偶然はすぐに、あるいは必然
「転校生の3人、見てみましたけどみんな可愛かったですねえ。」
「んー、まあそうだね。」
「どうです?話しかけてみたりとかしてるんですか?」
「いや、一言も話してないよ。だいたい女子ってのは近寄りづらい。」
放課後。星夜は帰り道に寄った喫茶店で転校生3人組について話をする。
相手は後輩の女子生徒、晴香だ。
「そうですか?先輩なら普通に話せると思いますけどね。」
「壁があるんだよ、男女には。」
小学生のとき、男女の壁はまだ小さく、それほど分け隔てもなく話もできていた。
だが歳を取るにつれ、どうしても見えない壁は大きくなるものである。
「その壁を越えられるんじゃないですか、って話なんですよ、先輩なら。」
「つまり?」
「先輩ってだいぶ女性的じゃないですか?壁を乗り越えるというより、壁の中に入っちゃえると言いますか。」
星夜は髪もかなり長く、顔も女性的だ。だからこそ女装もできているわけだが。
とはいえ普段の状態で、面と向かってそういうことを言われることには慣れていなかった。
そのため星夜は少し恥ずかしくなり、晴香から目をそらし窓の外を横目で見ながら答える。
「ん……。いや、無いよ。無い無い。どうしたって男は男だよ。」
「うーん。先輩、女装とかしません?」
思わず星夜は飲んでいたアイスコーヒーを吹き出しそうになったが、動揺を悟られないように我慢した。
「しないよ。興味もない。」
「絶対似合うんですけどねえ……。そういえば先輩に似た女性、この前見ましたよ。」
今度こそ本当にドキリとしてしまった。わずかに表情にも表れている。
「この辺で?」
「そうです。いやあ、先輩をそのまま女性にしたらあんな感じなのかなあって。それでちょっと聞いてみました。」
どうやらその女性と自身とを結び付けているわけではないらしいと考え、星夜は落ち着きを取り戻した。
「パッと見、の感想でしょ?」
「うーん、まあ結構ちゃんと見たんですけどね。美人でしたよ?転校生たちにも負けないくらい。」
「それで、僕に女装しろって?」
「興味があります。髪もほどいたりして、いじってみません?」
うきうきとした感じで、晴香が身を乗り出す。手も星夜の髪に触ろうとするかのように伸ばされている。
その手をよけるように、星夜は身を引く。
「柄じゃないよ、またの機会にね。」
「じゃあ文化祭で?」
「やるとは言わないよ。」
「えー。」
不満を表しつつも、ひとまずその場は晴香も身を引いた。どこまで本気であったか、星夜にはわからないことである。
その時、外を眺めていた星夜は思わず声をあげそうになった。
彼の視線の先、そこには一人の女の子と、それに寄り添う変な生き物がいた。
(へえ、この辺りが生活圏なのか。あまり出くわさないようにはしたいな。)
その女の子は、今星夜が弟子としているグレーであった。
彼女とは連絡先を交換し、都合のよいときに指導をすることにしている。
ただどこに住んでいるかなどはお互い伏せていたのだが、生活圏は星夜と被っているようであった。
(あの制服は……。うん、近いな。まあこの辺りに住んでる筈ではあるけど、帰り道で会うのはよくない。)
正体が、つまり男であることがバレてしまうのを警戒して、どうにか会わないようにしたいと星夜は考えている。
そうして思索にふけっていると、凝視し過ぎたせいで晴香に気づかれてしまった。
「……先輩、どうしてあの子をずっと見てるんですか?」
「いや、べつに。」
しまった、と焦るあまり、何の弁解もできていなかった。
「そうですか……。ふうん。」
どうごまかそうと考える星夜は、晴香の不愉快そうな、かと思えば優越感を抱いてそうな微妙な表情に気づくことは無かった。
しばらくして喫茶店を出ると、今度こそ2人は帰路についた。
「それで、今日からは毎日一緒に帰ろうって?」
「はい!」
そもそも星夜と晴香は親しい間柄ではあったが、毎日一緒に帰宅するような仲でもなかった。
だが今日の放課後、晴香が突然一緒に帰ると言い出したのだ。それも今日から毎日。
「別にいいけど……どうしたの?」
「誰かと一緒に帰る方が楽しいですし、それなら先輩がいいかなあって。」
「同級生じゃダメなのかい?」
「先輩がいいって言ってるんですよ。それに、考えてみると先輩が一人で帰るのも危ないじゃないですか?」
「……よくわからない。」
「さっき話した通りで、美人だし、何か巻き込まれたり、とか。」
「それは心配する側とされる側が逆だよ……。」
どこまで本気で言っているかはわからないが、それでも一緒に帰りたいと言ってくれること自体は星夜はうれしかった。
星夜はそれほど親しい友人は高校にはいなかった。だからこそこうして親しくしてくれる晴香のことは、男女の感情は別として好ましく思っていた。
「ですから、安全のためにも毎日一緒に帰りましょうね。」
「はあ。じゃあ晴香の安全のために、一緒に帰るよ。」
2人は家も近く、ほとんど同じ帰宅道である。
そうしてすぐに、登校も一緒にしよう、ということになった。
そんな登下校生活が2週間ほど続いたある日、晴香が星夜に謝りに来ていた。
「すいません!今日はどうしても、先生が残るようにって。」
「何かやったの?それともやらなかった?」
「あ、いえ。ちょっと文化祭の準備というか、面倒な委員を押し付けられまして……。」
居残り、と聞いてすぐにネガティブな用事を想像したが、どうやら順当な用事であるらしかった。
「まあ、いいよ。今日は1人で帰るから。」
「うう……。危ないですけど、気を付けてまっすぐ帰ってくださいね?」
「分かったよ。労働頑張ってね、また明日。」
危ないわけがないだろうに、と思いつつ適当に挨拶をして星夜は学校から帰ることとした。
だがこの2週間ほど平穏に暮らしていたせいか、星夜はひとつの危険をすっかり忘れてしまっていた。
彼がそれに気づくのは学校を出てから10分ほどのことである。
「……魔人、かな。今回は。」
目の前に立っているものはいつぞやの魔獣ではなく、人の形をしていた。
(今回は女か……歳は、同じくらい?)
「それが分かるということは、無関係ではないらしいな。味方ではない、ならば敵か。」
「そういう二元論はあまり好きじゃないな。」
「ふむ。魔法少女ではないようだな。妖精もいない、だが似た雰囲気だ。」
星夜が元魔法少女であることは、どうやら魔人には何らかの形で感じられているようであった。
「まあいい。ともかく糧になってもらうとしよう。」
「糧……?」
「いくぞ!」
星夜の問いを無視して、その魔人は突っ込んでくる。
(今日は晴香がいなくてよかったな。巻き込まずに済んだ。)
状況は前回よりも悪いが、しかしここまで堂々と姿を現しているならば援軍の見込みはあるだろう。
どうにか防ぎきる手立てを考えつつ、星夜は今日に限って一緒にいなかった後輩のことを思っていた。