出会い(後編)
「・・・すごい・・・」
アリクウェードの心の声だった。
アリクウェードを横目で見遣る。
相変わらずロウはアリクウェードを守る様にアリクウェードの傍にいる。
(・・・。あれ?)
違和感を感じた。
先程まで感じていた1番強い殺気が感じ取れないからだということに気付く。
地面に倒れているのは3人…少し離れた樹の陰に1人気配を感じとることができる。
先ほど矢を射ったのは樹の陰にいる彼なのだろう。
しかし、1人足りない。
集中し、あたりの気配を辿る。
「・・・いた。ロウ!!」
僅かな殺気をアリクウェードの背後から感じ取った。
ロウも気配を感じ、スッとアリクウェードを守る様に男との間に立ちはだかる。
ロウの瞳に殺気の色が見えた。
(拙いよなぁ・・・)
ロウが手を出せば無事には済まないだろうことが簡単に予測される。
5人の中では1番手練れの様だが、何分にもこのところ戦らしき戦がないので実力は押して図るべし・・・と言ったところだ。
他の4人は技術もさることながら、殺気も弱かったしな。
「ロウは手を出すなよ」
取り敢えずクギをさしておく。『護衛』に徹するように・・・
ロウは子狼の頃、雪の中に傷付いて死にかけているところを発見し、助けた。
群れのどれとも違っただろう毛色に、極端に成長が遅かった。そこから、親に見限られ襲われたのだろう。もしかしたら、ロウの成長が遅かった為、親は天に迎えられたのかもしれない。
傷付いたロウを癒やし、ずっと傍に付き添った。それでもロウはなかなか懐かず、信頼を得るまでとても長い時間を要した。
幾度も傷付き、死を目前にすることがあっても、ロウの傍を離れなかった。己がどれだけ傷付いてもロウを庇い、守り続けた。
ロウは私を裏切らない。それだけの信頼を得たのだ。
ロウは不機嫌そうに私を見る。しかし、ロウにとって、私の命令は絶対だ。
アリクウェードに1歩近寄ると『分かった』とでも言うように鼻を鳴らす。その瞳からは不愉快な気持ちが溢れ出ていた。
その様子を離れたところから見ていた男はギリッと歯を食いしばっていた。
暗殺されそうになっているというのに、余裕がると感じられたからだろう。
男はまた殺気を漲らせた。
男は怒りにも似た殺気の勢いで私に切りかかる。が、その攻撃を片手で受け止めてみせた。
体格では男の方が上回っているはずなのに押し切ることを許さない。
「・・・不意打ちにもなっていない」
片手で受け止めているにも拘らず、余裕で言葉を発する。
男は私の様子に、殺気と共に恐怖が見え隠れしだした。
片手で受け止めた剣に、もう片方の手を添え、男を押し返す。
「・・・・これが『薔薇の魔法使い』の力か・・・・」
言葉と共に男から殺気が消えた。
押し返され、間合いを計りつつ男は剣を構える。少し冷静になったようだった。
(・・・あの構えは・・・)
剣先を少し下げたようなこの独特の構え・・・・
覚えのある構えなのだが・・・・
「う―――ん・・・・」
いくら考えてもアイツが暗殺を・・・・とは考えられない。
「・・・団長・・・?」
囁くような小さな声だったが男は聞き逃さなかったようだ。
自分のことを呼ばれたことに僅かではあるが表情が変わったように見える。気配からも焦った様子が窺える。
「・・・はぁ・・・」
肩を落とす。取り敢えず、借り物の剣を地面に刺し男に向き直った。
「ここは引け。これ以上やると何も保障できなくなるぞ」
これは単に本気を出すということを暗示していた。
男を睨み、少し魔力を乗せ威圧をかける。
その言葉と威圧に男は恐怖し、落胆したようだった。
男の表情を覗けば、どこか安堵したようにも見える。
無言で剣を収める男に、ニコリと微笑み告げる。
「これからはお前がアリクウェードを守れ。それがお前も、お前の部下も守ることになる」
先見・・・・である。
男は瞠目するが僅かに頷き、樹の陰にいた男に声をかけ地面に横たわる男達を連れ、その場を去る。
男達の後ろ姿が見えなくなるまでは動かなかった。
(騎士団の未来はお前の選択にかかっている。正しき道を選べ)
爽やかな笑顔を見えなくなった男達に送った。
少し離れた所から一部始終を見ていたアリクウェードが駆け寄り抱きつく。
「ローズ!!」
「おっと・・・」
勢いに押されながらも、アリクウェードを抱き留め、頭を撫でる。
その表情は『よく頑張った』とアリクウェードを褒め労っていただろう。
視線を合わせる為にしゃがみ込む。
「ローズ・・・。強いね」
キラキラした瞳で見ている。
アリクウェードに向けられた視線に、少し頬が熱くなるのを感じながら穏やかに微笑み答えた。
「訓練すれば強くなれるよ」
アリクウェードの頬に朱が刺すのを眺めながら、大きく頷く仕草に子供らしい可愛さを見出した。
実際に、幼少の頃から父に剣術を習っていたし、父は剣術の達人だったのだ。
アリクウェードも訓練すれば強くなれる。自分を守れるくらいには。
王族なら命を狙われることがこれからもあるだろう。己を鍛えることは無駄にはならない。きっと役に立つだろう。
「僕・・・もう行かないと・・・」
少し淋しそうに呟く。『また会える?』と続きそうな感じだ。
(あ―――・・・。相変わらず戦いなんだな・・・王宮は・・・)
信じられる者の少ない世界なのだと思う。不憫に思えてならない。私には分かり得ない世界だから。
魔法使いは真実を見抜くことができる瞳を持っている。だから、魔法使いに嘘は通じない。それだけでも相対する人間の警めとなる得るのだ。知っていれば・・・・
魔法使いの瞳が左右色違いなのは、それぞれに違った力があるからなのだが、魔法使いが極僅かしかしか存在しないこともあり、それを知る人間がどれくらいいるのだろうか?
(一生懸命頑張っているのだな・・・)
少し悲しそうな笑顔になった時だった。アリクウェードが薄ら血の滲む右の頬をペロリと舐め、「ありがとう」と、両頬をその小さな手で挟み、唇に自分のそれを重ねた。
瞬く間のことだったが、子供だと思い完全に気を許していた・・・のだと思う。
アリクウェードが離れた瞬間片手で口元を隠す。
「真っ赤だよ」
私を見たアリクウェードがクスクスと楽しそうに笑う。
子供のしたこととはいえ・・・・
(拙い・・・か・・・?)
誰にも許したことの無い唇。魔法使いの口吻は幸福を呼ぶと言われている。ましてや、唇への口吻は魔法契約に値することもある。
楽しそうに笑うアリクウェードを見ていると『まあ、いいか』と思えてくる。
そんな様子を微笑ましく思ったかのようにアリクウェードの周りを1匹の白い蝶がヒラヒラと舞った。
「あ!!」
天使のような笑顔を見せ、アリクウェードはヒラヒラ舞う蝶を追いかけ出す。
「まあ、あの程度なら大丈夫か…。少し大きめの幸福が少し長く続くぐらいだろうし…。でも…」
あんな小さな子供にファーストキスを奪われるとは!!!!
それがショックだった。
蝶を追いかけ小さくなる姿を目で追いかける。
(・・・あれで迷子にはならないか・・・)
白い蝶はむやみに森を走り迷い込んだ為に現れた案内役を買って出たようだった。
またもう1つ溜め息をつき、「…帰るか…」と、小さく呟いた。
その声を合図に何処からともなく葦毛の馬とロウが姿を現した。
ロウは1本の赤い薔薇を咥えている。
「摘んできてくれたのか。ありがとう」
赤い薔薇を何も言わず差し出され、それを受け取り、赤い薔薇に口吻をし魔法で魔力を押さえ込み隠す。
長かったシルバーブロンドは赤く肩にかかる程の長さになり、瞳も両目とも薄いパープルになる。
「ヒュー、ロウ。帰りましょう」
魔法使いの時とは違う口調で、微笑みながらヒューと呼ばれた葦毛の馬とロウの頭を撫でながら帰還を促す。
嬉しそうな様子で2匹は頭を垂れた。
2匹に頬を寄せ、ゆっくり目を閉じ考えた。
魔法使いの幸福の印も数ヶ月から長くても1~2年で消えるだろうと・・・・
次に2人が出会うのは、幸福の印が消えてから数年後のこと。
読んでいただいて、ありがとうございます。
改稿日 2021/1/14