エルド村の戦い
それぞれの班が周りを警戒しながらエルド村に入っていった。ハンメル団長の班、つまり俺が所属する班は集団の中央にいた。各班の一人がゲレルを持ち、周りを照らしている。明るいとは言っても進む先は暗闇ではっきり見えない。俺は剣を強く握りながら戦闘態勢を維持していた。ピリピリと緊迫した雰囲気の中で歩くだけでも疲労してくる。初めて感じる命のやりとり前の緊迫感。ふと隣のボルンさんをみると、平気な顔で歩いていた。
薄黒い笑顔が見えたのは気のせいだろうか。。。
通り過ぎる家を捜索しながら進む。家の中は生々しい飛び血に染まっていたが、人の気配はなかった。
「ぎゃあああ」
先頭集団の方から叫び声がした。
「矢が飛んでくるぞー、散らばれー」
それと同時に、急に飛んできた矢は俺の横をかすめ、後ろを歩いていた領民兵の胸に刺さった。さらに、矢がもう一本いきなり暗闇から現れ、目の前の地面に刺さった。ボルンさんとハンメル団長はなんと矢を剣で打ち払って避けた。各班は軽い混乱の中、家を背に避難した。上方から飛んでくる矢は全く見えず、俺は恐怖で震えた。
「しっかり気を保て、俺から離れるなよ」
ボルンさんが力強く言った。その言葉に俺は少し正気を取り戻した。
大勢の足音が近づいてくるのが聞こえてきた。すると、突然家の横から盗賊と思われる悪人面の面々が剣や槍を携えて襲ってきた。ハンメル団長とボルンさんは突進してきた盗賊の先頭の3人を目にも止まらない一太刀で切り捨てた。
至る所で怒号が飛び交い、戦闘が始まった。先を取られた俺たちは集団として機能していなかった。敵味方が入り乱れる乱戦になった。
目の前でボルンさんが3人ほど倒した辺りで漸く俺は冷静になり、周りが見えるようになった。班の後方が5人と対峙していた。ボルンさんとハンメル団長は警戒され、うかつに飛び込まれなくなって距離を取られていた。すると、ボルンさんとハンメル団長はそれぞれ別の方向にいる盗賊の集団に飛び掛かっていった。
俺は後方に目をやり、敵の攻撃に備えた。慌てずによく集中してみると、盗賊の攻撃は躱せないほどのものではなかった。目の前にいた班の一人が簡単に盗賊にやられてしまった。他の領民兵もよくみればそこまで強くないように見える。どうやら、盗賊の方が少しだけ実力が上のようだ。それでも、領民兵たちは必死に盗賊たちに立ち向かっていた。それを見た俺はこの場から逃れることしか考えてなかったことを恥じ、そして後悔した。
俺はすばやく同じ班の領民兵たちの前に出て、盗賊の一人が隣を狙って振り下ろした剣をはじいた。咄嗟の攻撃だったが、思った以上に相手は態勢を崩した。俺はそのまま踏み込み盗賊の一人の首を剣先で貫いた。豆腐のように歯ごたえなくすっと剣先が入った。すぐに剣を引き戻し、隣にいるもう一人の盗賊の胸に刺した。相手は躱すこともはじくことも出来ず崩れ落ちた。
ボルンさんの特訓の効果を肌で感じると共に、初めて人を殺めてしまったことに、もう前の自分には決して戻れないだろう怖さを感じた。
俺の攻撃を見た残りの3人の盗賊は俺を警戒し、お互いにかたまり、距離を取って陣形を立て直した。俺の隣の領民兵の二人も態勢を整え、3対3になり、睨み合った。
そうだよね、ドラマのように一人ずつ順番に都合よく攻撃してくるなんてないよね。。。
と思いながら前に踏み込んだ。焦った盗賊の二人が遠い間合いから無理やり態勢を崩しながら剣を突き刺してきた。間合いの外から、しかも崩れながらの突きは、俺に届くまでにその最大速度と破壊力を失い、二人とも体が伸びきってしまっていた。俺はその剣先が届く直前に一人の方に向かって踏み込み、懐の中に入った。それと同時にスキだらけになった腹を剣が突き刺さらないように斬った。そして、斬った時の踏み込みで盗賊二人を抜き去り背中に回った。もう一人はまだ伸びきった態勢を整えられず、背中ががら空きになったままだった。そして、彼が振り返ろうとした瞬間に俺の剣は彼の背中に深く刺さった。数で有利になった領民兵の二人が残り一人の盗賊を挟み込んで倒した。
斬り終わったあと、ずっと剣を振り続けていたかのようなどっとした疲労を感じた。実際には最初から最後まで10秒もなかった。集中力が高まっていたのがわかった。班の領民兵と軽く目を合わせてお互いの無事を確認した。そして、周りの他の班の戦闘に目を向けた。なんと、ボルンさんとハンメル団長が向かっていった10人くらいの盗賊はすでに地面の上に転がっていた。二人の表情からまだ余裕さえ伺えた。俺の方を見たボルンさんは、大丈夫そうだねと言わんばかりの笑顔を俺に向け、ハンメル団長と共にさらに向うの方へと駆けて行った。
ボルンさん。。。あんた俺を守るんじゃなかったんですか。。。
ボルンさんの不条理さに不満を感じながらも、先ほどの戦闘で少し興奮している自分に気が付いた。きっと脳から流れ出る興奮物質による高揚感なのだろうと客観的に考えながら次の戦闘に向けて息を整えた。より冷静になり、感覚が研ぎ澄まされていくのを感じた。
奇襲を受け一瞬の混乱はあったものの、形勢はこちら側が有利になってきているのがわかった。
突然、横から強烈な熱を感じて振り向くと、騎士の一人が手から炎の玉を放ち、飛んでいった火の玉が盗賊の一人に直撃し勢いよく燃え盛った。その炎によって盗賊の集団はバラバラになり、数で勝るこちらは盗賊一人に対して数人が向かっていった。
「火の魔法使いがいるぞお!」
少し離れたところにいた盗賊が周りの仲間に警戒するように叫んだ。
すると、周りに誰もいなかったはずなのに、彼の首から血が噴き出し、それと同時に鞭がしなったようなパンッという音が鳴り響いた。その10メートルくらい後方に、剣を振り下ろしたあとの構えを取っている騎士がいた。剣と手の周りから魔力を込める時に発生する光が残存していた。
初めて見る攻撃魔法。その圧倒的な威力と異質な感覚に目を奪われた。
すぐに我に返り周りを見渡すと、10人くらいの盗賊に囲まれて、不利な戦闘をしている班があった。もう4人の領民兵しか残っていなかった。俺は全力でそっちに向かって走った。
俺がたどり着く前に領民兵をかばうように剣を構えていた騎士に、盗賊4,5人同時に襲いかかり、二人を犠牲にしながらも数の力で押し切り、騎士の首に槍を刺した。班長の騎士を失った3人は顔を歪め覚悟を決めたような表情になった。
俺は8人の盗賊集団に飛び掛かり一人を斬りながら、領民兵3人の前で着地した。残りの7人の盗賊は俺に気づき、俺を取り囲んだ。
集団は槍を構えていた。長さを生かして長距離からの攻撃、万が一躱され踏み込まれても周りの人がフォローする。俺はそんな槍の厄介さと悪戦苦闘しながら、何とか剣が届く距離に持ち込もうとしたが、中々その間合いに入ることが出来ないでいた。集団はじりじりと距離を詰めてきた。1対1でしか槍との戦闘特訓をしていなかったため、槍の集団戦法のいやらしさを理解していなかった。間合いを計られながら突かれる槍をはじくことしか出来なかった。俺を取り囲んだ盗賊たちがじわじわと近づいて来た。どこから槍が飛んでくるか予想できず、一瞬でも集中を切らせばやられてしまいそうだった。
まず、耐えて乗り切るしかない。
他の班の戦闘が終わったら援軍に回ってきてくれるはず。
実際には10秒か数分だったかはわからない。永遠のような長い間、神経を研ぎ澄まし、突き出されてくる槍を払い続けた。限界が近くなってきた時、横から強烈な風圧を感じた瞬間、
盗賊集団の右側の二人の首が切り裂かれ崩れ落ちた。一瞬だけ攻撃が来た方向に目をやると、一人の騎士がこちらに向かってきている。手の周囲からは魔法を使ったあとが見られた。
魔法攻撃の援護のよって、俺を取り囲んでいた盗賊の陣形がくずれた。俺は横に移動し1対1の状況を瞬間的に作り出した。相対した盗賊は槍を乱暴に突いてきた。剣で槍の先を斜め下にいなしながら距離を詰めていき、間合いに入った瞬間に斬り捨てた。崩れ落ちた盗賊の後ろにいたもう一人の盗賊が俺の胴体を狙って突いてきた。斬り捨てたあとの態勢が万全ではなかった俺は慌てて、守りを固めようとしたが間に合いそうになかった。すると槍の速度が落ち、時間がゆっくりと流れる違和感に襲われた。槍先は確実にゆっくりと俺の胸に突き刺さろうとしていた。躱そうとしたが、身体がしびれたように重く動かなかった。必死に力を入れた。槍先が胸に届く寸前だ。さらに必死に体を動かそうとした時、何か電気が流れたような感覚があり、全身に痛みが走った。そして体が少し動くようになった。槍の先に胸の皮膚を引っ掛けられながら、深く刺さる前にギリギリ躱すことが出来た。
これはスキルのおかげなのだろうか。。。
躱した直後、時間の間隔は平常に戻った。全身に電気が走ったような痛みは大きくなり、筋肉が悲鳴を上げていた。
槍を躱したあとすぐに反撃を試みようとしたが、足がつったような感覚になり、うまく踏み出せず、中途半端に前に出てしまい致命的なスキをつくってしまった。槍を躱された盗賊は一瞬俺を見失ったように見えたが、俺の方に向き直りスキだらけの俺に攻撃しようとした。その時、後ろから剣が盗賊を貫いた。ものの数秒で逆に数で不利になってしまった盗賊たちは背中を合わせて死角を隠した。
その時、先ほど魔法で援護してくれた騎士が加わった。そして、彼の手がまた光り出した。魔法攻撃の準備をしていた。
盗賊たちは、このままではまた魔法の餌食になってしまう、しかし数で不利なこの状況で下手に攻撃をすれば一瞬で全滅する。絶望的な二択を迫られた彼らは叫びながら、冷静さを失った無様な軌道で槍を突き出した。俺は槍先を剣でなぞりながらいなし、一人の首を貫いた。それと同時に先ほど俺を助けてくれた領民兵の男がもう一人を斬り倒した。後ろに控えていた二人の領民兵も最後の一人の盗賊に襲い掛かり刺し殺した。
「ありがとうございます」
と騎士にお礼を言うと、
「おう、あの状況でよく粘ったな。大したもんだ」
と言って、俺の肩を軽くポンと叩いた。
振り返ると、他の班の戦闘もほぼ終わっていた。数名の盗賊が降伏し縛られている途中だった。
何とか乗り切った。。。
達成感と安堵感で力が一気に抜けてしまい、地面に座り込んでしまった。
「あんちゃん、強いね。助かったよ、ありがとう」
先ほど俺が態勢を崩した時に盗賊を後ろから攻撃して助けてくれた男だった。
。。。男?というか。。。子供だ。。。
俺と同じくらいの子供じゃん。
俺と同じくらいの少年だった。
「俺も助かったよ、ありがとう」
俺もその少年にお礼を言った。
「おれ、トニーっていうんだ。あんちゃん、俺と同じくらいかな、何歳?」
「ヒノです。12歳ですけど」
「俺と同じだ。すごいね。同年代で俺より強い人見たことなかったのに」
彼はサバール町の孤児院に世話になっている孤児で、今回は無理やりついてきたそうだ。将来は有名な冒険者になりたいらしく修行しているらしい。本人曰く地元でも一応名の通った少年とのこと。
まあ、その年齢であれくらい強いならそうなのかもね。
しかし、ボルンさんとの特訓で俺も結構強くなっていたんだな。。。
としみじみ感じながら少しだけ自信がついた。
このあと、エルド村をくまなく調査し、盗賊がいないことを確認した。「おう、ヒノ、無事だったか?」と平然とした顔で俺に声をかけながらボルンさんはハンメル団長と共に戻ってきた。胸の返り血から見るに、隠れてスキを伺っていた第二陣の盗賊たちを狩り周っていたようだった。
「俺を守るって言ったのどうなったんですか?」
「まあまあ。でもなんとかなったろう。わははは。」
すがすがしすぎて返す言葉もない。。。
一通り村の探索が終わり休憩を取った。村人は人っ子一人いなかった。
襲ってきた盗賊の数は50弱だった。この戦闘でのこちら側の犠牲者は24名(領民兵23名、騎士1名)。ほとんどは最初の奇襲の時にやられてしまったらしい。彼らにも家族がいたはず。そのことを思うとこの世界の命の軽さと重さを認識せざるを得なかった。家族のように接してくれるナヴィさんのためにも絶対に生きて帰ろうと決心した。
しばらくして、エルン市から馬を飛ばしてきた30名の騎士が合流した。班を再度10~11人ずつに再編成し、各班に騎士が一人、班長として配属された。エルン市から来た騎士たちは集団戦のプロでもあるので、領民兵と混ざらず騎士だけの班を形成した。ハンメル団長は俺たちの班から離れ、騎士団に戻っていった。
そして、ハンメル団長は前に出てみんなを労い、お礼を言った。だが、彼の顔色は優れない。
「先ほど、捕まえた盗賊から得た情報ではミール村にも盗賊が50名ほど潜伏中らしい。ここに村人が一人もいないことから、ミール村に連れていかれた可能性もある。我々はこれからミール村に赴き悪略非道な盗賊を一網打尽にする」