第4話 いってらっしゃい
次の日の朝。いつも嬉しい朝日が、今日はなんだか憂鬱です。
いつも通り水を組み、庭に出たのですがお母様はいませんでした。
まさか!
悪い予感が心臓を突き刺さります。
さらばじゃ!と笑いながら去って行くお母様の姿が脳裏を木霊します。
泣きはらした目で慌ててリビングへ。コップはとっくに放り投げました。
「お母様!お母様!どこですかお母様!」
いくら叫んでも声は帰って来ません。
赤くなった目から、また一つ涙が出てきました。
「お母様…?行ってしまったのですか?」
ボロボロと溢れてきた涙をゴシゴシと拭い、諦めてなるものかと唇を噛み締めた━━━━その時。
「おい、ミラ。何を泣いているんだ?」
「ーーーーっ!」
お母様の、声。
慌てて振り返ると、ちょっと困った表情のお母様が居ました。
「すまないな、思ったより準備に手間取った。」
「ーーーーーー!!!紛らわしいんですのよこのバカお母様!」
「ははは、そんなに怒るな。」
余裕そうに笑うお母様が憎らしい。
本当に、人の気も知らずに!!
「まぁ、準備ができたからもうすぐ出かけることにする。見送ってもらうぞ?」
「あったりまえです!」
もう行ってしまうのですか……?不覚にも、また瞳が潤んでしまう。
思いっきり自分の唇を噛み締めて、わざとゆっくりと庭へ向かって行きます。
話題が途切れてしまったので、少し、聞き辛いけど思い切って聞いてみました。
「お父様って……どんな方なのですの?」
昨日の夜、明日、絶対聞こうと思っていたことです。
お母様が辛そうの顔をしていたらどうしようと、恐る恐る返事を待つ。
けれど、帰ってきたのは拍子抜けするほどあっけらかんとした答えでした。
「忘れた!」
「え」
「まぁ会えばわかるだろう!」
「何その純愛!」
やっぱり、お母様はお母様だった。
そして、しばらく話題が途切れた時。
ぽつりとお母様が話し出した。
「ミラ、最後の別れみたいな顔をするな。」
「あう……わかるのです?」
「必ず帰ってくるから、待っていてくれよ!」
「はい…」
「お前が待っていてくれるからこそ、私は必ず帰ってこようと言う気になれるのだぞ?」
「えっ」
「お前が待っている限り、私は必ず父を連れて戻ってくると約束しよう!」
「は、はいお母様!私ずっと待っていますね!」
「急に元気になったな、ミラ」
「えへへーです。」
お前が待っていてくれるからこそ、私は必ず帰ってこようと言う気になれる。
━━━━━━━━お母様は私のことが飽きてはいないのかもしれません。
その可能性が何故だかとても嬉しくて。
少し、心が晴れた気がしました。
「お母様、行ってらっしゃいです。」
「ああ、必ず帰ってくるからな。待っていてくれよ。」
「はい、お母様。約束ですよ?」
「またな」
「はい!」
そして、お母様はドアから出て、私はそっと見守ります。
じゃあなと、そんな風にお母様は微笑み━━━━━━━━
ゆっくりと、歩いて行きました。
私はその背中を静かに見守ることにしました。寂しくて出そうになる涙は、我慢します。
小さくなっていく背中。美しいピンクの髪。
そしてその温かな背中が森に完全に消えたその瞬間。
森の奥から、大きなドラゴンが空へ飛び立って行きました。
「えっ」
「ぐおおおおおおおお!」
そのピンク色のドラゴンは大きく咆哮を上げてそれ高く待って行きます。
よぎる可能性を胸に封じ込め、先ほどより若干引きつった顔で手を振りました。
「お母様ーーーー!約束ですよおおおおおお!」
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
ピンクの大きなドラゴンは、返事をしたように見えました。
考えるのを放棄したまま、私はいつまでも庭で佇んでいました。
「明日から一人かぁ……」