そして再会
「でりゃあ!」
「ふっ!!」
魔人の少女の蹴りを最小限の動作で星夜がかわす。
そのまま星夜は魔人の足を狙い体を回して蹴りを出すが、それはかわされてしまう。
星夜に襲い掛かった魔人は、移動こそ魔法による飛行を使っているが、攻撃手段は素手であった。
そのため、動きは速いものの星夜はどうにか対応することができていた。
(武器も魔法も持たない相手に対して、魔法を使うことに対する躊躇。意識しているかは分からないけど、年相応といったところかな。戦う上では甘すぎるけど、やはり悪人というわけでもないかもしれない。)
魔人の攻撃をしのぎながら、その内心に思いを至らせる星夜。戦闘に集中していないようにも見えるが、その動作は的確に魔人の攻撃を回避している。
(さて、何が彼らを戦わせるのか。恨みか、野心か、思想か あるいは防衛心か。)
そうして思考をするさなかにも、魔人の打撃をそらしてカウンターで繰り出した星夜の拳が、魔人の腹に命中する。
「移動は早いが、ひとつひとつの動作がそれに見合っていない!」
いったん防御の体制を取ろうとする魔人より先に、星夜の蹴りが魔人の足をはらい、そのバランスを崩させる。
「動作の判断も遅い。動きの間に無駄な時間を挟めばそれが隙になる!」
敵であるにもかかわらず、魔人に対して指導するような言葉を吐き出す。
滑稽にも見えるが、星夜は真面目であった。
戦い方について、星夜はとにかく真剣なのだ。
たとえそれが敵であっても、不合理な戦い方には口を出さずにはいられない人間なのだ。
(この感じ……懐かしいな。)
戦いに高揚しながら、星夜は昔を思い出す。背の低い女の子を相手に戦いながら指導していた時のことが脳裏に浮かぶ。
(……楽しい。やはり、僕は。)
バランスを崩した魔人に追撃を仕掛けるが、さすがに回避に意識を切り替えた魔人は魔法でいったん距離を取ることで窮地を脱した。
「ふむ……。」
「……なんだ、お前は。」
常人らしからぬ戦いぶりに、魔人も戦う手を止める。相手が何者であるか、判断に困っているようである。
「少々腕に覚えがあるだけの一般人だよ。魔法も使えない相手に、それだけ有利な条件で殴り合いをして勝てないのかい?」
「ぬかすな!!」
星夜の挑発に、魔人は再び殴りかかることで応える。だがその攻撃は冷静さをいささか以上に欠いていた。
「胴が開いている!」
そういいながら、魔人の鳩尾に打撃を加え。
「ごめんよ!」
そうして動きの止まった魔人の顔に拳を叩き込んだ。
一気にダメージを負った魔人は、その場で力が抜け倒れ込んでしまった。
「女の子の顔を殴っちゃったな……。とりあえず、どこかに寝かせた方がいいのかな?」
気絶した少女に申し訳ない気持ちを抱きつつ、辺りを見回して寝かせられそうなベンチなりを探す。だがその星夜に返答する別の声があった。
「その必要はないよ。」
(……ヨゾラ。)
星夜が友と呼ぶ魔人が、その場に現れ星夜の2mほど前方に舞い降りてきた。
やや息を切らしているように見えるのは、味方の窮地を察して急いで駆けつけたためだろうか。
彼女は気絶している魔人を見やると、困惑した顔で星夜に問いかける。
「星夜がやったの?」
「……まあね。」
「彼女だって魔法を使うのに……一体。」
「彼女がお人よしだった、ってことだよ。結局はね。」
この状況に陥ったのは、気絶している彼女の甘さによるものだ。お人よし、言うなれば彼女の敗因はその善人さである。
「……それで、ヨゾラはどうする?僕を倒す?」
「私は、そんなことをしに来たわけじゃない。彼女を止めに来ただけだった。」
「それはつまり、僕を助けに、ってこと?」
「……ん。」
そう指摘すると、少し恥ずかしそうに眼をそらした。その表情を見て、星夜はかわいいな、と思う。
「じゃあ、これでおしまいでいいかな。彼女はヨゾラが連れて行ってあげて。」
「わかった。」
どうにか今回も落着しそうである。と、そうして星夜は1点聞きたかったことを聞くことにした。
「ところでヨゾラ、1つ聞きたいことがあるんだけどさ。」
「何?」
倒れている少女を抱きかかえながら、ヨゾラは星夜の顔を見る。
「どうして僕が星夜だって分かったの?」
「…………あ。」
「まあ、分かるならそれは構わないんだけどさ。なにぶん女装趣味ってのは、知られると恥ずかしいんだよね。」
そう言って困ったように頭をかく。実際星夜は女装趣味が露見してしまったことがどうにも恥ずかしく感じてしまっている。
「いや……そんなことないよ!似合ってるから。ほんとうに、かわいくて。」
「うん、いや。ありがたいけど、よしてくれ、恥ずかしい。」
「恥ずかしいことじゃないのに……。」
「それで、なんで分かったの?顔でわかるものかなあ。」
「いや、顔もなんとなく分かったんだけど……。」
そんな戦いとは無縁の穏やかな雰囲気の会話に、再び混ざってくる男が現れた。
「魔法の匂い、とでも言おうか。目に見えるわけではないし、嗅覚によるものでもないが、感覚として分かるものだ。」
「……あんたか。今日は話しかけてはこないと思ったんだけどな。」
口ぶりからすると、星夜はこの魔人の男がいることには気づいていたらしい。
「そういうわけにもいかんのでな。敵は排除しなければならない、我々自身が身を守るためにも。」
「敵、か。この状況だと僕しかいないようだね。」
「そうだ。彼女は失敗したが、そのまま逃す気はない。」
二人の会話に、ヨゾラが青ざめた表情になる。
「ま、待ってください!星夜は敵じゃありません!」
「ヨゾラ、事を見誤るな。そいつは敵だ。その証拠に、魔法少女……グレーとか言ったな、あいつに戦いの指導をしているらしい。」
「え……?」
初耳だ、という表情をする。星夜も気まずい気持ちになる。勢いで引き受けてしまったものの、魔法少女がヨゾラ達と敵対している以上、たしかにヨゾラ達ににとっての敵となるに等しい行為であったからだ。
「そんな……嘘だよね、星夜?」
呆然とした表情でヨゾラは星夜に問いただす。否定を望むヨゾラに対し、しかし嘘を付けるわけもなかった。
「ごめん、事実だよ。僕はあの魔法少女に、ちょっとばかり戦い方を教えている。」
「星夜……。」
「これではっきりしたはずだ。ヨゾラ、そいつを倒せ。」
あくまでヨゾラに星夜の相手をさせようとする男。
「そんな……。」
だが、ヨゾラはその命令を即座に実行に移すことができない。どうしてもためらってしまうようだった。たとえ相手が、敵対する人間の味方になっていたとしても。
そんな姿を見て、星夜はますます申し訳が無い気持ちになった。だが、だからといってグレーの指導を放り投げる気にもならなかった。
「ヨゾラ、すまないと思ってる。軽率だったかもしれない。でも僕は彼女の指導を投げ出すつもりもない。苦しんでいる女の子が、僕を頼ってくれている。それに応えないというのは、きっと僕ではないから。」
「星夜……。だめ、やめると言って。そうすればあなたを撃たずに済む。」
「それは無理なんだ。やめられないんだ。それに僕にはもう……結局離れられない。」
この魔法の、戦いの世界から離れたくもない。
「ヨゾラ、許してくれとは言わない。僕の行為は、君に対しても敵対行為なんだと思う。」
「そんな……。」
「……撃てないか。ならば、私がやろう。」
そう言って魔人の男が星夜に向けて腕をかざす。武器らしいものは持たないが、素手から魔法を放とうとしているのである。
男の手からまばゆい光が飛び出す。
その光は星夜に向かって正確に届き、そして彼の身体を後ろに吹き飛ばした。
「……っくう……。」
肉体的な痛みもあるが、それより全身に広がる脱力感。魔法の攻撃を受けた時の症状だ。
それを数年ぶりに味わいつつ、星夜は倒れ込んだ。
(やはり、慣れないな、この感覚は……。一発でこの程度か。あと何発体は持つ?もう立つこともできないけど、死ぬまではいくらかある。)
倒れつつ、しかし星夜は思考を回転させる。
(都合がいい人間だな……友達になると言いながら、結局敵対していたわけだ。恨まれてもしょうがない。)
「……ヨゾラ、ごめん。」
「……っ。」
なんとか力を振り絞って声を出す。
その姿を見て、ヨゾラは男に向き合って制止しようとする。
「彼は一般人です!戦う力はありません、痛めつけて魔法少女から手を引かせればそれで十分なはずです!」
「いや、奴は引かない。引く人間ではない。」
「そんなの、分からないじゃないですか!」
「ヨゾラ、これはお前のためでもある。いや、我々のためなのだ。奴の戦いの素質を見ても、あれが魔法少女を強化すれば、我々にとっての脅威となる。ならばここで……。」
男は力を籠め、もう一撃を放とうと構える。
その姿を見て、ヨゾラが意を決したような表情となる。
「……どうしても撃つというのなら、私が……!」
だが、その言葉は最後まで放たれることは無かった。
「そこまでよ。」
声とともに現れた影は3つ。
星夜が心を縛られ、その世界から離れてもなお執着し、再びその姿に触れたいと願った存在。
魔法少女たちの参上である。