鍛錬 1
初めての出会いから10年後の話。
城下町の町外れ、森の中の小さな丘の上に建つ小さな小さな家。
王族からすれば家とも言えない、家とは名ばかりの広さしかない。ローズの仮住まいだ。
一見すると人が住んでいるようには見えない。殆ど物はなく、少しばかりある家具類には埃が積もっている。部屋の角の天井には蜘蛛の巣も見られる。
台所を含め、3つしかない部屋。奥の寝室らしき部屋に設えられたクローゼットの奥に真新しい小さなトビラが1つある。その小さなトビラとローズの本当の家が繋がっているのだ。
ローズの本当の家はヴィンローザの北側の大きな森の奥深くにある。人と深く関わること無く過ごしてきたからだ。
しかし、そこからでは道具や食材等、買い揃えることも難しい為、今は誰も使っていない小さな小さな家を町と繋ぐ生活の一部として使用している。
使用していると言っても、ただ、ドアを開け家の中に入り、クローゼットまで行って、本当の家と繋ぐトビラをくぐるだけ。家までの通り道にしていた。
そんなある日、誰かが小さな小さな家のドアを開ける音がした。
ギィィィィィ………
いち早くその音に気付いたのはロウだった。
「…うん。分かってるわ。見てくる…」
ここ数年誰も訪れる者もない小さな小さな家のドアを開ける者。
肩にかかる赤毛がゆれる。瞳を閉じ、大きく息を吐き、魔力を解き放つとクローゼットの中のトビラに向かった。
小さな小さな家のドアを開け、中に入り込んでいたのは16歳になったアリクウェードだった。
王宮にいる先見の大ばば様にこの小さな小さな家とも言えない家に、日が暮れてから行くように言われたのだ。
アリクウェードは埃っぽい家の中を見回すと、足元に視線を落とす。
(…足跡…)
奥の部屋へと続く、決まった道筋にだけ埃がなかった。
他の所には人がいることを感じさせない程の埃が積もっている。
それを不思議に思い、目を凝らして埃の無い道筋を辿る。
ここにいるのは、国内外1番の剣術の使い手だと大ばば様は言っていた。
アリクウェードに緊張が走る。
奥の部屋に続くドアに手をかけ、勢いよくドアを開いた。
その瞬間、アリクウェードと同じタイミングでローズもクローゼットの中のトビラから出てきてドアに手をかけていた為、勢いよく引っ張り出される。
「「うわぁ」」
勢いのまま転びそうになるローズに、アリクウェードは驚きながらも反射的に両手を伸した。
ローズはアリクウェードの胸に飛び込んだ様なカタチになり、彼の胸に縋り付く。
アリクウェードに抱き留められ後をローズの長いシルバーブロンドが追う。
(???女???)
アリクウェードの腕の中で小さく一息つく。
「…アリクウェード…か…」
小さく呟いたローズの声は、誰もいない静かな小さな小さな家では聞き逃すことはなかった。
名前を呼ばれ、アリクウェードは瞳を曇らせる。
小さな小さな家の中は光も無く薄暗い。そのような状況の中、顔を判断することができないはずなのに間違えることなく自分の名を呼んだのだから不審に思っても仕方がない。
「…あ―――…助かった。もう少しで転ぶところだった…」
アリクウェードが不審に思っていることを感じ取り、少し体を離してから頭を掻きつつポツリと礼を言う。
アリクウェードは変わらず声を出さない。
怪訝そうな瞳で見ていることが感じ取れる。
「あ―――。うん。まぁ、そんなに警戒するな」
訳も分からず名を呼ばれて警戒するなと言う方が無茶である。ましてや、アリクウェードは王族。警戒して当たり前である。
ローズは頭を掻きつつ、アリクウェードから数歩離れ窓際に立った。
さほど明るくはないが月明かりがローズの姿を照らし出す。
(シルバー…ブロンド…??)
「…ローズ…?」
瞠目し、囁くような小さな声で名を確認するように呼ぶ。
「うん。久しぶりだな」
ニッコリ微笑み言葉を返すが、アリクウェードからは次の言葉が出てこない。
(そりゃそうかぁ…)
10年前、あの森で1度だけしか会ったことが無いのに覚えているだけでも驚きだ。
その上、10年前と姿形が変わらないのだから、アリクウェードが驚くのも無理はない。
「アリクウェードは大きくなったな。以前会った時は小さかったのになぁ」
成長したアリクウェードを確認するかのように、月明かりが届く所まで手を引く。
今のアリクウェードはローズより頭1個分程背が高い。
ローズはアリクウェードの頬を両手で掴み自分の方へ引き寄せ瞳を覗き込む。
探るような瞳の様子にアリクウェードの頬は紅潮し、心拍数は上がった。
「うんうん。10年間頑張ったんだね」
優しい声音にアリクウェードはハッと我に返る。ローズの瞳を見入ってことに気まずい表情になる。
アリクウェードは何を言われているのかすぐには理解できずまた不審な表情を見せるが、それも一瞬のこと。ローズの容姿に見入る。
「…オッドアイ…シルバーブロンド…」
表情を変えず、ボソボソと呟く。
ローズはその呟きに笑顔で穏やかに返答する。
「うん。魔法使いだよ」
でも、ナイショな―――と続ける。悪戯っ子の様な笑顔で。
「でも、まぁ、よく知っていたな。今時、魔法使いは殆どいないだろう?」
ローズの言葉を受け、『友人に聞いたことがある』と話す。魔法使いはシルバーブロンドでオッドアイだと。魔法使い以外がその容姿で産まれてくることはないと。
「あ―――。王宮の一角にはオリーがいたっけ…。すいぶんと歳のはずだが…」
宙を仰ぎ思い出すように言う。
「オリー?」
アリクウェードの頭のうえに『?』が見えるようだった。
疑問の答えを求める視線にローズは頭を掻きつつ答える。
「王宮では『先見さん』と呼ばれているのだったか?アリクウェードも視てもらったことがあるのだろう?6歳の時…あ―――。あの襲われそうになった後か。…と…ん?16歳…えらく最近だな」
アリクウェードの瞳を覗き込み的確に言い当てる。
「ん?違うな…。毎年誕生日に視てもらっているのか。6歳以降…?ふ―――ん。ビーも心配性だなぁ」
クスクスと笑いながら独り言の様にしゃべり続けるローズに、呆気に取られて聞き入っているが、最後の言葉に何だか引っかかるものを感じる。
「…ビー…?」
アリクウェードの中でまた新たな疑問が出てくる。
その質問にローズ笑顔が少し淋しそうに揺れた。
「…ジョシュー・ビスコント・ヴィンローザ…現国王だよ」
よく知ってるだろう―――と悪戯っ子っぽく笑う。
一瞬見せた淋しそうな表情は何だったんだろう…と思いながらも、現国王を親友のように親愛を込めて呼ぶ様子にアリクウェードは違和感を覚えた。
(僕だって『ビー』なんて呼ばないのに…)
伏し目がちに、ふて腐れたようにそんなことを考えていた。
「まあ、自分の父親を愛称では呼ばんだろうな。まあ、そんなふて腐れるな」
アリクウェードの様子を観察しながらニタニタと笑い、からかう用に言う。
王宮の先見占い師(大ばば様)をオリーと、現国王をビーと呼ぶローズに理解できないモノを感じ取り、少し不安な表情を見せる。
読んでいただいて、ありがとうございます。
『鍛錬』のアリクウェード視点の話を書くか書かないか思案中・・・(´д`)