再会:きっかけは・・・(中編)
『殺すなよ』
ボソリと呟くロウの言葉にアリクウェードが瞠目する。
「殺るって・・・・殺るって・・・・」
ローズの外見からはそんなに強そうには見えない。男達のリーダーらしき男の方がずっと強そうなのだから、落ち着いて話すロウの言葉にも驚くと言うものだ。
「大丈夫~。ちゃんとおハナシできるようにするから~」
何処か巫山戯たような口調で口元は笑っているようだが、瞳は全く笑ってない。
音階が聞こえてきそうなくらい楽しそうに話すローズにアリクウェードは胡乱げに見た。鼻歌でも聞こえてきそうな雰囲気で、男達と向き合う。
『・・・・あぁ―・・・・マズイなぁ・・・・』
楽しそうなローズの様子から、誰にも止めることが出来ない状況に陥りかけていることに焦りを感じていた。ローズと長い付き合いだからこそ分かること。
ロウが理性を失い戦闘モードになったとしても、必ずローズが止めていた。ローズの魔力はそれほど強いのだ。しかし、逆の立場になれば・・・・・ロウではローズを止めることはできない。
可能性があるとすれば・・・・・・・・
『アリ殿。いざという時には主を止めて欲しい。私では止めきれないかもしれない・・・・』
溜息混じりの言葉にアリクウェードが疑問を投げかける。
「いつもあんな感じじゃないのか?」
『いや・・・・まあ・・・・』
ロウは言葉を濁して視線を場外へと外した。それだけでアリクウェードにも思い至ることが出来た。
ロウはローズがいるからこそ生きていられるのだと小さな声でアリクウェードに語った。本来、人間が狼に勝てるはずがない。しかし、ロウの中に徹底された主従関係があるのだとすれば、これだけ人間の言葉を理解しているのだからローズがロウを押さえ込むことができるのだろうと予測した。
実際にはロウよりもローズの方が強いという単純明快な答えなのだが・・・・。
男達はイラついた表情で此方を睨んでいるが全くもって気にする様子もない。
「お嬢ちゃんが相手かい?」
リーダーらしき男がニタついた下品な笑いを浮かべながらローズにゆっくりと近付いてくる。その手は脇に携えた剣を握っている。ローズの様子を窺いながら間合いを詰めているようだった。
男の様子にアリクウェードはピリピリした空気を纏っている。手を出さないように言っていたが大丈夫だろうかと心配になる。
アリクウェードの纏う空気が気になり、少し後ろにいるアリクウェードに視線を移した瞬間、狙い澄ましたリーダーらしき男が剣を抜き一気に間合いを詰めてくる。
男は抜剣の勢いに合わせて横薙ぎに剣を振る。
ローズはその気配も見逃すはずもなく、木剣に手をかけ体を捻り抜剣のタイミングを計る。
アリクウェードは視線が自分にあることを悟り、ローズの前へ身体を滑り込ませる。
「あっ」
抜剣したローズより先にアリクウェードが腕で男の剣を受けた。
「・・・・うっ・・・・」
騎士は両腕に金属製の篭手を装備している。それでも、剣での攻撃を腕で受けるなんて・・・・
騎士服の長袖。男の剣を受けた所が切れ、破れている。出血はしていないが、右腕を押さえ
表情を歪めている。
「・・・・アリ・・・・」
心配そうにアリクウェードを覗き込む。
「・・・・大丈夫だ。大したこと・・・ない」
ローズに笑顔を向けるが弱々しい。
「・・・・・何てこと・・・・・」
俯き呟くローズから、ゆらりと怒気が上がる。
ローズの怒気に呼応するかのように周囲の気温が少し下がったように感じる。
『ローズ!!』
ローズの怒気を感じ取り、ロウが呼ぶが、その声はもう、ローズには聞こえていなかった。
(陛下なのに!!)
魔力を抑えた姿であってもローズの剣は強い。10年前アリクウェードに剣術を教えていたローズなのである。20年前には、魔法使いの姿であったにせよ、暗殺者になりすました騎士団員と遣り合い騎士団長をその技量で退けているローズが、いくら強そうだと言っても街で子供相手にたかっている男に負けるはずがない。
魔力を解放したの姿ではないといえども、ローズの持つ木剣は、魔力を抑えた姿でも十分に戦えるよう重さと強度を魔法で調整してあるのだ。
そのローズが、アリクウェードの負傷で怒りを露わにしている。ロウの声も聞こえていない程なのだ。
『・・・・マズイよな・・・・相手が生きていられるだろうか・・・・』
未だかつて、ローズがこんなに周りが見えなくなるということなどなかった。
そんなローズの止め方をロウが知るはずもなく、ローズが今までになく気に掛けているヴィンローザ家の男に賭けるしかなかった。
『・・・・ローズを・・・・穏便にローズを止めてくれ』
ロウの切実な声にアリクウェードはロウを振り返る。
「・・・・かなり・・・・?」
全てを言葉にしたわけではないがアリクウェードの言いたいことを悟り、ロウは大きく頷く。
ロウは今までのローズの様子を、淋しがり屋で優しい。一部に対しては甘いと思う程。穏やかで、今まで一度も怒ったところを見たことがない・・・・と簡単に説明した。
「怒ったことがない?」
ロウの言葉にアリクウェードがロウの瞳を見返す。
『・・・・ローズと同じことをしないでくれ』
ロウはアリクウェードから視線を外し、男達と対峙するローズを見る。
「怒ったことがないって・・・・。人間誰でも喜怒哀楽があるだろう。それなのに・・・・?」
アリクウェードが「人間らしくない」と小さく呟くのを聞き、ロウは悲しげな表情でローズを見続ける。
『何時、如何なる時でも心穏やかに』
小さく声を発し、途切れ途切れに、慎重に言葉を選んで話す。
『力の制御の為・・・・・感情のコントロールを・・・・・子供の頃から・・・・・・』
ロウの言葉にアリクウェードは吃驚する。
子供の頃から感情のコントロールを学ばされているなんて・・・・。自分の子供の頃を振り返る。周囲の状況を見れるようになったはここ最近のことだと思い至る。
どれだけ辛い思いをしてきたのだろう。普段のローズからは思い描くことができない。いつもニコニコ笑顔が殆どで、表情豊かな少女だと思っていた。
(ローズ!)
小さな頃のローズのことを思うだけでアリクウェードの心は震えた。『もし自分が・・・・』と考え、痛みさえ感じなくなっていた。
ロウとアリクウェードの密かな遣り取りをよそに、リーダーらしき男がローズに斬りかかる。
それを、片手に握った木剣で受けいなす。
バランスを崩した男の鳩尾に膝蹴りを、そして顔面に回し蹴りを相手の予測以上の速度で決めていく。
木剣の剣先を男に向けたまま、崩れ落ちる男を息を乱すことなく見つめる。
ローズの動きは軽く、ダンスでも踊っているように感じた。
瞬く間のことにロウ以外の男3人は誰もがありえないモノを見たという表情をしている。
ローズの表情は変わらず硬く、全身から怒気が揺らめいている・・・・ように見える。瞳からは怒りしか感じられない。
ローズの姿を、瞳を、怒気を見た男2人は腰を抜かし、その場で座り込んでしまう。足も慄え、怯えた瞳をしている。もう、すでに戦意を失っていた。それでもローズは止まらず、男2人にゆっくりと歩み寄る。
「ローズ!」
アリクウェードの呼ぶ声も聞こえていない様子で、1歩1歩男2人に近付く。
アリクウェードは痛む腕をもう片方の手で押さえ、ローズの後を追い、ローズの腕を引く。
「・・・・アリ・・・・?」
腕を引かれ、アリクウェードの胸元に頬が当たり、腕の中に抱き留められとことで、驚きから怒気を霧散させる。身体の向きを変えアリクウェードと向き合い見上げる。アリクウェードは痛む右腕を無理矢理ローズの身体に纏わせる。
動かしたことで強く痛むが、それを表情には出さず、弱々しく笑う。
「・・・・大丈夫だから・・・・」
力ない声音に、アリクウェードの瞳を覗き込む。そこには己の痛みよりローズを心配する心しかなかった。
読んでいただいて、ありがとうございます。
戦うシーン・・・・なかなか上手く描けず・・・・伝わりましたでしょうか?
精進していきます。