雪辱と日常
眼前に幾つもの光条が走っている。
自身の機動を拒むように展開される多数の攻撃に対し、星夜はそれでも軌道を変えず一直線に突っ込む。
星夜に直撃するように見えた光は、しかしわずかに逸れた位置を通過していく。
(惑わされるな……恐怖でブレーキをかけるな。)
自分に当たりそう、という不安は動きを鈍らせてしまう。
その恐怖を無理やりにでも押し殺し、星夜は速度を保つ。
(こちらのリズムは崩させない……。避けるのではなく、当てさせない。)
相手の攻撃に合わせて動くのではなく、相手が当てられない動きをする。
無理やりな理屈にも思えるが、星夜のスピードはそれを実現して余りあるものだった。
少なくとも、ホワイトに対しては。
「ホワイト!いくよ!!」
動きを変え、攻撃に転じる。
未だブラックを捉えきれていないとしても、大威力でもって連発される魔法をものともせずブラックは急上昇する。
「……追いきれない!」
そう判断すると、ホワイトは待機させていた10個ほどの光球を発射させる。
使い手の意思と関係なくそれらの光球はブラックを追尾し始めた。
(……追いついてくるのは……4つだけか。)
それら全てに対処しようとするわけでなく、ブラックは冷静に自身に当たりそうな動きをする光球を見分ける。
そして機敏に動く4つの光球に狙いを定め、銃を素早く4連射した。
威力を抑える代わりに速射性を上げた銃撃は、1秒未満で完了する。
人に対してはあまりに威力不足ではあるが、光球を消滅させるには十分であった。
1発も外すことない銃撃は常人にとっては想像を超えるものではあったが、しかしホワイトにとってみれば想定内の対応でしかなかった。
「1秒は稼げた……!」
そう言うホワイトの剣先から、10本以上の光が広がって発射される。
八方に広がった後、鳥かごのようにブラックに向かって湾曲しながら迫ってくる光線を見てブラックは舌打ちをする。
「それ嫌い!」
攻撃を回避する最も確実な方向は、ホワイトに接近する方向だ。
すなわち攻撃に向かって自ら前進することで、広がった光線が収束する前に光線とすれ違う。
光線で作られた鳥かごの中に飛び込むことで、攻撃を回避できる。
だがそれは、機動をホワイトに操られているに等しい。
二段構えのさらなる追撃が来るのは必須だった。
「そっちが全力の攻撃なら、こっちも全力で飛ぶさ!!」
そう言ってブラックは、ホワイトの攻撃に対して垂直の向きに加速をかける。
機動で攻撃を振り払う動きだ。
凡俗な飛行魔法であれば、光線を引き離すことは不可能だ。だがブラックの飛行はそうではない。
「やっぱり……速い!」
ブラックの動きをなんとか目で追いつつ、ホワイトは追撃魔法の構えを取る。
だがその狙いはまだ定まらない。
「どこに……どこなら当てれる。」
ブラックの未来位置を予想しなければ、攻撃は結果的に明後日の方向に飛んで行ってしまう。
だがブラックの動くは不規則だ。目で追えているだけでもホワイトにとっては大きな成長の結果だ。
そうして攻撃が少し止んだタイミングで、ブラックは仕掛ける。
「いくよ……ホワイト!」
銃撃を放ちながら、ブラックがホワイトに急接近する。
障壁で銃撃を防御したホワイトの動きが鈍る。
「!!……緊急迎撃!」
瞬間的に生成された小さめの光球が6つほど、ブラックに向かう。
意識的な迎撃が間に合わない場合のための仕掛けだった。
だがそれらはブラックを捉えきることはできずに虚空を彷徨う結果となる。
すでにホワイトの後ろ側に回り込んだブラックが死角からの銃撃を放つ。
先日のリサとの対戦を思い出したホワイトは、背面に障壁を展開する。
あのときは不足していた防御力は、この数日の鍛錬もあってブラックの攻撃を十分減衰させられる程度まで強化されていた。
そのため、ブラックの攻撃が有効打となることは無かった。
このような調子で……両者決定打を打ち込むことはできず、今日もまた決着がつかない模擬戦を1時間以上にわたり続けることになった。
「疲れた……。」
変身を解いた雪音が地面に膝をつく。
星夜も肩で息はしながらも、だらしのない恰好は避ける。
「反応が随分よくなってきたね……ヒヤっとするよ。」
戦闘を終えて、星夜が感想を述べる。
褒め言葉であるが、雪音の喜びは少ない。
「なんでどんどん速くなっていくの……。攻撃しても速度が全然下がらなくなったし。」
ヒヤっとする……とは言いつつ、雪音の攻撃に晒されながら星夜は自由に飛んでいるかのようにも見えていた。
ソフィアと戦ってから日は経っていないが、その動きは着実に成長していた。
ホワイトという、何にも代えられない至上の相手を得たことがブラックの大きな成長の糧となっていた。
そしてそれはホワイトにとっても同じことだった。
相手を倒すための魔法だけでなく、相手の動きを制限する攻撃、相手の攻撃を封じてこちらの時間を確保するための攻撃。
そうしたものを織り交ぜつつ、多様な攻撃を繰り出せるようになってきていた。
旧軍人たちのリーダーであるエイミーが懸念したように、若者の成長は早いものだった。
「ろくに準備に参加してなかった僕が言えることじゃないけど……この格好か。」
土曜日の早朝。
通常は休日であるが、文化祭当日であるこの日に星夜たちは学校に来ていた。
星夜の手にあるのは今日の模擬店で着る衣装である。
女装とは知っていたが、少し躊躇しないでもない服装だった。
「お店やるならメイド服は定番でしょ。」
あっけからんと朱夏が言い放つ。
その横に立つ美空は少し申し訳なさそうではあるが、止める様子もなかった。
「まあ……ブラックの服装の方が派手だけどさ。」
少し小声で言う。近くに他の人もいないため、そう気にする必要もないのだが。
「そうそう。あそこまで露出もないしさ、着替えてきて。」
「分かったけど……少し時間はかかるよ?」
女装自体にそれほどの抵抗がない星夜は、あまり食い下がることもなかった。
ブラックの服装に比べてずいぶん露出も少ない服でもあり、抵抗感は薄かった。
「構いません。文化祭の開始まで2時間はありますし。」
「雪音はもう着替え始めてるから。」
「雪音も?」
メイド服を着て接客をする幾名かのメンバーの中に雪音も含まれていた。
そして男子は星夜1人であったのだが。
そのほかのクラスメイトは基本的には裏方役。美空いわく、それなりに質の高いメニューが出せるとのことだった。
「じゃあちょっと、更衣室行ってくる。」
「はい、待ってますね。」
見送られて教室を後にする。
仮装をする生徒も多いことから、男女の更衣室が文化祭用に用意されていた。
更衣室に入ると、何人かの他クラスの男子生徒が着替え始めていた。ちらりと視線は感じたが、気にせず中に入る。
着替え中の他人の目は気にはなるが、そそくさと化粧を始める。
(あんまり……人前でこういうことはしたことないんだけどな。)
明らかに自身をチラチラ見る視線を感じながら、じっくりと時間をかけて星夜は化粧と着替えを行った。
「さすが……似合う。」
メイド服に着替え終わった星夜の姿を見て、朱夏が呟く。
美空もそれに同意するように頷いている。
ミニ丈のオーソドックスな黒いメイド服だ。
スカートは下に履いているパニエで膨らんでおり、女性的なシルエットになっている。
普段は後ろで結んでいる髪を、ブラックに変身しているときのように下ろして白いカチューシャを付けたその姿は美空たちの想像以上のものだった。
「サイズは大丈夫だったよ……ちょっとスカート短めかな?」
ニーソックスを履いた太ももが大きく出ていた。
男が女装してスカートを履くとすーすーする感覚を覚える、というが、それなりに女装に慣れている星夜はもうその感覚を覚えることは無かった。
短いスカートではあるが、下着が見えそうな頼りなさは感じていない。見えないような立ち振る舞いは十分身についていた。
それゆえに、動作もまた女性的であって彼を男と認識できる要素は見当たらなかった。
普段それほど目立たない星夜の女装姿に、クラスメイト達が驚きの視線を向けている教室に、既に着替え終えていた雪音が入ってきた。
星夜とお揃いのメイド服に身を包んだ雪音の姿に、星夜は目を奪われた。
「あっ星夜!すごい……かわいい……。」
恍惚として表情で星夜を見つめる雪音を、どきどきしながら星夜は見つめ返している。
こんなに綺麗にメイド服を着こなす人がいるのか、というのが偽らざる星夜の感想だった。
「えっとまあ……そろそろ開店だから準備しよう!」
そのまま動かなくなる2人を急かすように、朱夏が声をかける。
放っておくといつまでも見つめ合っていそうであったからだ。
「あ、うん!」
我に返った雪音が返事する。
と言っても、店内の準備は完了しており、接客役の準備はそれほど無い。
注文票などを確認すると、雪音と星夜は開始時間を待った。
こうして、軍人達との戦いのなかでの、星夜たちの日常側での平穏なイベントが始まった。
「いらっしゃい……ませ。」
こうしたイベントにおいて腰を落ち着かせる場というものは一定の需要があるもので、さらには接客役の生徒の魅力もあって繁盛している教室に入ってきた客の顔を見て星夜の言葉が詰まった。
「あ……すごい。」
「さすが綺麗です。」
自身のことを一切男と思っていない客達を2時間ほどさばいてきた星夜の前に現れたのは、晴香と菫だった。
見知った顔に見せるのはやはり恥ずかしさもある服装だが、営業スマイルを崩さず役に入り切ったままに星夜は応対する。
「こちらにどうぞ。」
「先輩……かわいいです。」
「……どうも。」
必要以上の言葉は飲み込んでいる様子の菫と違い、晴香は思ったままの感想を述べてくる。
羞恥心がやや高まってくるが、割り切って接客を続ける。
「女装するならそうと教えてくれたらよかったのに……。」
「恥ずかしいじゃないか。」
「どこに出しても恥ずかしくないですよ。」
「どうも言葉遊びだね。」
そうはいっても好いている後輩だ。
なんだかんだ言って来店してきてくれたのは嬉しいし、女装して話すのも悪くはない。
「じゃあ、ごゆっくり。」
そうは言っても他の客もいる。
いくらか会話して注文された飲み物を出すと、また別の仕事のために晴香たちのテーブルを離れた。
「……姉さまを変な目で見るな……。」
他の客を見ながら、菫が呟く。
視線の先の男は、明らかに星夜を目で追っていた。
「まあ……足が魅力的だからね。」
「スカート丈が短すぎる……雪音たちの考えたことか。」
「まあまあ。先輩によく似合ってるしいいじゃない。」
いつしかくだけた口調で話すようになった2人は、星夜を目で追い続けながら他愛もない会話を続けていた。
このまま何時間でもいれそうな気さえ2人にはしていた。
「やあお嬢さん、綺麗だね。」
何人かに既にかけられていたような言葉を、星夜はかけられた。
今までと違ったのは、その声が女性のものだったことだ。
振り向いた星夜の目に映ったのは、ポニーテールの凛とした女生徒だった。
「春、やめなさいって。」
その女生徒の向かいに座っている別の女生徒が止めに入る。
だが春と呼ばれた女生徒はさらに言葉をつづけた。
「このクラスのメイドさんたちはみんな可愛いけど……君が一番だね。」
「……私はあの子が一番だと思いますが。」
一応上級生であるようだったため、丁寧語で話しながら星夜は雪音を視線で示す。
「彼女も美人だが、君は特別な魅力がある。」
「……どうも、ありがとうございます。」
女性からこいう言葉をかけられた経験は無い。
いささか反応に困る星夜だった。
「私は3年の宗像春だ。君の名前は?」
「星夜です、どうも。」
「あ、私は和泉愛です。よろしくね?」
ややウェーブのかかったロングヘアの女子も自己紹介をする。
2人とも、少し異国じみたような感じのする美人だった。
「うん、いい子と出会えた。良い文化祭だ。」
さぞ満足したように、珈琲を口にする。
女性には珍しくブラックコーヒーだった。
「はあ……では私は。」
「うん、話ができてよかった。しかしいい脚だ。」
その言葉を無視して、星夜は踵を返す。
特に引き留められることもなく、星夜はその場を離れることができた。
良くわからない相手ではあったが、その後の多くのナンパと比べれば極めて無害なやり取りを、星夜は特に気に留めることは無かった。
そうして、平穏な行事は学生らしい青春の記憶と、星夜に対するクラスメイトの目線の変化を生み出して無事に終わることとなった。
「魔法省の人員が揃ったようです。」
「で、会合の案内か。」
手に持った書状を眺めながらユリウスがレオナに答える。
「魔法少女たちも呼ばれているようです。」
「軍人たちの捕縛作戦か……。」
「参加なさいますか?」
魔法省主導の作戦、それに参加することにはレオナはやや抵抗感を持っていた。
しかしユリウスの返事はレオナの期待を裏切った。
「とにかく会合には行こう。アローネは魔法省の中であっても、司法省との関係は良好だ。ここで敵対しても意味は無い。それに近衛の招集でもあるしな。」
近衛……王国の中でも特に優秀であり、なおかつ国王への忠誠心が認められた魔法使い5名のことをそう称していた。
現在は魔法省から3人、司法省から2人がその名を連ねている。その比率からしても、魔法省の王国における力の強さがうかがえた。
「彼らの指揮下に入るのですか?」
「条件は付けるさ。こちらに悪いようにはしない。それに、アローネが手柄を立てて彼女の魔法省内での地位が向上することは、司法省にとってマイナスではないからな。」
あくまで打算の上だ、とユリウスは説明する。
その言葉に、レオナはそれ以上異論を唱えることはやめた。
この会合の知らせは、妖精を通じて星夜たちにも届くことになる。
星夜と雪音にとって、リベンジの機会が迫っていた。




