鍛錬 5
初めての出会いから10年後の話の続き。
今回もまた、あまり長くないです。
また、ある日には6年前の襲撃後のことをローズから聞いてきた。
「…あの襲撃の後、騎士団はどうだった?」
あの日、剣先を少し下げる構えに覚えがあったのも当たり前である。平民の出自でありながら、20歳台前半と若くして実力を買われ騎士団の団長になった男が模擬試合をするというので、魔力を抑えた姿で見に行ったことがあるからだ。
その男は実力で騎士団団長になっただけあって強かった。周囲の人間と比べると。
剣先を少し下げることで相手に隙があるように見せかけ、攻撃を誘う。そういう構えだ。
ローズには通ようしないのだが。
あの日、騎士団長は暗殺の『命令』に背けなかったのだろうと。背けない地位の者がアリクウェードの死を望んだのだろうと考えた。
ローズが本気で暗殺者達と臨み、制圧してしまえばヴィンローザの国自体を揺るがすことが分かっていた。
相手があれ以上アリクウェードを襲撃しなかったのは、騎士団長が自分たちの実力を理解していたからだろう。己の力を傲らず冷静に状況を判断できる…若くして騎士団長に選ばれるだけのことはあるということだ。
あの後直ぐにオリーに状況の説明と、暫くの間の指示を伝えておいた。
オリーからビーにも直ぐに伝わったようだった。
6歳のアリクウェードがいくら賢いと言えども襲撃を受けた状況を正確に説明できないだろうというのがローズの判断だった。騎士団についても伝えてあった。
権力を持つ者が『アリクウェードの暗殺』を企てていること。実力行使に出たこと。今回はローズが近くにいた為、大事には至らなかったこと。アリクウェードの瞳を覗いたときに一瞬宰相の顔が見えたこと等を説明し、今後、騎士団長がアリクウェードの訓練・鍛錬を申し出た時には疑わずアリクウェードを任せるように伝えた。勿論、監視役は必ず付けるように。アリクウェードが12歳を越えるまで騎士団に不審な動きが無ければ監視は必要無いだろうということも伝えた。
ジョシュー・ビスコント・ヴィンローザ(現国王)とは長い付き合いだ。性格はお互いよく理解している。ジョシューはローズの力についても信頼している。
オリビアの先見より、ローズの先見の方が正確であることも、滅多に先見をしないこともよく理解していた。
王国にとって、ヴィンローザ家にとって最も良い結果になるだろう未来を指し示してくれることもジョシューはよく知っていた。
ローズのおかげで王妃であるマリーとも出会うことができたのだから。
あの6歳の時の暗殺者襲撃後より、どれ程ローズに護られてきのかをアリクウェードは知らない。
護られてきたのがアリクウェードだけでないことも…
暗殺者に襲撃を受けた以降、騎士団に入れられ、訓練・鍛錬に明け暮れたということだった。
騎士団長に『アリクウェードを守れ』と言ったローズの言葉を聞き入れ、その通りにしたことが分かった。若くしても、騎士団長としての自覚も備わっていたということだ。良い人材を得たと言えるだろう。
「騎士団長厳しかったんですよ~」
明るくそう話すアリクウェード。今では騎士団と良い関係が築けているようだ。
何れアリクウェードはヴィンローザの国を背負っていくだろう。
その時、アリクウェードの傍で彼を守る人間は多いほど良い。
あの時、騎士団長が間違った選択をしていたら、今頃ヴィンローザの国は滅びへの道を進んでいたかもしれない。彼はそんなことを思ってはいないのだろうが…
騎士団長が正しい選択をしていたことにローズは安堵する。
あの日、アリクウェードの瞳に一瞬映った宰相だが、アリクウェードを暗殺した後、後継者がいないことを理由に自分の娘を側室に押し、王子を産んだあと、その王子を王にするように動き祖父として権力を手に入れようと考えていたらしい。
ただ、娘は王に嫁ぐことを拒んでいたそうだ。当時宰相は知らなかったようだが婚姻を望む相手がいたのだそうだ。
宰相は失脚し、娘は望む相手と結ばれたそうだ。娘は元宰相の家からは切り離され、夫家族と幸せに暮らしているとのことだ。
大まかではあるが、オリーとビーからそれぞれ報告を受けている。
マリーにも娘のこと気にかけておいて欲しいと後から伝えてある。マリーから娘は『幸せそうだ』と聞いている。
「大変だったんだな」
苦笑しながらアリクウェードの当時の愚痴を聞きながら返す。
「う~ん…。騎士団の訓練・鍛錬は厳しかったけど、ローズの鍛錬の方がもっとキツイような…」
眉間に皺を寄せながら呟き、考え出す。
「ほう…そうか。騎士団はそんなに温いのか」
ローズは黒い笑顔を見せながらアリクウェードへ剣を振るう。
「うわぁ。いきなり攻撃してこないでくださいよ!」
辛うじてローズの攻撃を避けつつローズに切り返す。
アリクウェードには何ということも無いやりとりだが、その中にどれだけの人の愛情が含まれているのか、どれだけ己が守られているのか、まだまだ知ることはなかった。
それぞれが、それぞれの思いがあったのです。
それをアリクウェードが知るのはもう少し先の話です。
読んでいただいて、ありがとうございます。