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結局それから二日間の山ごもりを経て、別の赤熊を仕留め、九人は村に戻った。
村にとって秋の赤熊猟は一年に一度の大仕事であり、大過なくそれを成し遂げた彼らを、村民たちは盛大に出迎えた。
村の男たちは酒を持って九人を取り囲み、女たちは赤熊を囲んだ。
赤い毛皮をなめし、胆を干し、肉のかたまりを切り分けて食べごろの大きさにした。その他にも、骨をすりつぶしたり舌や肝臓を干したり、やることはいくらでもある。
誰もが酒を飲みながらの仕事で、ほとんどはかどらないのは、毎年のことである。
ひと段落したのは、九人が戻った三日後である。
その日は朝から村民全員が、村の北端にそびえる聖樹のもとに集まった。
女たちの手でかまどが組まれ、大甕が火にかけられた。骨がついたままの熊の肉のかたまりがいくつも放り込まれた。山菜と一緒に煮られた。
男たちはその年の収穫物からできのいいものを選んで、ひとまとめに荷車に乗せ、長毛馬に繋いだ。リブルム神への奉納物である。
昼過ぎには仕事が全て終わり、村民たちは体をうずかせてその場に座り込んだ。
煮えた熊の肉が、村長であるナジルの手によってまずムルガにふるまわれた。
ムルガは一気にたいらげた。
そして聖樹に向かって二度礼をし、その根もとの土をひとにぎり取ってそれも口に入れ、飲み込んだ。
ムルガは馬の手綱を引き、見送られながら村を出発した。
奉納物を最寄りの都市に運ぶのだ。それは、その秋の猟で仕留め役を担った者の役目なのである。
ムルガが役目を終えて、塩や布、鉄の道具など日用品を買って帰ってくるのは、およそ十日後である。
村民たちはその間、飲んで食って歌って踊って交わって寝て過ごす。長い冬が始まる前に、最後の大騒ぎをするのだ。
北部の村落に住むグランダにとって、酬恩祭とはそういうものである。
ムルガの姿が見えなくなると、村民はさっそく甕に群がった。女たちの手で、皆に肉がふるまわれていった。
グランダの作る赤熊の汁は、大ざっぱなくせにやけにうまい。
骨から濃厚な出汁が出ており肉は秋の果実の甘い香りのするもので、それが苦みのある山菜と混ざり合って、すするごとに体の奥から温もりがわき上がってくる。
しかも肉は熊一頭分ある。
村民全員で食べても簡単にはなくならない。
日が西の空にかかる頃には村民の食欲もおさまって、彼らは芋を発酵させて作った酒を片手に思い思いに語り合った。夜が忍び寄ってくるのに合わせて火が大きく焚かれ、やがて彼らは歌い、踊った。
酒に酔ってとろけた視界で、カクリはサフィを探していた。
昼から料理を取り分ける彼女の姿は何度か目にしていたが、あまりのあわただしさに声をかけそびれていた。
今なら落ち着いて話せるはずだった。
サフィは聖樹に背を預けて、村の若い女二人と話していた。くつろいでいるらしく、姿勢をくずして地面に座り込んでいる。
酔っているのか祭りの雰囲気に興奮しているのか、白い頬がほのかに色づいていた。
近づくカクリに女の一人が気づいて、サフィの肩を叩き、カクリの方を指さした。
サフィはカクリと目を合わせ、あわてて立ち上がった。
二人の女はにぎやかにはやし立てながら、離れていった。
「すっかり村の女だな」
カクリはサフィの隣に腰を下ろし、言った。
彼女は幸福そうにほほ笑んだ。
「皆、とてもよくしてくれるから」
「座ったらどうだ?」
サフィはためらっていたが、やがてカクリのそばに腰を下ろした。しかし二人の肘がかすかに触れるや、熱いものに触ったように手を引いた。
視線をさまよわせ、彼女はペコッと頭を下げた。
「ごめんなさい」
「何が」
笑いをふくんだカクリの言葉に、サフィはますます赤面する。
彼ら二人の将来が決まったのは、四年前だ。
それまで彼らは兄妹のように気兼ねなく暮らしていたのだが、婚約と同時に、サフィはカクリの一挙一動に、燃えるような緊張と恥じらいを見せるようになった。
彼女が猛烈に意識しているのは明らかで、年下の美しい少女が、自分の何気ない言動でいちいちうろたえて赤面する姿を見るのは、カクリには楽しかった。
悪趣味と分かってはいるが、かわいいのだから仕方ない。
今も、並んで座ったまま、カクリが祭りの雰囲気を楽しんでいると、サフィは尻をもぞもぞさせ始める。視線はまっすぐ前方に固定したままだが、全身でカクリの様子をうかがっているのが分かる。
「あ、あのう」
「ん?」
「私。そうだ、私、お酒を持ってきましょうか」
「いや、俺はもういいよ。十分飲んだ。飲みたいのか?」
「い、いえ、私は」
「ならいい。少し話があるんだ」
それだけ言って、やっぱりカクリは話さないでいる。
サフィは再びそわそわし始めた。
話とは何なのか。
いい話なのか。それとも悪い話?
彼女の期待と不安が、隣に座っているカクリの肌にまでひしひし伝わってきた。
こらえきれず、カクリは笑いをもらした。
サフィは初め、何が何やら分からないという顔をしていたが、やがてからかわれていたことに思い当ったらしい。恨みがましい目をしてカクリを見た。
その目がおかしくて、カクリは今度こそ声に出して笑った。
「カクリさん」
「ごめん。いや、話があるのは本当なんだ。そう大した話じゃないんだけどな。アーシャから聞いたかもしれないけど、この猟ではちょっとしたことがあってさ。初めに目をつけた赤熊に少しひやっとさせられたんだ」
カクリはその時のことを簡単に話した。
多少ピンチを大げさにして語ってやると、サフィはついさっきからかわれたことなど忘れてしまったような顔で、分かりやすく息を飲んだり手をにぎりしめたりする。
カクリはたまに、サフィは俺を喜ばせるために、全て計算づくで何も分からない女を演じているんじゃないかと思うことがあった。
そう考えると、それはそれで痛快だった。
どちらでもよかった。
カクリがサフィを愛していることに変わりはない。
そしておそらく、サフィがカクリを愛していることも。
「今回のことは、いい勉強になった」
そう言って、カクリは話を締めくくった。
だが、サフィは顔色を曇らせている。
「危険なんですね、やっぱり。秋の猟は」
「熊を狩るわけだからな。山菜取りや鹿狩りとはわけが違う」
「来年も、再来年も、毎年そんなことに?」
「いや、さすがに今回みたいなことはそうないだろう。俺は初めてだった。だから肝が冷えたんだ。油断していたのもあるけど」
「……」
「そんな顔するな。次からはもっとうまくやるさ」
「はい」
うなずきつつ、サフィはなおも眉間の辺りに不安をにじませて、カクリの全身をながめ回している。
怪我がないか、確認しているのだとすぐ分かった。
カクリは、再び笑いをこらえるのに苦労しなければならなかった。
この話は、もう十日前のことだ。
怪我は治ったよと言ってやろうと思ったが、やめた。
代わりに頭をなでてやる。一生懸命目をこらすサフィはかわいかった。
月が輝く頃、カクリはサフィを踊りに誘った。躊躇する彼女の腕を強引に引いて、炎の前に飛び出した。
村の皆が若い男女をはやし立てた。
グランダの踊りは、聖樹に捧げるものだ。
肉体を使って冬の寒さを表現するもので、動きはとても激しい。全力で動き回って聖樹を攻め立てるが、最後には力つきて降伏する。
冬に負けないグランダの強さ、大地の豊かさを表す踊りである。
途中から、体力に欠けるサフィを横抱きに担ぎ、カクリは踊った。
サフィは短い悲鳴を上げて彼の首にしがみついた。
触れ合うところから互いの体温が伝わり合って、村民たちの歓声が熱気となって二人を包み込んだ。
「動きにくい。もっとくっつけ!」
「は、はい!」
サフィはさらにしがみついた。二人は一体になった。
踊る。息が切れた。まだ踊る。
炎のはじける音が聞こえた。火の粉が降りかかる。
風向きが変わったのか、煙を吸い込んだ。喉が痛い。まだ踊る。
すでに目は回り、サフィがどんな顔をしているかは分からない。ただ、汗で湿った彼女の体の柔らかさは、ずっと感じていた。
東天に顔を出した月が、青白く輝いているのを見た。
二人の長い踊りは、今年の冬が厳しく長いものになることを意味し、それだけ翌年の実りが豊かになることを意味している。




