惰眠
「おかえりなさい、先輩。」
帰宅した星夜を迎えたのは、後輩であり、自身を再び魔法の世界へと送り出してくれた晴香。
その後ろには、先に家に帰って来ていた菫の姿もあった。
「おかえりなさい姉さま。周辺を警戒はしていましたが、特に異変は有りませんでした。姉さまも、無事でなによりです。」
雪音たちと別れた後、警戒していた星夜は念のため菫を先に晴香たちの待つ自宅へと帰らせていた。
司法省と話を付けたとはいえ、いまだ魔法の国の動きに安心はできないでいたのである。
もっとも、それは確証のある警戒ではなく、星夜自身心配性であるとも考えていただのが、異変の発生自体は現実のものとなったわけである。
そうして起きた、別れた後の事の次第は軽く菫に伝えており、さらに警戒するように連絡をしていた。
「そうか、ありがとう。もう一人の……雨音さんは?」
自室に入り、腰を下ろした星夜は1人この場に足りない存在について問う。
「雨音は、さっき帰っていきました。お礼は言いたそうでしたけど、なかなか素直じゃないんですよね。ただ彼女の分も含めて私からお礼を言わせてもらいます。」
晴香はかしこまって星夜に向き合うと、深く頭を下げる。
「助けてくれて、本当にありがとうございました。」
「僕だけがやったことじゃない。ホワイト……いや、雪音たちのお陰だ。僕だけでは何もできなかった、本当に……。」
ブラックだけでなく、ホワイト達を含めた魔法少女たちが反旗を翻したからこそ、司法省や魔法省が折れたと星夜は考えている。
加えて、先ほど司法省の男、ロイから聞いた状況の変化も助けとなったのだろう。
結局、自身の力では及ばなかったのだと思うのであった。
(思い返せば……決してうまい立ち回りじゃなかった。感情に振り回され、目的を見失って……。こういう時に頭が回るのは、やっぱり美空ってことか。)
昔から、大局的なところはブルーが考えて皆を率いていたところがある。
それに引き換え、ホワイトもレッドも、落ち着いて見えるブラックも考え無しに動いていたものだった。
今回も、ブラックという駒さえ揃っていればブルーの作戦通りに事は進んだだろう。
「それでも、先輩が味方になってくれただけで私たちは救われました。あの人も……報われてると思います。」
レオナに倒された魔人のことを晴香は口にする。
あの男は、結局星夜にはどうすることもできずに司法省に捕まってしまった。
「……あの人には世話になったのかな。」
「私たちが狙われるようになって、助けてくれたのがあの人でした。決して善人とは言えない人だったかもしれないですけど、私たちにとっては唯一助けてくれる味方でした。」
「残念だった。僕も最後には助けてもらった。」
「ただ、あの人も覚悟してたことなんです。罪を犯したことも、それを償わなければならないことも自覚していました。私も残念に思ってますが、仕方ないことだと思います。」
あの男は、晴香たちと違って向こうの世界で明確な罪を犯し、追われる身であった。
人を殺めた以上は、理由はともあれ裁かれなければならないだろう。その辺りのことは、向こうの世界の領分だ。これについては星夜もどうこうできる話でもなかった。
「ただ、これで平穏無事、というわけにもいかなくなったよ。菫、少し面倒があるらしい。」
「と、言いますと?」
そうして星夜は、魔法省のロイから聞いた話を菫たちに伝えた。
新たな厄介ごとが降りかかって来そうであると。
「面倒な話ですね。私も関わらずにいたい話ですが、そうもいかないということですね。」
「多少の悪事を働くのはまあ間違いないだろうね。放っておくわけにもいかないからね、倫理的にも、実利的にも。」
「とはいえ現状では情報不足です。位置も数も定かではありません、その辺りは妖精を通じて連絡されると思っていますが……。」
いささかの不信感が菫の頭をよぎる。
もはや手放しに魔法省を信頼はできなかった。
「まぁ私にはいませんが、ホワイト達の妖精が何かしらの説明をしてくるでしょう。」
「ともかく、僕としては……そうだな、美空の意見を聞きたい。」
「ブルーの、ですか。」
菫は少し顔をしかめる。
菫にとっては、まだ美空たちとの間のわだかまりが消えたわけでもなかった。
「こういう時に大局を見れるのは、美空だ。昔からそうだった……。」
「姉さまがそう言うのなら、分かりました。」
「それぞれの役割か……懐かしいね、あの頃が。」
5年前までの、魔法少女としての日々。
それぞれが役割を持っていた。戦闘における立ち回り、あるいはそれより高次の戦略決定。
誰1人、欠けてはならなかった。
誰もが互いを認め合いながら、不足するところを補い合い、戦ってきた。
(対等な友人だった。あの頃は。)
その日々が、ようやく戻って来そうになっている。
星夜は再び魔法の力を手にした。
今になって改めてそのことを実感した星夜は、己の手のひらを見つめる。
「やっぱり、僕にはこの世界が必要だったんだね。目をそらそうとしていたけど、僕にはこれしかないのかもしれない。」
「たとえ魔法が無くても、姉さまには素敵なところがいくらでもあります。」
「そうですよ、大体先輩と私の今までの日々に、魔法なんてものはありませんでしたし。」
「ありがとう、それもそっか。まあでも、今はとにかく嬉しいんだ。こんなにワクワクしているの、いつぶりだろうね。」
その言葉通り、いつにもなく星夜ははしゃぎ気味の様子であった。
戦闘の後の興奮も後押ししているのだろう。
一方で、一息ついているうちに疲れも星夜の身体にそろそろ現れてきた。
なにせ一度はホワイトに敗れたのだ。
その後の戦闘に、ユリウス達との会合と雪音たちとの対話。そして最後に再びの戦闘。
ひとたび意識すると、どっと疲れが出てくるように星夜には感じられた。
「眠いですか、姉さま?」
少しうとうとし始めた星夜に、すぐさま菫が声をかける。
頷いて星夜が肯定すると、菫はその体を支えベッドへと導いた。
「いろいろあって、疲れたでしょう。ゆっくり眠ってください。」
「……じゃあ、私もそろそろ行きますか。」
「大丈夫、晴香?」
眠いながらも晴香の身を気遣う。
それに対して、晴香は問題ないと元気に手を振る。
「大丈夫です、私にも魔法の力はありますし。先輩のおかげで色々安全にもなりましたしね。じゃあ、おやすみなさい。」
「うん、また学校で。」
「一応、気をつけてな。」
そうして晴香は星夜の部屋を離れ、帰宅していった。
星夜はまだいささか心配はしているが、この期に及んで彼女に手を出してくることは無いだろう、と自分を納得させる。
晴香がいなくなり、2人きりとなった部屋でベッドに寝転んだ星夜が語り掛ける。
「昔通り、とはいかないね。」
「ホワイトの反応ですか。」
自身が男であると明かした後の雪音の反応は、決して良好とは言えなかった。
やはり困惑が大きく、どこかよそよそしいところがあった。
「しょうがないとはわかっているし、だからと言って自分のことをこれ以上隠していくつもりにもならなかった。それは意味のないことだから。」
「時間がたてば、解決していくことだと思います。気に病んでもしょうがありません、姉さまはやるべきことをやりました。あとは、ホワイトの側の問題です。」
「これまで騙してきた責任はある。頬の1つでも叩かれていれば気分は楽だったのかもね。」
星夜は冗談として笑うが、菫は不愉快そうである。
「でも菫の言う通り、時間は必要なんだろう。しばらくは待ってみるさ。」
「やっぱり、ホワイトは特別ですか。」
星夜の隣に寝ころびながら、菫が問いかける。
彼女には珍しく、嫉妬心を露わにした質問である。
「……僕にとって初めての友達だった。ホワイトがいたから、僕の世界は意味を持った。」
「後れを取ったのが、残念です。」
菫を気遣うように、星夜は隣にあるその頭をなでる。
「菫がいなければ、僕はもっと早く駄目になっていただろうね。」
魔法少女としての日々の、その終盤を思い出す。
力は日々衰えていき、ホワイト達に対する劣等感は日に日に増していった。
そうしてブラックは、彼女たちと少し距離を置きつつあった。
それでもイージスだけは、ブラックの傍を片時も離れることは無かった。
「いつからか、ホワイトの隣に立つことが怖くなった。その資格がないと思うようになった。思い返せば、それが悪循環になって力が弱まっていったんだろうね。」
ホワイトの才能が、怖くなった。
自分にはない、天賦の魔法の才。
隣にいたはずの友達が、手の届かないところにいるように思えていた。
「今、ホワイトと僕の間にはどれくらいの差があるんだろう。」
「姉さまは、ホワイトが勝てなかった敵を簡単に倒しました。」
「それは相性の問題だよ。魔法少女としてのレベルは、ブラックはホワイトに遠く及ばない。」
自分は5年も眠っていたのだ、と星夜は思う。
この5年間のホワイト達の成長ぶりは、目を見張るものがあった。自分にはそれがない。
「今回も、勝つことはできなかった。久々にホワイトと戦うことができたのに、ね。」
星夜に髪をなでられ、気持ちよさそうな顔をしながら菫はその言葉を静かに聞いている。
久々のホワイトの戦闘。ブラックにとってそれは特別のものだった。
(いつからか……練習でもホワイトは僕の相手をしてくれなくなった。)
ブラックの力が弱まる中、模擬戦での練習は徐々に無くなっていった。
実力差が、明白に現れるようになっていくとともに。
(いつだろうね……ブラックがホワイトに、最後に勝ったのは。)
ホワイトに再び対等な戦友として認めてもらいたいブラックにとって、その記憶が遠い過去のものであることが悔しくてならなかった。
(いずれ、僕はまた君に……。)
光を感じて、意識が覚醒する。
思考に耽る中、いつの間にか星夜は眠っていた。
頭を少し上げて時計を見るが、まだ登校時間には随分早い時間であった。
ゆっくりと体を起こすと、隣には同じ布団に入って未だ眠っている菫の姿があった。
無防備なその顔を撫でながら、星夜は今日のことを考える。
雪音に正体を明かして、初めての登校である。
時間が必要とは理解しつつも、最初が肝心であると考える。
しっかり気合を入れていこう、と決意すると、登校時間までの時間的余裕を睡眠に消費すべく、再び菫とともに布団に入った。




