4話 連行
「いやいや待て待て。自分で言うのもなんだが俺はさっき君を助けたんだぞ?その恩人を連行しようだなんて恩を仇で返すことするなよ。」
訪れた静寂を破ったのは俺の反論だった。それを聞いたアステルと名乗った少女は、さすがに考えるところがあったのか、困り顔になる。
「私も大変心苦しいんですけど、上からの指示なので逆らうのはちょっとまずいかな、と思いまして……」
心変わりを期待したが、まるで中間管理職のような言葉しか出てこなかった。なんだよ上からの指示って。
「連行と言ってもそんな悪いようにはしないので、私についてきて、お話を聴かせてもらうだけで済むと思いますよ。」
アステルに敵意があるようには感じないが、悪いようにはしない、なんてもろに悪役のセリフだし信用できねえなあ。
俺が迷っていると、横から葵が顔を出してきた。
「大丈夫だよ。お兄ちゃん。きっと連行なんて言葉のあやだろうし、アステルちゃん……さん?もいい人そうだよ。」
あまり人を疑わない純粋な葵らしい意見だ。それを聞いたアステルはさらに畳み掛ける。
「話が早くて助かります。葵さん。康斗さん、葵さんの言うとおり、私はいい人です。ついていっても問題なんか何もないですよ。」
我が意を得たとばかりに葵の言葉に乗っかるアステルだが、自分の発言こそが怪しさ満載になってるのは気づいてないんだろうか……
「葵、知らない人についていっちゃいけないって小学生のときに教わっただろ?だからついていくのはやめて、おとなしく家で引きこもろう。」
連行されるのを防ぐ上に街に行くのまでも却下する我ながら見事な提案。トラブルに巻き込まれるのはごめんだ。
「大丈夫!私の女の勘?を信じて!」
だがそうは問屋が卸さない。葵はすでに行く気満々になってしまっている。俺と葵がうだうだ言い合っていると、アステルが思い出したように付け加えた。
「あ、でもこの箒、定員二人なんですよ」
そう言いながらアステルはさっきまで乗っていた箒を拾う。
確かに言われた通り、箒は三人も乗れるような大きさではなく、アステルとせいぜいあと一人乗るのがやっとというような長さだった。アステルには悪いが、このまま一人でお帰りいただくとしよう。
「なら、やっぱり行くのはやめて―――――」
「なので、裏技を使います。」
俺の淡い希望を込めた言葉はばっさり切って捨てられてしまった。落胆する間もなく、アステルがおもむろに取り出したのは一本の紐。
「康斗さん、両手を挙げてください。」
「こうか。」
アステルに言われるがままに俺は両手を挙げる。万歳か降参のポーズに近い。あまりいい予感がしないな……
「ちょっとそのまま待ってくださいね。」
と言いつつアステルが紐を俺の腰に縛り付け、さらに残った部分で箒に結び、俺と箒が紐で繋がった状態になっていた。
「じゃあ、行きましょうか!」
「え?うわ!」
アステルが意気揚々と言うと、箒が宙に浮かび、箒と繋がっている俺は吊るされ、目の前には地面が見える。
「康斗さん、ちょっとだけ我慢してくださいね。」
箒に乗ったアステルの声が俺の上から降りかかる。俺が恨めしげな視線を送ると、アステルは「てへ☆」と自分の頭を小突いてみせる。言葉こそ丁寧だが、とんだ小悪魔だな、こいつ……
抵抗は無駄だと判断した俺は、大人しくすることにした。葵は連行なんて言葉のあやだ、と言っていたが、この状況は連行と言うにふさわしいよな…
「お邪魔しまーす。」
葵もアステルに倣い箒に乗る。躊躇なく乗るあたり、本気でアステルのことを信じているようだ。まあ、信じていなかったら俺がこんな状態になることもなかっただろう。……信じない方がいいじゃん。なんで信じちゃうの?
「しっかりつかまっててくださいね。それでは、発進!」
葵も乗ったことを確認すると、アステルは元気よく言い放ち、それに従い箒はゆっくりと発進する。掴まれって言ってもどこに掴まるんだよ。
そして箒は徐々に加速しながらアステルが指す方向へと向かっていった。