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5-9

 翌日。朝から男たちの葬儀が行われた。

 死者は膨大であり、皆の葬儀が終わる頃には日は西の空にかかっていた。

 最後に、サフィの葬儀が行われた。


 サフィの魂を乗せたアリムは、アーシャが空に放った。

 曇天で風の強い日だったが、矢は光となって風も雲も突き抜け、天を貫いた。


 カクリはその光が消えるまで、じっと見上げていた。

 視線を下しアーシャを見た。

 彼女は、まだ空を見上げていた。


 家に火がつけられた。

 姉妹が四年間を過ごした思い出とともに、サフィの体は緋色の温かい炎に包まれた。

 風が吹き、炎は大きくなった。


 やがて全ては燃えた。灰はカクリとアーシャで取り上げた。


 全てが終わった時には、夜になっていた。

 空には一面雲が垂れ下がり、雪が舞い始めた。風はやんでおり、暖かい夜だった。


 皆、それぞれ与えられた家に散っていった。


 カクリはアーシャに声をかけた。彼も滞在しているネロス宅に、彼女を誘った。

 アーシャは無言でいたが、カクリが歩き出すと黙ってついて行った。


 二人は一列になって、上流に向かった。

 アーシャは朝からずっと無言だった。カクリも今は黙っている。

 静かだった。

 ぎゅ、ぎゅという雪を踏む二人の足音と、こんな冬の日にも何も変わらないクド清流のせせらぎだけが混然となって、かえって胸が締め付けられるような静寂だった。


「蜘蛛を殺す道が立った」


 ぽつりと、カクリは言った。アーシャは何も言わない。

 カクリは昨夜決まったことを話した。やはりアーシャは何も言わない。

 カクリの言葉だけが続いた。


「一人で奇襲をするといっても、もちろん一人だけに全て任せるようなことはしない。奇襲は蜘蛛の通り道、山中で仕かけるが、村では一晩中火を焚いて、大勢で足を踏み鳴らす。蜘蛛の注意を分散させるためだ。そしてもう一つ。囮役を作る。俺は二度蜘蛛を見た。あいつの初動はいつも同じだ。前腕を広げて威嚇し、そのまま正面にいる人間にのしかかる。恐怖を吟味するように、ゆっくりと牙を近づけていって、かみ殺す。その間やつは無防備になる。そこを背後から奇襲する。そういう作戦だ。奇襲役と囮役。二人の呼吸が作戦の要になる」

「……」

「言うまでもなく、囮は一番危険な役だ。発案者である俺がやる」

「カクリ、それは」


 初めてアーシャが言葉を発した。


「黙れ。もう決めたことだ」


 カクリの言葉は穏やかだったが、決して譲らない頑なさがあった。


「囮役の命は、奇襲役の手に委ねられる。俺が、自分の命を預けて構わないと思える人間でないと、奇襲役は任せられない」


 カクリは足を止めた。振り返って、まっすぐにアーシャを見た。


「アーシャ。お前がやるんだ」


 アーシャはその場に立ちすくんだ。

 彼女は、何度か口を開け閉めさせた。しかし、舌がしびれて何も言うことができなかった。


 言いたいことはいくらでもあった。

 この数日間の自分の狂乱。エドラルへの劣等感。肉体の絶不調。

 それら全てが、自分などはカクリの命を預かるのにふさわしくない人間だと、アーシャに思わせた。

 彼女はむしろ、囮役をやりたかった。そうするべきだと思った。


 しかし、カクリはアーシャのそんな思いを全て知ったうえで、彼女に奇襲役をやれと言っているのだ。

 俺の命を預かれと言っているのだった。


 ひどい男だと思った。本当に、なんてひどい男……。

 しかし、断るわけにはいかなかった。これを断れば、自分はもはや人ではなくなる。


 アーシャは胸を押さえた。決意を込めて言った。


「カクリ、お前を、死なせない」


 カクリは視線をゆるめて前に向き直った。ゆっくりと歩き始めた。

 アーシャはそれを追った。


「カクリ」

「ん」

「ありがとう」

「いい」


 あとは二人とも無言で歩き続けた。





 翌朝、アーシャは高熱を出した。

 それまで留め置かれていた肉体的な不調が一気に噴き出してきたようだった。

 昏睡状態になり、全身から異常に熱い汗をかいた。


 セシルがつきっきりになって看病した。

 時間おきに水を口にふくませ、熱した石を布で包んで抱かせた。

 それは夜中まで続けられた。


 三日目の朝になって、ようやく熱が下がり始めた。

 目を覚ましたのは、その夜だった。翌朝には、起き上がれるようになった。


 彼女は黙々と肉体を作り始めた。


 歩けるようになるまでに半日かかった。

 走れるようになるまでさらに半日。


 彼女はすぐ剣を振り始めた。

 続けて三度の素振りをして息が切れないようになると、エドラルに打ち合いを頼んだ。


 それからは、休みをはさまずひたすら二人で打ち合った。

 途中、血を吐いて気を失っても、打ち合いは続けられた。

 二人の周囲で雪が溶け、白い靄が立った。

 打ち合いは日の出から始まり、日が沈んでも終わらなかった。闇の中で続けられた。


 これ以上動けば命を落とすというところまでいって、アーシャはようやく倒れ込んだ。

 その時にはエドラルも、立っているのがやっとという有様になっていた。


 アーシャはそれから丸二日間眠った。

 目を覚ました時には、彼女の肉体は完全に彼女自身のものとなっていた。


 紅令師の指示で湯が沸かされた。

 アーシャは身を清めた。匂いを落とすためだった。

 紅令師がいいと言うまで、丸一日アーシャは湯の中にいた。湯から上がると全身の体毛を処理された。髪も短く切られた。


 その四日後、月が東の空から現れて空に星が輝いた。

 時期的には、すでに厳冬期といっていい。この年、最後の月夜になりそうだった。

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