ミール村の戦い
盗賊たちの武器などを回収し、それらを各班に分配し装備を新たなに整えた。ハンメル団長の管理の下、ポーションなどが配られた。ギルドから持ってきたポーションは数量の確認後、騎士団が管理する物資に統合された。
ダイレ村から参加した3人のうち1人が戦死していたが、バランさんが無事だとわかって一安心した。ボルンさんにトニーという少年とバランさんをこっちの班に出来ないかと相談したところ、思いの他簡単にこっちの班に移動させることが出来た。ボルンさんとハンメル団長は親交があり、ある程度融通が利くみたいだった。
そして、俺たちはエルド村を出発した。馬に跨った騎士団を先頭に馬車が長蛇の列をなして
北に位置するミール村に向かった。俺たちの班にはハンメル団長の代わりに一人の若い騎士が配属された。だが、実質俺たちの班長はボルンさんのようだった。やっぱりボルンさんは騎士団にも一目置かれているみたいだ。
馬車の中では、先ほどの勝利で少し気をよくした領民たちは世間話をしていたが、バランさんともう一人のダイレ村の男は口数が少なかった。トニー少年は落ち着きがなく無邪気にみんなの話を聞いていた。好奇心旺盛で明るい性格のようだった。
そうこうしている内にミール村近辺までやってきた。エルド村周辺の地形は開けていて見通しがよかったが、この辺は林がありミール村の入口がまだ見えなかった。集団の緊張感が増してきた。すると、先頭の騎士の合図があり、俺たちは足を止めた。よく見ると、先頭の騎士がほんのり光っているのが見えた。
何か魔法を使っているんだろうか。。。
その騎士はハンメル団長に何かを告げ、ハンメル団長はみんなに馬車から降りて戦闘の準備をするよう合図を出した。この先に盗賊団がいるらしい。
俺たちは馬車の両側を警戒しながら歩いた。林が少なくなり、ミール村の入口が見えてきた。松明を焚いているのか入口付近は明るかった。俺たちは戦闘態勢を維持しながら徐々に近づいていった。
村の入口が近づくと盗賊たちがこちらを待ち構えているのが見えた。俺たちと戦闘を交える気満々でいきり立っている。
俺たちが来るのがわかっていたってことだろうか。それなら俺たちに勝つ算段があるはずだが、目に見える範囲からすると明らかに俺たちの方が数で勝っている。何か得体の知れない不気味さを感じるが、今は目の前の盗賊団との戦闘に集中するしかない。
俺たちと盗賊団との距離は徐々に縮まり、いつ戦闘の火蓋が切られてもおかしくない状況だった。周辺の空気が熱を帯びてきたのを感じた。みんなが興奮状態になってきたからそう感じるのか、それとも闘気で体が熱くなり実際に周辺が熱気を帯びているのか。俗に言う命をたぎらせるというのはこういうことを指すのだろうか。
いけない。ちゃんと集中しなきゃ。
先の戦闘で少し自信がついたからと言って油断していれば一瞬でやられてしまう。最初の戦で活躍したがために調子に乗って次であっけなく死ぬってよくありそうだし。まあ、俺はそんなに大して活躍してないんだけど。。。やっぱり俺も少し調子に乗っていたのかも知れない。
俺は集中力を欠いていたことを反省しながら、目の前の戦闘に集中しようとした。すると突然前方の騎士たちから火の玉が5つ盗賊たちに向かって放たれた。それを合図に一気に戦闘が始まり、両集団はお互いに向かって走り出した。地面に足を取られないように気を付けながら俺も騎士たちに続いて駆けだした。
火の玉は向かってくる盗賊集団に落ち、何人かの体が炎に包まれ火だるまになった。盗賊たちは燃える仲間をそのまま避けながらこちらに向かってきた。お互いの集団の先頭がぶつかり白兵戦が始まった。騎士たちは次々と盗賊たちをなぎ倒し進んでいった。そして俺の班も乱戦の中に入っていった。
騎士たちの最初の突撃で盗賊の集団は瓦解したようで、再び塊になって立て直すことも出来ず、数で勝る俺たちに飲み込まれていった。
こうなると戦闘は意外と楽で、面と向かった仲間がけん制し、それに気を取られている盗賊を他の仲間が死角から槍や剣で刺していった。
俺たちは大した被害を受けることもなく、あっという間に盗賊の集団は全滅した。エルド村での戦闘とは打って変わって、圧勝だった。戦争は数だと言うが、それがよくわかる内容だった。二倍の数の集団に飲み込まれ乱戦になると、数では2対1になるわけだが、体感的には4対1に近い圧倒的な差を感じた。結果は簡単な引き算になるわけでないのだ。
入口に陣取っていた盗賊たちを簡単に殲滅した俺たちだったが、先頭にいる騎士たちは「俺たちに続けー!」という声と共に村の中に入っていった。
騎士たちは徴兵された領民たちより遥かに強く、突撃で負傷した騎士は一人もいなかった。さすが騎士と呼ばれるだけあるなと感心しながら村の中まで足を進めた。入口からすぐに村の中心地があり、木造りの建物が数軒あった。二階建ての家や教会のようなものも見えた。
この世界では、というかおれが知っている範囲では二階建ての家は珍しい。ダイレ村には一軒もなかったし、ルハン町では冒険者ギルドと町長の家くらいしかなかった。ミール村はダイレ村よりはるかに大きな集落のようだ。
先頭にいるハンメル団長は右手をあげ、俺たちは足を止めた。集団は自然に大きな円のような形になり周囲を警戒した。ハンメル団長の隣にいる騎士の手が光り、何か魔法を使っていた。そして二階建ての建物がある方向を指した。
どうやらその騎士は探査のような魔法を使い、残りの盗賊の位置を探しているようだった。
団長は適当に班を2つ選びついてくるように指示し、騎士を5人ほど連れて二階建ての大きな家に向かっていった。騎士の一人が家のドアをけり破り、一つの班を外に残して、残りは中に入っていった。
俺たちは静まり返った周囲を警戒しながら待機するしかなかった。少し経つと、家の中から大きな物音がし始めた。おそらく中で戦闘が始まったのだ。だが、騎士たちは援軍を送ることもなく冷静に待機していた。中に入っていった騎士たちは絶対的に信頼されているのだとわかった。
しばらくすると家の中から返り血を浴びたハンメル団長と数名の騎士たちが出てきた。そのあと、盗賊5人の死体を引きずって領民兵が出てきた。こっち側に被害はなかったようだ。
そして、先ほどの騎士がまた手を光らせながら魔法を使い始めた。他の盗賊たちの居場所がわかったのか、団長の指示でさらに村の奥に進み始めた。街道からすぐの村の中心地をあとにすると、広い農村地帯に出た。家一軒一軒がお互いに離れており、畑の一つ一つがかなり大きい。暗闇でどこまで広がっているかがわからないほど広大な農村だった。
数軒の家を通り過ぎ、10分ほど進んだ。農家の家は平屋だが大きくしっかりとした作りだった。結構裕福な村のようだ。
すると、向うにある大きな平家から火の光が漏れているのが見えた。家の反対側で火を焚いているのだろう。
探査のような魔法を使う騎士もその家を指していた。ハンメル団長はこちらに向かい、
「あそこに見える家の周りに残りの盗賊たちがいると思われる。気を抜かず戦闘の準備をしておけ」
領民兵よりも遥かに強い騎士たちが先頭を行くせいか、俺たちの士気は高い。もしこの村にいる盗賊が情報通り50人くらいだとしたら、もう半分はすでに倒した。残りが25人ほどだとすれば、下手すると先頭の騎士たちだけで倒してしまうだろう。
俺たちの集団は緩やかに広がり大きな平家を囲みながら近づいた。すると、一人の盗賊が急に家の中から飛び出て来て騎士に斬りかかった。しかし、隣の騎士があっけなく彼を斬り捨てた。その瞬間、家の戸や窓から次々と盗賊たちが姿を現し、襲い掛かってきた。一人の騎士は襲い掛かってきた盗賊から距離を取り、盗賊の勢いが死んだところで横の騎士が剣でけん制の一撃をした。その攻撃に気を取られた盗賊がそのけん制の一撃を避けようとしたところ、先ほどの距離を取った騎士がすでに距離を詰めてきており、盗賊に致命的な一撃を浴びせた。完璧なタイミングと洗練された動きだった。日頃の厳しい特訓を伺える見事な連携だった。
気が付くと他の騎士たちも見事な動きで次々と盗賊を各個撃破していく。俺たちは騎士たちの後ろに控えていたが、援護がほとんど必要なかった。
襲撃の波が収まった。10人弱の盗賊の死体が平家の前に転がっていた。だが、まだこれと同じ程度の数が残っているはずだ。
ハンメル団長は数人の騎士たちといっしょに魔道具ゲレルを携えながら真っ暗な家の中に入っていた。残りの騎士と俺たちは家の裏側に回ると、4人の盗賊たちが待ち伏せしており、先頭の騎士たちに襲い掛かった。だが、あっけなく斬り殺された。
裏庭のような場所には調理中だったと思われる大きな鍋が火に焚かれている。すると、家の中から戦闘の音がし、3人の盗賊が家の中から追われるように出てきた。俺たちはすでに盗賊たちが逃げられないように家の周りを取り囲んでいた。出てきた3人の盗賊のうちの一人がどうやら頭のようだった。坊主頭に少し伸びているが整えられたひげに、他の盗賊たちより高級だとわかる派手な赤に近いオレンジ色の服を身にまとっていた。両腕に金属の腕輪、首からじゃらじゃらといくつものネックレスをぶら下げていた。そして、両手に上等な装飾が施された曲線を帯びた剣を持っていた。
3人の盗賊を追うようにハンメル団長と騎士たちもゆっくりと家の中から出てきた。
「もう終わりだ。おとなしく投降すればこの場では命を取らん」
完全に囲まれた盗賊たちにハンメル団長が言った。
「舐めるなー、この犬風情が」
盗賊の頭はハンメル団長に向かって両手の剣を横に交差させるように斬りかかった。だが、二本の剣は空を斬り、逆に彼が崩れ落ちた。すでにハンメル団長は彼の後ろに踏み込んだ後のような姿勢で立っていた。全く見えなかったが、一瞬で斬ったのだろう。うつぶせで倒れ込んだ盗賊の頭の体から血が流れ出ていた。
残った二人の盗賊はどうしていいかがわからないのか微動だにせず絶望的な表情を浮かべている。騎士たちはそれを見逃さず後ろから彼らの武器を奪い抑え込んだ。そして、一人の騎士が腰から下げていたひもを取り、盗賊を縛った。
全ての盗賊を退治し終わったということで領民兵たちは安どの表情を浮かべていた。バランさんやトニー少年、そして班の他の人たちともお互いの無事を喜び合い、思わず抱き合ってしまった。同じ死線を乗り越えた仲間ということで、小さな絆を感じずにはいられなかった。
この村での戦闘に関しては、なんとこちら側に死者が一人もいなかった。俺はほとんど何もせず騎士たちの活躍を後ろから見ていただけだったが、騎士たちのすごさや集団の強さを実際に目にすることが出来た。ギルドで特訓ばかりしていた俺にとって、今回は全てが初めての経験でいろいろと勉強になった。
その時、初めて人を殺してしまったということを改めて思い出した。斬り殺した時の相手の表情は今でもはっきりと覚えている。だが、これがトラウマになるかというとそれはないように思える。
戦った時の高揚感と相手を倒した時の何とも言えない感覚も否定できなかった。決して楽しんだわけではないし、今でも気分の悪いものだったが、根本的に人間として、生き物として生きているということを強く実感するものだった。
ハンメル騎士団長はすぐに各班に指示をだした。2つの班は馬車からポーションや物資を取りに、4つの班は盗賊の死体の回収と処理、3つの班は村の各家を捜索、1つの班はけが人の看病。各班は班長の騎士の号令で速やかに行動を開始した。俺の班はケガ人の看病を担当することになった。と言っても知識があまりない俺たちは騎士のお手伝いをするだけのようだった。
「ちょっと待て!」
二人の領民兵が盗賊の頭の死体を運ぼうとした時、ハンメル団長が慌てて止めた。突然のことに周囲は団長に注目した。俺はボルンさんの後ろで盗賊の頭の死体を見ていた。
「どうしたハンメル?」
「いや。。。ボルン、これみてみろ。おい、ランデル!こっち来い」
団長は死体の首を指していた。先ほどは良く見えていなかったが、首に巻かれている無数のネックレスの他に金属の首輪みたいなものがあった。
一人の騎士がやってきた。
「なんでしょう団長?」
「この首輪鑑定できるか?」
「はい。。。あれ、これもしかして。。。ちょっとお待ってください。。。これ従属の首輪ですね。しかし。。。識別紋章がない。しかもかなり強制力の大きいものです。こんなもの初めてみました」
「そうか。。。しかし、なんで盗賊の首にこのようなものが。。。」
騎士とハンメル団長が会話している中、ボルンさんの方を見ると察してくれたのか俺に簡単に説明してくれた。
従属の首輪はつけられた人の行動を抑制する魔道具で、主に凶悪な犯罪者などに取り付けられるそうだ。製造に関することは全て機密とされ国が運用している。民間での売買は違法でかなり厳しく罰せられる。行動の抑制力は種類によって違うというものだった。
この盗賊のボスが凶悪な犯罪者だったからつけられていたのかと思ったが、犯罪者用の首輪が機能している状態では逃走や戦闘の行為は出来ないらしい。
そして、何よりも問題なのは、この従属の首輪が王国で運用されているものではなかったということだった。王国以外でも従属の首輪は製造されているが、基本的には紋章と固定番号などが入っており、一つ一つがちゃんと管理されているのだ。しかし、この盗賊の首にはめられている首輪はそういったものが見当たらず、どこかで違法に作られたものだった。
これはかなり由々しき事態なのだとボルンさんは言う。
首輪を鑑定した騎士は剣を取り、盗賊の頭を切り落とし首輪を取ってハンメル団長に渡した。
。。。そうしないと従属の首輪というものは取れないのかもしれないが、絵面がすごいな。。。
そして、団長が首輪を受け取り懐にしまおうとした瞬間、村の入口の方角から大きな爆発音がした。