表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/10

第2章・爽風


犬飼 真奈美 (いぬかい まなみ)

26歳・雑誌記者

仕事だけでなく、家事全般もそつなくこなせる。自宅には大量の自作ヌイグルミがある。

 夕方、取材に出掛けていた辰真がオフィスに戻ると、犬飼が一人で残っていた。


「お疲れ様です。先輩」


「おつかれ。一人?」


 辰真はパソコンに向かって記事の文書化をはじめる。犬飼も隣の席で同じ作業をしていた。


「今日も残業になりそうだなぁ……」


 ポツリと辰真がこぼすと、犬飼が顔を向ける。


「たまには早く帰ってあげたらどうですか? カナちゃん、今6年生でしたっけ」


「ああ。もう来年は中学生だ。まったく子供は成長が早いよ」


「早いですねぇ……あーあ、私もあっという間にオバサンになっちゃったな……」


「いやいや、君がオバサンだったら僕はもうおじいさんじゃないか」


「フフフ……そうですね」


 犬飼と話をしていると、自然に笑みがこぼれて疲れが取れる。


「あ、そういえば……」


 突然、思い出したように辰真がつぶやく。


「どうしました?」


「いや……ちょっとね。大したことじゃないよ」


「そう言われると余計気になりますよ。話してください」


 犬飼は手を休めて辰真の方に体を向ける。こうなれば話すしかない。辰真は今朝の妻との会話のことを犬飼に話した。


 ……ちなみに、私は辰真の疑問の答えを知っている。去年も、その前の年も、私は「それ」を見ていたのだからな。が、今はまだ伏せておこう。


「ふーん……来週、ですか……」


「何のことだか、サッパリ思い出せなくてね」


「何かの記念日とかじゃないですか? 女性って、そういうの気にしますから」


「そう思ったんだけど、結婚記念日も女房の誕生日も12月なんだよ。今はまだ6月だし……」


「うーん……初穂先輩が好きなこと、が関係してるんですよねぇ……」


 ボールペンをアゴに当て、天井を見上げながら真剣に考え込む。一度首を突っ込んだら他人事にできないタイプらしい。


 その様子を見て、辰真は話を変える。


「ま、まあ、ウチに帰ったら女房に聞いてみるよ。最初からそうすればよかったんだ」


「そうですね」


「さっ、それじゃあ早いところ仕事を終わらせないと」


 そう言ってパソコンに向き直る。犬飼もそれに(なら)った。


 解決につながるかどうかは別として、人に相談するということは割と気分が晴れることである。辰真は幾分軽くなった心でキーボードを叩くが、結局、仕事を終えることができたのは8時を過ぎてのことだった。


「ゴメンね、少し手伝ってもらっちゃって」


「いえいえ、どうせ私は独り身ですから。遅くなっても誰にも怒られませんよ。……ああ、早く誰かいい人見つけなくちゃな……」


「犬飼君なら大丈夫だよ」


「そうですかねぇ……」

 

 小さく笑って、犬飼は辰真に手を振る。


「それじゃ、また明日」


「うん。またね」


 ビルの前で犬飼と別れ、タクシーを拾う。いつもは歩いて帰宅しているのだが、今日は少しでも早く帰ったほうがいいと判断したようだ。


 辰真の家は近い。すぐに到着して玄関を開ける。


「ただいま……」


「お帰りなさい。遅かったわね」


 すぐに妻が出迎える。


「カナは?」


「もうご飯食べて、自分の部屋に引っ込んでるわよ」


「そうか」


 今日も、娘と顔を合わせることはできないようだ。


 シャワーを浴び、温め直した夕食を食べながら、辰真は来週のことを尋ねようとする。


「なあ……」


「あなた、知ってる?」


「え、……なに?」


 妻の方が一声早かった。


「カナったら、好きな男の子ができたみたいよ」


「ええっ!?」


 思わず大声を出す。危うく茶碗を落とすところだった。


「同じクラスの子。神代君っていって、野球クラブで、頭がいいんですって」


「カナもそんな年頃か……早いなあ」


「遅いぐらいよ。今までずっとソフトボール一筋だったもの。ようやく女の子らしくなってきたわね」


「ああ、そうだ……な」


 その夜、辰真の頭の中は娘のことで一杯だった。


(いずれ、その男の子を家に連れてきたりするのかな……二人だけで遊びに行ったり……相手がいい子だといいけど……)


 結局、来週のことは聞きそびれてわからず仕舞いだった。

辰真の娘・香奈は、実は【夢想の鳥】に登場した美晴の友達です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ