表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/32

第23話 森の奥へ


君は逃げる。彼と逃げる。僕を置いて逃げる。

追いかける腕は冷たい。裏切りの味は甘い。

君の置いていった幸せを、僕は壊すだけ。

だから君の隠した幸せを見つけた時、僕は嬉しかったんだ。


彼は逃げる。君と逃げる。僕を置いて逃げる。


◆◇



根を踏んで、草を分けて、枝をくぐって、川を飛んで。

雨の匂い、草の匂い、木々の匂い。

びしょびしょの服は重く、乱れた髪はぐしゃぐしゃ。

霞んだ目元の、あやふやな現実。痛いくらい確かな、腕の中。


「ふっ! はぁっ……ひえっ、ふっ、はっ……ひゅー」


ザーッと滝のごとく雨が降り注ぎ、ジャンプさえままなりません。


叫ぶように風が吹き回って、勢いづいた雨粒が頬を弾きました。

王都への道を邪魔するように、進む体を押し返します。

うっすらとあった小道は水をたっぷり含んで、道か泥の流れかすらよくわかりません。

普段の何十倍も息が苦しいし、目がよく見えないです。


がむしゃらに地面を蹴るたびに、腰に挟まれた剣がカチャカチャと音を立てました。


「じゃまぁっ、はぁ、で……っすよ、ふっ」


走りにくい。体痛い。腕が痛い。涙が出る。

でも、とにかく病院、病院に連れていかないと。


医療ど素人の私の判断が、正しいのかなんてわかりません。

でも、これが私にできる唯一のこと。そう、唯一のこと。だから、絶対に倒れるわけにはいかない。

引きつる足を持ち上げて、振り上げて、必死に走り続けました。




早く。走れ。早く。走れ。もっと早く。走らなきゃ。



混乱し尽くした頭はもう禄に働かないようで、そんな言葉だけが脳みそに響いては消えていきます。

それしか考えられないのかもしれません。いえ、きっとそれしか考えなくていいのです。


私には、走ることしかできないのですから……!


「……うぅ……はぁ、ぐすっ……」


ポロっと、涙が落ちました。

何でしょう、これは。駄目ですね、体より心が参ってるのでしょうか。


こうやって走っていると、だんだん頭がおかしくなってきた気がします。

目が回ってないのに目が回ってるような、暗くないのに真っ暗なような……闇の中で、何も触れない手を伸ばしたような感じです。周りに何もない、あの恐ろしさに似ていました。


「……えぐ……うぅ、うぁ、えっ……ひっ……」


必死に走っているのに、どうして涙が出るんでしょう。


さっきから、溢れる涙は止まらなくて、拭えなくて、泣きたくないのに、溢れ出して。

涙っておかしい。自分のために流れるなら、自分のために止まってほしい。

流せば害となるのに、どうして流れるんだろう。自分の弱さなら、十分わかってるのに。

周りが見えなくなるから、止まって、お願い。止まれ!


「……うあああ……はぁ……あぁああ……」


無理でした。なんだか色々限界なようです。

一度決壊したらあとは弱いもので、次々と声が喉を通っていきます。


「うぅ……ひぐ、うぇえ……」


すごく悲しい。でも、きっとそれだけじゃない。

いろんな衝動がごちゃごちゃに混ざり合って、だんだん思考が渦巻いて、全部が全部ヘロヘロ。


ボロボロ、と溢れた涙は止まりません。もう、今日何回目かもわからない。


拭えない雫はそのままぼたぼたと落ちて、セシルくんの頰に。


一滴、二滴、三滴、そして、四滴。










ポタッ

『グルァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』

「ひぃいッ!?」



五滴目が落ちたところで、自分以外の声が耳を貫きました。


「え、何ですか…………」


思わず後ろを振り向けば、木々の隙間から覗く龍の頭が。

黒々とした、曇ったガラス玉と目がカチ合いました。








「えっ」









『グギャッ、ガアアアアアアアアアアア!!!!!』

「やあああああああ!!!」



その瞬間の私の素早さは、凄かったと思います。


しゅたっと足をしならせ木々を飛び越え、流れる川の上空へ。勢い良く川面に足をつけ、またジャンプ。

鍛え上げた?はずの足を全力で使いました。呼吸がかなり苦しいですけど、しょうがないでしょう。

龍の体は馬鹿にしてんのかってぐらい大きいので、木々を通りぬけるのはきっと容易ではないはずです。

ということは、木々さえ越せばこっちのもんですよね。私を追いかけるには、それなりの時間を食うはずなので。

なんであんなところにいるのかは知りませんが、ここは三十六計逃げるにしかず、でしょう。


ということを瞬時に考えて、己の涙ごと振り切り、あらん限りの力で脇道に逸れたのです。


……泣いてる暇なんてなかった!


『グギャア!ギャッ、ガァアアアアアアア!』

「……ぅう……ぐすっ、帰ったんじゃなかったんですかああああああ!」


木と木の間を走り抜け、飛び出し、潜り抜けて、前へ前へと走りました。

ふっ……これならやつも追いつけまい。


「もうっ、はぁ、帰って、ふっ、くだっさい!いいからッ!邪魔っ!しないでぇえええええええ!?」


とかなんとか馬鹿なこと考えたのがまずかったのでしょう。

上から水がバケツ10杯分ぐらい降ってきましたぁああああああ!



「うっ!……痛……っ!」


案の定水に、飲まれ。

水と一緒に地面まで流れ出し、木の根っこに頭突きしました。ドッシーン!という小気味いい音が響きます。

セシルくんをとっさに抱きしめて、ギリギリの受身の態勢を取れたようでした。

響く痛みをこらえて、慌てて固まる体を抱き起こ……!


「ごふっ……!」


追い討ちのように降って掛かる水、水、水!

せっかく起き上がりかけた態勢でまた木に逆戻り、ぶつかりました。今度は背中。ジィン、とした痛みに手足の先まで痺れるようです。

奴め、追いかけられないからって水かけてくるなんてこの卑怯者……あっ、あれ!?


「えっ、やだ、嫌、嫌です、ちょっと、やめて、まっ!」


慌ててついた右手が、ずるっと泥に滑りました。嘘、立ち上がれません!

なんど手をついても、足を立てても、水でずるずる滑ります。どっどうしましょう。いやだ、いやだ!


軽くパニックを起こしていると、そこにやっぱり水が降っ……あああああああ!


「ゲホッ、えほっ、ん、っはぁ……!」


水の勢いで、木の後ろへ流れ込みました。

木の間を水圧で滑り抜けて、道から外れた茂みの奥へ、奥へと流れ込みます。

口に水が入って、激しく咽せました。路上のはずなのに、一瞬溺れたかと錯覚してしまいそうです。

拍子に木々やら草やらに突き刺さって、涙目で空を睨み上げました。


「なんで水かけるんですか!今時小学生でもそんなことしませんすいませんごめんなさいいいいい!」


その眼前に、いつの間にか立ちふさがる龍。体の周りが暗い影に覆われます。死んだ目に見つめられて、怖気が体から湧き上がりました。

いつの間にこっち来たんですかちょっと逃げないとうわあああああ……っ!?


「がっ……ぐっ!」


突如、衝撃が体に叩きつけられました。勢い良くどこかへ吹っ飛びます。

何も見えないまま、訳も分からず、息もつかせぬ衝撃に体が悲鳴を上げました。


「……痛い、う、うぐぐぅ……」


どこが横かどこが縦がどこが後ろかどこが前かもわからないまま、ゴロゴロと草木の間を転がります。

やがて、何かに打つかって止まりました。

ゴンッと再びぶち当たる後頭部への衝撃に、目の前がチカチカします。


「あっ、セシルくん!」


受身も禄にとれず、なすがままの状態でした。とっさに腕の中を確認します……ぶ、無事?かな!?

腕の中はどうしようもなく血まみれ。いつ付いた傷かもわかりません。

一刻も早く病院へ行かないといけないのに、龍はなんですか、何してるんですか。


「……はっ、今、連れてきますよっ!」


視界がグラグラします。気持ち悪い。

それでも今度は、草をひっつかんで、体を引っ張って起き上がりました。

摩擦でしょうか、肌が焼かれるような痛みに、一瞬腕が固まります。痛むたびに、涙がでそうでした。

できるだけ気にしないようにして、そのまま木々の後ろへ走ります。鬱蒼と茂る、暗い葉の後ろに紛れこもうとしたのです。


逃げないと、逃げないと。殺される殺される殺される!










『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!』

「嘘……でしょう。お願いです……見逃してください……」




怖い。やだ、怖い。

その願いは、届きませんでした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ