出会いと恐れ
「ひどいな……。」
乱入してた魔法少女は、星夜を目に入れるとかばおうとするかのように魔人に攻撃を仕掛けた。
星夜は止めようとしたものの、そのまま戦いが始まってしまったのである。
その様子を眺めている星夜の呟きが、冒頭の一言である。
(飛び方、攻撃の精度。いずれにおいても技術は今一歩というところ。そして何より戦術がまるで見えてこない。これでは勝つ道理が無い。)
星夜が評しているのは、乱入してきた魔法少女についてである。
その彼女は、歳のほどは星夜よりもいくらか年下に見えた。おそらくは中学生といったろころだろう。
翻って魔人の方は、星夜と同い年くらいだろう。
(年齢による経験の差……以上のものか。)
魔人の動きは対照的に、的確であった。
とはいっても魔法少女に攻撃を仕掛けているのはほとんど魔獣のほうである。魔人が直接攻撃せずとも、魔法少女は劣勢を強いられている。
魔法少女が魔獣の素早い動きに目を奪われている隙を、的確に魔人が突いてきている。
攻撃の回数は少ないが、すべて効果的である。
(無駄がない、綺麗だな。これも才能ってところか。)
才能。その単語に星夜は少し顔をしかめる。
彼が魔法少女をやめることになったのは、もちろん性別が大きな原因ではあったわけだが、あるいは魔法少女としての才能の欠如と言えたかもしれない。
(ほら、そこで魔獣を見るな。位置もまずい、それでは死角に入られる。)
どうしても弱い方を応援したくなるのは人の性だ。
状況を考えれば、一方的に戦いを仕掛けてきたのは魔法少女の方であるにも関わらず。
だがそんな応援とは関係なく、戦いは終局を迎えつつある。
攻撃を幾度となく食らった魔法少女は、力が抜けて膝をついてしまっていた。
誰の目にも、勝敗は明らかだ。
(まったく……。その腕で何をしに来たのやら。)
半ばあきれつつ、星夜はその魔法少女に近づいていく。
それは、魔人に対してこれ以上の攻撃を止めるためでもあった。
その動きを、やや不満げに見つめながらも、魔人と魔獣は攻撃の手を止めた。
傍で見てみれば、やはり幼い顔立ちである。若気の至り、というところだろうか。
「……逃げ、て……。ください……。」
かすかな声に、星夜は動きを止められた。
「はや、く。……。」
その呟きの意味を理解した時、星夜は己を恥じた。
彼女が戦いを挑んだのは、若気の至りでも凶行でもなかった。
思えば簡単な話ではないか。
魔人と魔獣を前にした、一般人。
事情を知らなければ、危険にさらされていると考えるだろう。
彼女はただ助けたい一心だったのだ。
そもそも、少し前には星夜自身助けを求めていたではないか。
彼は自分自身が、どうしようもなく恥ずかしい人間になってしまったように感じた。
「……ごめん。」
ほとんど無意識に、謝罪の言葉が出た。
「ありがとう。大丈夫、安心して。」
謝罪と感謝の意をこめて、その頭を撫でた。
魔法少女はもう目もうつろな状態であったが、安心したように力が抜け星夜にもたれかかった。
そして星夜は魔人に声をかける。
「いきなり襲い掛かったのは、彼女に責がある。ただ、これで終わりにしてくれないかな?」
理由はどうあれ、先に戦いを挑んだのは魔法少女だ。だから、魔人に向かって許しを乞うた。
「……星夜は、そっちの肩を持つの?」
「いや、どちらってわけじゃないよ。この戦いだって、ここまで干渉はしなかったし。でも勝敗はついたでしょ?」
「……。」
「勝負は終わったんだ。まだやるの?」
「……でもそいつは、敵だから……。」
星夜は魔人のことを何も知らない。
何が目的で、何のために戦っているのかも分からない。彼女の信じる正義だって知らない。
だから星夜には何も判断ができない。魔法少女と魔人、そのどちらが正しいのかも。
もし星夜がまだ魔法少女であったなら、魔人を悪とみなしたのであろうか。
少なくとも、魔法少女も魔人もお互いを敵と認識しているようだ。
自分がまだ魔法少女であったなら。
(もしそうだったら、僕の判断には濁りが混ざっていた。ヨゾラと話すことだってできなかった。)
だが、現実は違う。星夜には何もない。だからこそ、星夜は彼女たちの間に立つことができる。
それは、今の彼に課せられた1つの役割であるかもしれない。
「私はどっちの敵でもない。どっちが何か、なんてのはどうでもいいんだ。ただこれ以上続けるというなら、それは戦いじゃない。」
今2人の間に立てるのは、自分しかいないと思った。
「ここから先は一方的な暴力だ。決闘は大いに結構だけど、暴力は許すわけにはいかない。」
「……。」
「君は勝った。この子は負けて、痛い目にあった。お互いに譲れないものはあるのかもしれないけど、ここは私の顔を立てるつもりで、終わりにしてほしいな。」
さっき会ったばかりで、何様なのだろうかと星夜は内心で考えてしまった。随分と偉そうなことを言ってしまっている。
ただ、その言葉はどうやら通じたようだった。
「わかった。」
「……ありがとう。やっぱりヨゾラは、友達になれるよ。」
「……それは、本当ですか?」
「うん、本当だよ。」
魔人とはいっても、普通の女の子ではないか。
星夜はほっと息をついた。戦う必要なんて、無いのじゃないか。
だが再びの乱入者が、場を乱すことになる。
「どうした。止めを刺さないのか。」
現れた姿に、星夜は息をのんだ。
「甘さを見せるな。そいつはまたお前を襲ってくるぞ。害は除けるうちに除いておくものだ。」
「男……?」
突如その場に現れたのは、いくらか年上に見える男だった。
ヨゾラと同じく、その目はかすかに青く光を放っている。
「……でも、もう勝負は終わった。」
「そこの女に何か吹き込まれでもしたか。……見たところ魔法少女ではないようだが、結界の中にいるのは妙だな。」
男の目が星夜を射抜く。
鋭く、威圧的な目だ。
(この目……。戦う人間の目だ。)
傍にいる魔法少女やヨゾラとも違う、完全に戦いに生きている人間の目。
かつて魔法少女として戦った星夜には、それが直感で理解できた。
(こいつは……甘くない。)
男が次に出る行動に備え、辺りを見回す。その際にも、顔は男の方を向いたままにする。
(死角を見せると、ダメな相手だ。)
武器を探す星夜の目に、一本の銃が止まった。
先ほどまで魔法少女が握っていた魔法銃である。
(魔法少女はまだ気を失ってはいない……。魔力のパスが生きているなら、撃てるはずだ。)
銃からは魔法少女の魔力が変換された弾丸が発射される。持ち主たる魔法少女が気を失ってしまえば弾丸は出るはずもないが、この状況であれば星夜が引き金を引いたとしても撃てるだろう。
だが戦うのは最終手段だ。
武器があるとしても、今の星夜には翼が無い。
「……一応言っておきますけど、私は部外者ですからね。」
通じるかは分からないが、見逃すように話しかけてみた。
「そのようだ。まあいいだろう、邪魔をしないのであれば、見逃してやる。」
「……勝敗はついたのに、まだやるつもりですか?」
「殺しはせん。少し気を失ってもらうだけだ。」
そういうと男の右手を中心として、魔力の塊が大きくなっていくのが星夜には見えた。
「……殺しはしない、ね。」
「そうだ。離れていろ。」
見逃す、と男は言っている。
魔法少女も攻撃はされるが、命までは奪われない。
不服であっても、受け入れるのが妥当なところだった。
だが星夜は受け入れなかった。
「本当に、どっちが正しいとかは知らないし、あなた達のことも何も知らないんだ。でもね。」
星夜は魔法少女の銃を拾い上げる。
慣れた手つきで回転させると、両手で構えた。
動きとしては無駄なものであったが、それは男を警戒させるに十分な美しさを持っていた。
「……部外者、なのだろう?」
「ああ。だがお前は彼女を殺そうとしている。」
「……なに?」
その言葉に、ヨゾラも声を上げず驚いた顔で男を見る。
「その右手のまわりさ、嫌な感じがするんだよね。あなたは私に嘘をついた。」
だから、見逃すという言葉も信用できない。
それに、この魔法少女を殺そうとすることも見過ごせない。
「……戦うつもりか?」
「……見過ごすわけにも、いかなくなった。」
「銃があっても、私には勝てぬぞ。」
それは事実だ。星夜もそれは理解していた。
「理屈じゃないんだよね、こういうのは。」
「待って、星夜。殺そうとしてるなんて誤解だよ。」
すかさずヨゾラが止めに入る。先ほどとはまた立場が入れ替わっていた。
「ありがとうヨゾラ。でもね、誤解じゃないんだ。」
「星夜。」
その2人の会話を男はさえぎる。
「ヨゾラ、下がっていろ。その女、ただ者には思えん。」
「え?」
「……結界の中にいる以上、素質はあると見える。だがこちらの魔法の種類を見抜くのは普通ではない。」
「……どういうことですか?」
「その女の言うことは正しい。正しいだけに、危険なのだ。あの素質は我々にとって危険極まる。」
「……そんな!」
男が魔法少女を殺そうとしていたことに、ヨゾラはショックを隠せない。
「……だがこの場で戦うのも、別の危険をはらんでいる。あの素質を目覚めさせるのではないか、と。寝ている虎を起こすことになるのではないか、ともな。」
その時、周囲を覆っていた雰囲気が変わった。
「……結界も解けたか。あまり騒げば向こうの魔法少女どもが飛んでくる。ヨゾラ、引き上げるぞ。」
「っ……はい。」
なおも同様した様子で、ヨゾラは従う。
最後に星夜の様子を伺いながら、男について行ってしまった。
「……助かったなあ。」
男たちが去ったあと、星夜は一気に脱力する。
「はは、手がまだ震えてるや。」
銃を置き、星夜は小さく震える両手を見る。
その震えは、銃を手に取った時から続いていた。
(やっぱり……怖いな。)
戦うことが、ではない。
戦うことが怖いというのなら、まだ星夜にとって楽だっただろう。だが彼が恐れているのは、戦えない自分を知ってしまうことだった。
(戦えない自分は、ほんとうに彼女たちと別の世界にしか生きられなくなる。それはもう決まっていることだとしても、実際に知ってしまうのは怖い。)
あの時銃を構えて、撃ったとして当てることができただろうか。
昔の星夜であれば、外すことは無い。だからこそ、もし外してしまえば。
本当に戦えなくなった自分を知ることになっただろう。
「まあ、それはそれとして……。説明が欲しいな?」
振り向いた星夜は、後ろにいた存在に声をかける。
「……やはり、私が見えているんですね。」
魔法少女のそばにいる、灰色の妖精が答えた。




