嵐の前の静けさ
本日は晴天なり。
背伸びを一つして、雲ひとつない青空を目一杯に入れる。身体の筋が気持ちよく伸びた。
「なんで留守番なんかせにゃならんのだ」
器用にも隣であぐらをかいて頬杖をついた私の猫は、ため息をついている。それがどうにも人間くさくて私はクスッと笑ってしまった。
「留守番って言っても、ここにお客様が来ることはあまりないものね」
ここは迷いの街と呼ばれる非常に厄介な街だ。大通りが街を十字に横切り、そこに枝分かれするように道が通っている。しかし、大通りから外れて仕舞えば最後、入り組んだ道は何も知らない人間を惑わせ、餓死させるのだ。もし無事に帰りたかったら、あらかじめ目的地を調べて正しい道順を通るのが賢明であると言える。
この店は大通り東門から左手の1本目の道をまっすぐ行き、7つ目の角を右に曲がった後、右手に見えるポストを叩くと不思議と見えるようになる店だ。
住所は意外と浅い場所にあるのだが、ポストを叩く人間はそうそういないので冷やかし目的の人間は稀だ。
「人間は全く理解できん。こんな入り組んだ道を作ってにゃんのメリットがある」
「でも、私は好きだよ。こういう街も一つくらいあってもいいんじゃない?」
「お主はにゃにも分かっておらん」
猫はハーっとため息を吐くと、そのため息がふわふわと揺れて、形を成していく。そしてまたいつもの話が始まった。
「良いかね。道が入り組んでるってことは統治者の管理が行き届いてない場所がたくさんあるってことにゃんだから、当然治安は悪くなる。どんな犯罪が横行してるかも分からない。しかも....」
今日も平和だ。客も来ないし、猫は猫だし、私はうつらうつらと舟をこいでいる。
しかし、それは長くは続かなかった。店のベルがカランコロンと乾いた音を鳴らした。