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転換の時

 まるで図書館のように、本棚が並ぶ室内。

 無数の書籍に囲まれたその部屋の奥にある机に、1人の女が待ち構えていた。


 その女に近づいていくのは2人。

 最初に星夜と戦ったソフィア・フェルマーと、雪音を襲ったもう1人の女だった。


「それで、どうだった?」


 待ち構えていた長いポニーテールの女が問いかける。


「この世界の魔法使いは、それほどの戦力ではないな。」


 ソフィアが答えると、隣に立つ女も頷いて肯定する。


「ソフィアはブラックを、リサはホワイトを担当したわけだが……それぞれどの程度だった?」

「ブラックは速度と射撃の正確さは優秀だが、まだまだ成熟度が浅い。戦法に深みは無く、また己の戦いを押し通せるほどの機動も出来ていない。映像を見てもらえればある程度は分かるだろう。」


 まずソフィアが答える。

 戦闘時の映像は既に提出済みのようである。


「随分と厳しい評価だな。まだ16、17の小娘だろうに。」

「……かつては、黒姫の再来とまで噂されていた奴だ。それが結局あの程度とはな。」


 溜息をつくように吐き捨てる。


「比較対象が厳しすぎるんじゃないか?……誰もあの人に並ぶことはできない。」

「その通りだ。私も期待し過ぎていたか。」

「……で、リサの方は?」


 リサと呼ばれた女が、今度は答える。


「ホワイトの素質はかなりのもんだよ。あれほど魔法を使いこなせる魔法使いは、ランキング内にも数えるほどしかいないんじゃないかな。」

「やはりホワイトの魔法は無視できないか。」

「とはいっても、まだ若いね。速さにも対応できてない。十分対処できる相手だよ。」


 星夜たちに告げたように、自分たちの敵ではないと説明するリサ。

 そのやや慢心した物言いを、説明を受けている女がたしなめる。


「とはいえ油断は禁物だ。相手は若い、成長も早いぞ。素質があることは2人とも認めているようだしな。」

「それもそうだね。注意しとくよ、で、あとはもういいかな?」

「リサ。」

「いや、いいんだ。」


 話を切り上げようとするリサをソフィアが嗜めるが、女は制止した。

 その様子を見て、リサはさっさとその場を離れていった。



「……いささか軽すぎるのではないか?」


 リサのことを指して、ソフィアが苦言を呈する。

 しかし女はそれには同意しなかった。


「あれはあれで物事の道理を分かっている。見た目ほど軽率な人間じゃない。」

「それは分かってるがな……。で、彼我の戦力はどう評価する?」


 話を切り替え、自分たちの置かれている状況についてソフィアが問いかける。


「現地の魔法少女の実力がこの程度であるのなら、状況としてはそう悪くないな。」

「同感だ。」

「魔法使いのランカーにしても、それほどの脅威とすべき魔法使いは見当たらない。無論、1位と2位は除くが。」

「2位は既にこの世界に来ている。少々厄介ではないか?」


 ランク2位、すなわちユリウスのことを指している。


「主導権を魔法省が握ろうとしている。彼らが持つ戦力でもって我々を処置するつもりだ。現在の力関係を見ても、あの2位はそうそう動けまいよ。」

「司法省もずいぶん落ちぶれたからな。今では魔法省に対して強く物を言うこともできない。」

「まあ、私達軍の状況より大分マシだがな。で、問題となるのは魔法省が投入してくる戦力だ。」

「問題は1位が出てくるかどうか。」

「……奴らはまだ我々のことを侮っている。すぐにあの女を寄越してくることは無いだろう。」


 1位の魔法使いのことを口にする際、女の顔には憎しみがこもった苦々しい表情が浮かんでいた。


「であれば、ゲリラ戦に徹する限り十分戦えるな。」

「負けないだけでは意味がない。為すべきことを為さなければならない。」

「焦りは禁物だぞ、エイミー。将軍家の行く末がかかっている。」

「分かっている。だが……将軍も随分とご高齢になられた。残された時間は長くはない。」


 女……エイミーは遠慮がちに主君の年齢のことを口にした。

 それはすなわち、寿命による死を暗に示したものであるからだ。


「あの方が処刑されてから、将軍の地位は日に日に蔑ろにされてきている。その一方で魔法省は増長の一途だ。」


 怒りを込めながら、エイミーが語る。


「それもまた、時代の流れなのかもしれない。」

「それで民が守られるのなら、受容出来なくもない。だが私達軍に取って代わった国王軍とやらの不甲斐なさはどうだ?魔獣による被害はどんどん増加している。」

「魔法省は、本質的に戦いのための組織ではない。」

「だからこそ、私達に任せておけばよかったのだ。結局のところ、奴ら魔法省が望むのは権力であって、民の平穏ではなかった。」


 魔法省に対する憎悪を、吐き捨てる。

 魔法省について口にするたびに、その口調は荒々しくなっていった。


「落ち着け、エイミー。奴らの時代は、いずれ終わる。いや、我らが終わらせるのだろう?」

「……そうだ、その通りだ。世界は私達の手で変えてやる。」


 目をつぶり、決意を己の中で強く持つ。


「そうでなければ、あの方を救えなかった言い訳が立たぬではないか……。」


 遠い過去のことを思い浮かべ、悔いるように呟いた。





 所は変わり、星夜の自宅である。

 ベッドに横たわっているのは星夜。起きてはいるようだが、その身に力は入っていない。


 その星夜に、雪音が語り掛ける。


「ごめん、星夜。私のせいで……。」


 泣きそうな雪音の顔を見て、しかし星夜は笑みを浮かべる。


「ひどい顔だね。」

「なっ!?」


 その反応に、雪音の顔が赤くなる。


「ははっ、完敗だったね。どうしようもなく、手も足も出ない負けだった。」

「笑い事じゃないよ!星夜はそんなに傷ついてるのに。」


 今までの悔しさや怒り、それとは打って変わって明るくなった星夜に雪音は驚く。

 どう考えても、そのような陽気な状況には見えないのだ。


「悔しくて、腹が立った。……雪音に手を出したことも、許せないと思った。」

「……私も、星夜に手を出したことが許せない。」

「ありがとう。でも、魔法使いってのは、あんなにすごいんだなと思った。」


 王国の魔法使いを舐めない方がいい。

 そのロイの言葉を思い出す。


 確かに、星夜は侮っていたのだろう。


「そして……正直言うと、少しほっとしたんだ。」

「ほっと?」


 脈絡のない言葉に、雪音は疑問符を浮かべる。


「僕は、ホワイトほどすごくて、完璧な魔法少女はいないと思っていた。ホワイトには何でもできる、ホワイトは誰にだって勝てる。そう信じてきた。」

「そんなこと無いよ。私は全然戦えなくて、弱くて。だから、ブラックにも頼ってもらえなかった。」

「君に頼ることができなかったのは、僕が君を怖がっていたからだよ。完璧であるホワイトに、一方的に助けてもらう関係になることが怖かった。」


 自身の偽りない気持ちを吐露する。

 ようやく、雪音に告げることができる。


「でも、ようやく分かってきたんだ。ホワイトだって1人の女の子だ、何に対しても完璧だなんてあるわけがない。できないこともあるし、勝てない相手だっている。」

「……私には何もできないよ。」


 なすすべなく負けてしまったことに、雪音は消沈している。


「君には僕にできないことができる。僕が勝てない相手と戦うことができる。」

「星夜にできないこと……。」

「5年前、僕は君に言えなかった。でも今なら言うことができる。ようやく、理解できたから。」


 ベッドから起こした身体を、星夜は雪音に向かい合わせる。

 その真剣な目に、雪音は吸い込まれそうになる。


「どうか、僕を助けて欲しい。」


 すがるように、星夜は吐き出した。


「僕は弱くなっていく自分が惨めで、君から逃げ出してしまった。でも逃げたところで意味はなかった、君がいなければ僕は何者でもなかった。」



「いつからか、僕は君という人間を見ることができなくなってた。ホワイトという魔法少女のことしか目に入らなくて、魔法少女じゃない君という存在が見えなくなってた。」


 雪音は言ってくれた。

 ブラックという1人の女の子を大切な友達だと思ったのだと。


 それなのに、星夜はホワイトのもつ魔法の力にのみ目を向けて、ホワイト自身、雪音という女の子と向き合うことをしなくなってしまっていた。

 自らを形作っているものが、雪音であったにもかかわらず。

 

 だからこそ雪音を理解できず、自身のことも理解できなくなっていった。


 だが、その過ちからはもう目が覚めた。

 

「僕には君が必要だ、雪音。」

「星夜……私は。」


 ついに思うがままをぶつけられ、雪音は息をのむ。

 そして、自分がずっと抱いてきた想いが、決して独りよがりの物ではなかったことを理解した。


「私も、星夜がいないと駄目なんだ。」


 この5年、ずっと苦しんでいた。

 隣にいるべき人が、ずっと居なかった。


「ありがとう、星夜。私はあなたが傍にいるだけでよかったんだ。」


 そう言って、ようやく帰って来てくれた友人の身体を抱きしめる。

 お互いに、自分に足りていなかったものが補われるような感覚があった。


「ありがとう……僕も、ただ君の隣に立っていたかっただけだったんだ。」


 そこに立つ資格など、考える必要はなかった。

 互いが互いのことを、ただ必要としていたのだから。


「これから……一緒に強くなろう。あの人たちにも、勝てるように。」


 抱きしめられながら、星夜は言う。

 1人で挑むのではなく、2人で挑んでいくのだと。


「そうだね……でも……ははっ。なんだかブラックと一緒ならなんだってできる気がするんだ。」

「実は僕も。ホワイトと一緒なら、何にも負けない。……随分な思い込みだけど、直す気は無いよ。」

「私も。」


 敵の強さは理解した。

 それでも、この人と一緒なら負ける気がしない。


 過信ではあるが、その安心感は2人ともが共有するところだった。

 そうして、それを正すつもりも一切心の中には存在していなかった。





「して、あちらの総数は?」

「軍勢力の総数は20人程度。確定情報です。」

「旧将軍部隊……エイミー・ユークリッドの部隊からの離脱者総員といったところか……。」

「はい。離脱者が24名ですので、数名は未確認となりますが。やはり無視できない規模ですね。」


 レオナの報告を、ユリウスが聞いていた。

 彼らなりに、エイミーたちの情報は収集していた。


「既にホワイト、ブラックに対する威力偵察が実施されています。懸念していた通りですが……。」


 苦々しい表情をしながら、レオナが報告する。

 やはり、敵対した相手とは言え、結果的にブラック達に対して少なからず愛着は持っているようだった。


「危険であれば私も介入した。だが、それほどの問題とはならなかったようだな。」

「……命を取る意思は無かったようです。」

「なら、構わないだろう。ひとまずはな。」


 口ぶりからすると、ユリウスはホワイトやブラック達の戦闘現場の近くに居たようでもあった。

 だが、介入することもなく静観していたようだ。


「この件は、魔法省が処置するとのことだ。我々司法省は表立っては動けない。」

「彼らに手に負える相手でしょうか。」

「かつての政争では魔法省が勝った。それゆえに彼らは自信を持っているのかもしれないが……まあ、無理だろうな。」


 あっさりと切って捨てる。

 ユリウスは明らかに軍人達の方を評価していた。


「魔法省は30人以上の魔法使いを投入する用意があるようです。」

「足りんな。数的優位を思うがままに発揮できる戦場でもない。」

「ですが、未確定情報ながら……近衛からも1名来るそうです。」


 その単語を聞いて、ユリウスもやや驚き、聞き返す。


「近衛から?……5人のうち誰だ?いや、司法省所属の2人は除いて3人だが……1位が来ることは無いだろうな?」

「ランク5、アローネ・テーラーが候補です。」

「……探知魔法の一人者か。確かに有用な人選ではあるが……我々も人を集めておいた方がいいだろうな。」


 その名前を聞いて、いくらか魔法省の戦力評価を上方修正したようではあったが、それでも不足であると判断したユリウスは司法省の戦力も用意するように口にする。


「こちらは10名程度が限界でしょうね。」

「合わせたところで戦力比は2対1か……。黒姫の残し子達を相手取るには、十全とは言い難い。」

「探知魔法を使えば、効果的な戦力配置は期待できますが。」

「相手は戦闘のプロだ。……魔獣対応が主とはいえ、戦いには慣れている。魔法省は無論のこと、司法省も戦闘に関しては素人だ。」


 あくまでユリウスは軍人たちの戦力を重く見ていた。

 或いは、魔法省の魔法使いたちのことを大して信用していないのかもしれない。


「それでも彼女らを捕らえる好機が来たと言えるでしょう。何を企んでいるのかはまだ不明ですが、その所在が判明したのは久しぶりのことです。司法省も、一挙に捕縛するつもりです。」

「であればこそ、本気で臨むならばさらに倍の人数は準備するべきだがな……。」


 解せない、という風に切って捨てるとユリウスは椅子に座り込む。

 手元にある資料も机に投げ捨てる。


「しかし……時々思うのですが、彼女たちを捕らえたとして、王国はどう変わるのでしょうか?」

「将軍の権威はさらに失墜することになる。なにせ彼女たちは将軍派戦力の虎の子だからな。所領も今よりさらに減り、あるいは兵も一気に国王軍に吸収されるかもしれない。」

「そうなれば、いよいよ国王の権力は絶対的なものになりますね……。」


 悩ましい表情で、レオナが考え込む。

 司法省には司法省なりの事情があった。


「我々司法省は、国王直属の組織として国家の治安を維持してきた。我らは皆、国王の直臣であると自負してきた……。だが、歴代の国王は決して支配者となろうとはしなかった。今の国王、魔法省のやり方は目に余る。」

「とはいえ、王は王です。強権的であったとしても、優秀なお人です。」

「私もあの方は名君にあたるだろうとは思っている。だが惜しむべきは、側近に人がいないことだな。」


 不満を口にしながら、それでも王命に従い彼女たちの捕縛の手はずを思案する。

 裏方として、また思うところがあったとしても、まずは混乱する状況を沈めることを考え始めていた。


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