再会:再会は『初めまして』から(前編)
ちょっと長くなりそうなので適当なところで切りました。
翌日、王城の見えるメインストリートの一角、いつもの時間、いつもの街灯の下に立つ。花籠を持つローズの横にロウは静かに座っていた。
「…アリクウェードは来るかしら?忙しいだろうに…」
行き交う人々を見ながらポツリと呟く。
ローズはオリビアからアリクウェードの様子を時々報告されていたので、アリクウェードが市井に降りていることは知っていた。
でも、まさか騎士の格好をしているとは思わず―――オリビアからの報告にも『騎士姿で』という内用はなかった―――、昨日袋小路に追い込まれた兄妹を助けに駆けつけた時アリクウェードが現れても直ぐに気付くことができなかった。
「誰が忙しいのですか?」
ロウの反対側、ローズの頭の近くから声が聞こえ、ローズの心臓はドキリと大きく跳ねた。
続き心拍が速くなるのを胸元を抑えて振り向くと、少し申し訳なさそうな声が降り注ぐ。
「驚かせてしまいましたか?」
軽く頷いた後、アリクウェードを見上げ「少しだけ」と落ち着きを取り戻しつつ答えた。
自分を仰ぎ見るローズに『可愛い』などと思いながら、昨日のことを話し出す。
「昨日は無事に帰られたようですね。…困っていることはないですか?」
昨日と同じ騎士服を着たアリクウェードが穏やかな微笑みと声音で問う。10年前の特訓最後の日に見せた表情・口調とは全く違う。
(成長した…のかな?)
10年前より更に背は高くなり、ローズの顔はアリクウェードの胸のあたりになっている。
あれから剣の訓練も続けていたのだろう。
10年前は細い体に纏うように筋肉が付いていた感じだった。成長段階にある体を支えるようだった。
今は、騎士服の上からでも鍛えられた筋肉を思わせる体つきをしている。だからといって、大きすぎずバランスのとれた『美しい』と表現できる体つき、整った顔立ち、風にふわりと舞う金色の髪はとても柔らかそうだ。
返答もなく自分を見つめるローズに声をかける。
「・・・?お嬢さん?」
アリクウェードの声でローズは我に返る。
「・・・ああ・・・ええ。昨日はありがとうございました。今、困っていることはないですね」
アリクウェードを見上げたまま微笑み応える。
「やはり・・・・似ている・・・・」
ローズの様子に心の中で『可愛い』を繰り返しながら、表情には穏やかな笑みを浮かべ心の中を隠し、更に浮かび上がる気持ちを小さく呟くが、アリクウェードの声は周囲の喧噪にかき消された。
町の喧噪で声が聞き取れず、呟きから口唇の動きも小さく読み取れず、アリクウェードの瞳をジッと見つめ聞き返す。
「何ですか?」
アリクウェードを見上げ、瞬きを繰り返し少し首を傾げる様子に『可愛い』が心の中で積もっていく。一つ咳払いをして心を落ち着け、ローズに応える。
「以前お会いしたことのある方に似ていると思ったのです」
10年前に会ったローズに……アリクウェードの意識は向かっていた。
長いシルバーブロンドにブルーとパープルのオッドアイ。6歳の時に助けられ、16歳の時に自分を守る強さを習った『薔薇の魔法使い』。魔法使いなのに自分より剣術に優れているなんて…。アリクウェードは、『いつかはローズに勝つ』と日々訓練を重ねているのに、未だにローズに剣で勝てる気がしない。
ローズの剣戟を思い出し、クスクスと笑ってしまう。
「何がおかしいのですか?」
ローズの問いに、アリクウェードはクスクス笑いのまま「髪の色も瞳の色も違う貴女が、20年前初めて出会い、10年前再会した人に似ていると思った自分がおかしかったのです」と話す。
同一人物であることを知るローズは難しい表情をする。その横でロウはぷいっと視線を外すように道を行き交う人々に視線を移した。
アリクウェードを護る為には目の前の赤髪の少女が『薔薇の魔法使い』であることを教えることはできない。伏せておいた方がよい。
ヴィンローザ王国が大国と言えども、アリクウェードが即位して3年しか経っておらず『薔薇の魔法使い』と懇意にしていると知られれば、他国から利用しようとする者、侵略し、自国の配下にし思うように操ろうとする者―――『薔薇の魔法使い』が侵略などさせないのだが―――等が現れることが考えられるからだ。アリクウェードが国王に即位し、やっと安定しかけてきているところなのだから、外交問題の発展する可能性は少しでも減らしておきたい。
王城にいるオリビアの先見占いに関しては他国であろうとも希望があれば申請さえすれば、直接会い聞くことができる。オリビアは高齢であり、先見占い以外に大きな力がないことも他国は知っている。オリビアはヴィンローザ王国に保護されているという認識で、外交は安定しているのだ。
ヴィンローザ建国より『銀の魔法使い』『薔薇の魔法使い』の話が民草で語られているが『寝物語り』で通している。世間ではオリビアがこの世界で最後の魔法使いだとされているからだ。
アリクウェードの政がもっと安定すればローズが『薔薇の魔法使い』であることを公表しても大きく外交バランスが崩れることもないだろう。しかし、即位して3年。安定してきたといっても、若い国王であるアリクウェードに悠久の瞬間を生きる『薔薇の魔法使い』が味方するということは、どんな攻められ方をするか分からない。一方的な不条理な理屈をつけて攻められることもありえる。
国が安定しなければ、そのしわ寄せは民にも及ぶ。民のこと、国のことを思うアリクウェードの為にはならないだろう。だからこそ、ローズはアリクウェードを護る為、即位後、王城の近くにいるが本来の姿を晒すことはないし、アリクウェード自身にも教えることはない。
目の前にアリクウェードがいるのに、本当の自分を教えることがないという現実に、心が痛みを覚える。
10年前、16歳のアリクウェードに強くなるために剣術を教えた最後の日、どこか懐かしいような胸の痛みを感じていた。未来のない思いに幾度となく振り回されてきた。過去の経験から、深い傷になる前に自分に言い聞かせた。なのに・・・・
(ヴィンローザ王国のことを思えば仕方のないこと)
自身にも言い聞かせるが、どこか納得出来ない思いがある。自分のことを知ってもらえないというだけで感じる胸の痛みと苛立ち。今までこんなことなかった。
胸の痛みと苛立ちを隠せず、眉間に皺を寄せ、胸元でギュッとてを握り、瞼をを閉じる。
ローズの表情・仕草にアリクウェードは
「知らない人に似ていると言われても面白くないですよね」
と、申し訳なさそうに視線を落とした。
現在、数日毎の更新となっております。
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