みを返す。
「はい」
(…。笑顔はかわらないなぁ)
アリクウェードの『良い返事』に笑顔で頷き返す。小さな子供の頃と変わらない、いや、あの時よりも魅力の増した笑顔に、ローズは心拍が早くなるのを感じた。
覚えのある身体の変化に小さく頭をふる。
―――私には未来はないのだ―――と言い聞かせながら…
お砂糖匙加減で~ なんて思っていたのに・・・。
甘くない。アリクウェードがまだまだお子ちゃま抜けず・・・
ローズも意外と猪突猛進タイプだったり?
次話から話が少し進みます(予定です)。
読んでいただいて、ありがとうございます。