第6章・高気
「お父さんに似てる……?僕が?」
「はい……」
ひとまず、二人ともさっきまで作業していた椅子に座る。
「そっくりなんです。仕草とか、雰囲気とか。とても。」
「……」
「暖かいコーヒーが好きなくせに猫舌で、いつもぬるくなってからすすることとか」
「あ、僕もいつもそうだ」
辰真は空になったコーヒーの缶を見る。
「ハンカチもいっつもお洗濯に出すのを忘れちゃって、くしゃくしゃになったのを持ち歩いているんです」
「そうなんだ……」
「けど、私が小学校の3年生の時に病気で……それからは親戚の家に預けられていたんです。」
「お母さんは?」
何気なく尋ねると、犬飼は急に顔を伏せた。
「お母さんは、その……私が小学校にあがる時に離婚して……」
「えっ……ゴ、ゴメン。変なこと聞いて」
「いえ、いっそのこと、全部聞いてもらえますか?」
顔を伏せたまま、犬飼の話が始まる。
「私が生まれたのは本州です。両親が離婚した理由はわかりませんが、私が6歳、弟が3歳のときに離婚して、私は父と一緒に本州に残ったんです」
「……弟さんは、お母さんと?」
「ええ。弟はまだ3歳でしたから、母親と一緒のほうがいいと思って。それで母の実家である魅月町に引越したんです」
「じゃあ、弟さんは今もこの町に?」
「います。詳しい住所は知りませんけど」
「……」
「それで、私は本州で父と二人暮らしを始めました。父は家庭のことが苦手な人でしたから、自然に私が覚えるようになったんです」
犬飼は小さく笑う。子供のように、屈託のない笑顔だ。
「男手一つで育てているものですから、休日に遊んでくれることもなくて。それでも一生懸命な父の姿は、とても誇らしいものでした」
「カッコイイお父さんだったんだね」
「フフ……私にとっては、ですけどね。はたから見たらどうでしょう」
少し遠い目になって、話を続ける。
「……でも、もともとあまり丈夫な人じゃないのに、強がる性質で。よく風邪をこじらせて、そのたびに『自分が働かないといけないから』と言って無理に仕事に行こうとするんです」
辰真は黙って聞いている。……いよいよ本題のようだ。
「ある日、40度近い熱があるのに出張にでかけたんです。『大丈夫だ。お土産買ってきてあげるから』と言って玄関を出て行って……それっきり、でした」
「……」
「今度は親戚の家に預けられました。そこの人はとても親切にしてくださったんですけど、私は悲しみを拭いきれなくて……それでふと思いついて、大学はこの魅月町を選んだんです。母の故郷がどんなところか、気になって」
「お母さんに会ったの?」
「……いいえ。いざ、会おうと思ったら、ついしり込みしてしまったんです。私がこの町にいることすら話していないんですよ。大学の寮に入って、とにかく勉強に打ち込んで……」
「弟さんとも会っていないんだね?」
少し間をおいて、細い声で答える。
「会ってない……ハズ、です。最後に会ったのが3歳のときでしたから、今どんな顔なのかもわかりませんし。もしかしたら、知らない間にどこかで会っているのかもしれませんけど」
「そう、かもね」
「大学を出て、最初は中堅の会社に入ったんですけど、なんだか馴染めなくて。それで思い切ってこの会社に転勤したんです」
「……」
「そこでビックリしたんです! 先輩に会って、父にそっくりで……! 私、すっかりここが気にいっちゃいました」
「それで、僕とよく話してくれるんだ」
「はい。……だ・か・ら・先輩?」
「は、はい……?」
「しっかりしてくださいよ?カナちゃんのこと、大事にしてくださいね」
犬飼はにっこりと笑ってバッグを取り、勢いよく席を立つ。
「それじゃ、私は失礼します。明後日、がんばって!」
そのまま、犬飼はオフィスを出て行った。
「……ああ言われたら、がんばらなくっちゃ。うん。頑張ろう」
一人残された辰真は、決意を新たにした。