招集と出発
ボルンさんとパティさんは時計台がある大広場で緊急の伝令用のものらしき魔道具を設置していた。そして、パティさんは魔道具に向かって手をかざした。少しずつ手の周りが光り出し、魔道具に魔力が込められる。すると、魔道具から黒い煙のようなものが空に昇りはじめた。昔、使われていたという狼煙みたいなものなのだろう。
パティさんが言うには、この伝令用の信号には数種類あるらしい。村長など自治の長が知る信号は3種類で、赤は緊急避難、黄色は緊急招集、そして今回上がっている黒は兵の緊急徴兵である。
昇った黒い煙は形を変え始めた。そして、最終的に6つの層になって安定し、空中に留まっている。
「黒は強制的な緊急徴兵で、層の数は徴兵される人のレベルを指すの。今回はレベル6以上の人ということになるわ」
と魔道具に手を当て続けながらパティさんは教えてくれた。
「ルハン町周辺村の代表者たちはすぐにレベル6以上の人を集めてここに向かわせる。基本的には3時間以内にここに到着することになっている。遅れたものや事情があるものは明日の朝出発する」
とボルンさんが付け加えた。
後に知ったが、有事の際に軍人として徴兵される領民は成人すれば一年に一度ギルドでレベルを鑑定し、登録をする義務がある。そうやって領主は領民の強さや非常時における領地の戦力を把握しているのである。緊急徴兵の権限を持つのはこの地域一帯を含む広大な領地を持つレオルド辺境伯爵である。寄子である男爵などの貴族に拒否権はない。だが、よっぽどのことがない限りこのような徴兵が行われることはない。そして徴兵された領民のその次年の税の全額または一部が免除される。この土地の税は約5割なので貧しい村民は必死の徴兵逃れをすることは少ないのである。
でもレベル6ってことは。。。ダイレ村の住人として登録した俺も行くのか?
なんか急にハードな展開になって来たな。。。
「あの、俺も行くんですか?」
「そのことについて話があるから俺についてきてくれ。パティ、俺はヒノといっしょに出発に必要なものを持ってくるから、ここで待っていてくれ。少ししたら、武器や移動用の馬車が運ばれてくるはず。それと集まってくる領民のための準備もしてくれ」
「わかりました」
ボルンさんと俺はギルドに急いで戻った。
「よし、ヒノ。とりあえず地下の倉庫にある下級の武器をこっちに持ってきてくれ。そのあと、下級ポーション全部と二階にある中級ポーションも5つ頼む」
ボルンさんから各保管室のカギをもらった。地下の倉庫に行き、むき出しで保存されている下級の剣や槍などを一階のフロアのテーブルに並べた。ざっとみて20本くらいはある。そして、すぐに受付カウンタの裏にある棚から下級回復ポーションを全て、3回に分けて運びテーブルの上に並べた。40本くらいある。さらに二階に上がり、ギルド長室の隣の部屋に入り、中級回復ポーションを棚から5つ取った。この部屋は割と高価なものが置いてある保管室で、俺が知らないものもたくさん置いてある。
下に降りると、
「ヒノ、運び終わったら小魔石をあるだけ持ってきてこの魔道具にはめてくれ」
受付カウンタ裏の棚の引き出しから小さいサイズの魔石を全部つかみ、テーブルに並べられた謎の魔道具の傍においた。小魔石はざっとみて20数個ぐらいあった。
「これは光を生み出す魔道具で、それぞれ小魔石が三つずつはめられるようになっている。魔石が足りないと思うから、とりあえず全ての魔道具に均等に行き渡るようにしてくれ」
そういってボルンさんは裏庭に出て行った。
なるほど、夜の行軍に必要なライト代わりのものか。
魔道具は10個用意されており、均等でない歪な形で、バレーボール位の大きさの半透明な石のような見た目だ。上に穴が開いていて中が空洞になっている。その空洞の中に魔石を設置するためのくぼみが三つある。さっそく魔石を二つずつくぼみにはめていき、余った3つの魔石を適当な魔道具に加えた。
裏庭から樽一つと木箱みっつを抱えたボルンさんが戻ってきた。そして、テーブルの上にあった武器類を樽の中に放り込んだ。
下級武器だからなのか。。。扱いがあまりにも雑だな。。。仮にも命を預ける道具なのに。。。
木箱を並べて床に置き、ポーションを丁寧に詰めるように指示された。クッション代わりの藁が敷き詰められた木箱に二人でポーションを丁寧に入れていく。先ほどポーションを運ぶ時、雑にいっぱい抱えてきたことを少し反省した。確かに、この下級の物一つでも今の俺の給料の5か月分くらいだ。
落とさなくてよかった。。。
「さっきの話に戻るんだが、お前はナヴィさんが身元引受人になってダイレ村の住人として登録している。もしお前が成人していれば今回徴兵される義務があった」
「では、俺は成人していないから今回は行かないということですね」
助かった。。。実践経験がほぼないのにいきなり戦場デビューさせられるのかと思った。。。トレントとの戦闘だってほとんど記憶がないんだから。
まあ、よく考えればわかるよね、子供を戦場に送るわけないもんね。
「だが。。。今回はお前を連れていこうと思う。今回は俺も特別に行くことにしたから」
「えっ?」
「子供でもレベル6の実力があるんだ。訓練の一環だとでも思ってくれ。それに俺がついているから、もし戦闘になっても無謀な前線には立たせない」
。。。俺に拒否権はなかった。。。ああ。。。なんか戦士になるためのいばらの道を突き進むルートに入っちゃった。しかも、無謀な前線には立たせないって言ってたな。。。つまり、普通の前線には立たせるつもりなのか。。。なんて無謀な。。。あんたから見て俺は12歳の可愛い子供だぞ。
「しかし、考えてみろって、その年で実践を経験するなんて滅多に出来ないぞ。何かあれば俺がちゃんと守ってやるから。実践に一度はまれば。。。コホン。まあ、何事も早いうちからの経験が大事なのだ」
まさか、この人。。。戦闘狂なのか。。。将来は俺を自分と同じ戦闘狂にしたいのか。
強くなりたいとは言ったが、自ら望んで戦いに行く人にはなりたくない。。。
そんなちっぽけな俺の気持ちなど気にもされず、荷物を持たされながら大広場に連れらていった。
大広場には馬車が3台と徴兵された領民が20人くらい集まっている。荷物を馬車に積み込んでいると、ギルドのコックであるクガロさんがぎっしり食材の詰まった袋と巨大な鍋を背負ってきた。出発前の腹ごしらえということで、全員分の夕飯を準備し始めた。最後の希望だったパティさんの必死の反対も、「大丈夫。俺が守るから」の一点張りで押し通された。。。
2時間たったころには緊急で来られなかった人以外は全員集まった。50人くらいだろうか。その中にはダイレ村のバランさんもいた。
バランさんってレベル6以上だったんだね。
としみじみ感じながら話しかけに行くと、他にも3人ほどダイレ村から来ていた。バランさんを含む3人はレベル6以上の招集組で、残りの一人は連絡係だ。各村から一人ずつ連絡係が来て、戻って村の代表者に報告をする。明日の朝、今日来られなかった組を送り出す役割もある。混乱を避けるために、招集場所に家族の同伴は禁止されているそうだ。ダイレ村の連絡係の人にナヴィさんに俺の事情を伝えてもらうように頼んだ。俺も行くことを知ったバランさんはとても複雑そうな表情をしていた。弟のノランと同じ年の俺を他人事のようには思えないのだろう。だが、彼と俺にはどうしようもないのだ。。。
馬車が8台に増えていた。様々な紋章があることからいろいろなところから急いで集めてきたようだった。せめて出発までの間にと、隣に付き添ってくれるパティさんはいろいろと教えてくれた。緊急に出兵する際、領地内の商業ギルドは馬車を無条件で提供する義務があり、その他にも馬車を有する人や商会などから借りるらしい。いずれの場合も、十分な補償とお礼金が支払われるので特に問題は起きないとのこと。
もうすっかり夜になってしまったのに大広場は、スプーンの木目がしっかり見えるほど明るい。ギルドから持ってきた明かりの魔道具をそれぞれにひもを通し、大広場を囲んで停まっている馬車にかけてあるからだ。ゲレルという魔道具らしく、小魔石一つでだいたい6時間持つ。半透明な石は光石と言って魔力が流れると光る特殊な鉱石らしい。他の魔道具と同じで人が魔力を込めることでつけたり消したり出来る。
魔石は魔力を貯めておく電池みたいなもので、魔石内の魔力を使い果たしても自然に回復する。だが、回復は結構ゆっくりで、小さい魔石が魔力を取り戻すのに二日ほどかかる。なので、日常で継続的に使う家庭用の魔道具には、魔石が何個も埋められるようになっている。例えば、ナヴィさんの家のコンロには魔石が3つ取り付けられている。そうすることで魔力切れを起こさずに毎日コンロが使えるのだ。小魔石一つが金貨1枚だから決して安いわけではないが、庶民でも買える額なのでこの世界のごく一般家庭にまで広まっているのだ。
「さあ、あと半刻ほどで出発するぞ。準備を整えたものから、先ほど各々が振り分けられた馬車に乗り込むように」
ボルンさんが皿を片手に立ち上がってみんなに声を発した。
パティさんは俺を少し長めに抱きしめてから、ボルンさんに声をかけクガロさんとギルド館に戻っていった。各村の連絡係の人たちは、今日ギルド館で宿泊するので、その準備が必要なのだ。
準備を終えた人から馬車に乗り込んでいった。しばらくして全員が馬車に乗ったことを確認したボルンさんは、出発の合図を出した。
ルハン町を出た馬車は一列になって道を北に向かって進んだ。
俺とボルンさんは同じ馬車に乗っている。一つの馬車にだいたい8人くらいが事前に振り分けられた。馬車の先頭には魔道具ゲレルがかけられており、暗い夜道の先が少しは見通せるくらいに明るい。明かりがあった方が夜行性の強い魔物と遭遇しにくいのだそうだ。
というような怖いことを道中にさらっと聞かされたりしながら、合流地点のサバール町を目指した。サバール町はルハン町から徒歩で6時間くらいの距離にある。今回は急いでいるのでかなり飛ばしながら進み続け、3時間くらいでサバール町の門の前に着いた。
暗くて良く見えないが、明らかにルハン町より大きい。すぐに町内に待機していた100名ほどを加えた。そしてルハンでも伝えられた今回の任務の内容とこれからの指示が伝えられた。
サバール町の北にはレオルド辺境伯爵直轄の村が5つあり、その内の最北のエルド村とミール村が大規模盗賊団に襲われ略奪されたということだった。そして、まだ周辺に潜伏している可能性が高く、その討伐が今回の任務だった。辺境伯爵直属の騎士が10人ほどおり、彼らが指揮をとる。さらに30名ほどの騎士がエルン市からこちらに向かってきてるとのこと。逃げ延びてきた村民の証言から盗賊団は50名近くだと考えられ、タフな漁師が多いルハン町からも徴兵されることになったらしい。サバール町周辺は大規模な農村地帯なのだが、平均的に戦闘力がルハン町周辺よりも低いらしい。
戦闘は10人が一つの班になり、それぞれの班を辺境伯爵直属の騎士が指揮する。領民が大規模な集団戦が出来るわけではないので、基本的には班単位で敵の各個撃破が主な戦い方になるとのこと。
20台ほどの馬車が列を整えた。そして、指揮官と思われる騎士の人が馬車に乗り込んできた。簡単なあいさつを交わしたあと、北に向かって進軍の合図を出した。どうやらボルンさんと交流があるらしく、二人で今回のことをいろいろ話していた。彼の名はハンメルで、エルン市に拠点を置くレオルド辺境伯爵直属の騎士団の団長だった。端正な容姿だが、威厳と歴戦の戦士の風格がある。ちなみにエルン市は領地の中心地で辺境伯爵が居を構える場所でもある。
途中、村と思しき集落がいくつか見えたが、村民たちはすでに南に避難したとのこと。しばらく進むと、ハンメル団長は馬車から身を乗り出し、
「いいか!いつでも戦える準備をしておけ。そろそろエルド村に着く。着いた瞬間に戦闘があるかも知れんから各自そのつもりで。あとは各班長の指示を仰ぐように」
馬車に揺られる領民たちは武器を手にして戦いの準備を始めた。車内に少しだけ漏れ入ってきたゲレルの光に照らされた領民たちの顔は、戦いを誇りとする騎士にはない生き残るための必死な表情に変化していった。
人間との実戦経験と戦争を知らない俺はただただ不安な気持ちで樽に残こされた剣を手に取った。
領民は基本的に武器を持っていない。なので、持参した少数の人以外は、ルハンやサバールの町の武器庫から供給されたものを使う。そして、この戦が終われば返さなければならないのだ。折れたり曲がったりしてしまっても特に問題はないが、なくした場合はいろいろと面倒で、最悪弁償しなければならなくなるらしい。そのため、領民の目標はまず生き残ること、そして次は武器を持って帰ることなのである。
俺たちがまずやらなければならないのは、ミールとエルド村の安全確保と生き残りの保護。そしてそこを拠点として盗賊の討伐だ。
ついに、最初の目的地のエルド村が見えてきた。馬車の中に緊張が流れ始めた。下車の合図でみんな馬車から降りた。そして、それぞれの班でかたまり、ハンメル団長の合図でエルド村の門をくぐり始めた。