軍人崩れ
銃を突き付けられた少女は、言葉を発することもできないまま動きを止めていた。
「さて……一体どこの人間かな。司法省か、魔法省か、あるいはまた別の立場か……。」
銃で脅しをかけるように、星夜は尋ねる。
だが、少女は沈黙したまま何の反応も見せなかった。
「司法省とは話がついた……。魔人、っていう線も考えにくい。別の組織もあるだろうけど、動機があるとすれば魔法省かな。私は少々やりすぎた、ここいらで罰を与えておいた方が良いってところかな。」
無言の少女の返答を待つでもなく、星夜は己の推測を述べる。
それが事実を突いていることに、少女は唾をのむ。
「その動揺は肯定とみなしていいかな。まあ、ちゃんと言葉で語って欲しいところだけど。」
「…………くっ!!」
沈黙を破るように、少女は素早く星夜の銃を払いのけると、振り向きざまに拳を打ち込もうとする。
だが、その行動を予期していない星夜でもなかった。
「それは判断が甘いかな。」
向かってくる拳を銃底で叩き落とすと、体勢を崩した少女に向け今度は容赦なく引き金を引いた。
威力は落としているものの、直撃を受けた少女は少し体を跳ね飛ばされ地面に突っ伏した。
意識はあるものの、身体を起こす力はもう少女に残っていなかった。
「狙撃主が敵に位置を悟られ、接近も許した。その時点で君の負けだ、巻き返せるなんて考えない方がいいよ。」
恨めし気に睨んでくる少女に対し、星夜は投げかける。いつものように、敵に対しても戦い方への指摘を述べていた。
だがその星夜の背後から、認識していなかった存在からの声がかけられた。
「その通り、お前の負けだよアイリ。潔く諦めて吐いちまえばいいのさ。」
不意を突かれた星夜は素早く振り返り、声の主に対し銃を向ける。
しかしその声の主が外見上決して強そうには見えない、だらしのない男であることに星夜は拍子抜けする。
その外観に違わぬように、銃を向けられた男は情けない声を上げる。
「おおっと!待った待った!こっちにゃあんたをどうこうする力はねえんだ、その物騒なのはしまってくれないか?」
両手を上げ、降参したとばかりに男は首を振る。
その姿を見て、確かに戦闘の意思は無いようだと星夜は判断する。
(武器は……腰にある剣くらいか。長くはないな、脇差くらいか。魔力も感じられない、戦意も感じない。)
「俺はどっちかって言うと、そいつを止めに来てるんだ。あんたと敵対する気は無い。」
とはいえ、男と少女の来ている黒い衣服には似通ったものがある。おそらくは同じ組織に属しているのだろう。
そう考えると、手放しに信用できるものでもなかった。
「あなた達は、何者ですか?」
歳上と思える相手に対し、一応の丁寧語をもって星夜は問いかける。
頑なに無言を貫いた少女……アイリと呼ばれた彼女の様子からすれば素直に回答が返ってくるとも思われなかったが、意外にも男はすんなりと正体を明かす。
「あんたの想像通り、魔法省の人間だよ。」
「おい!」
アイリが思わず声を上げるが、かまわず男は続けた。
「俺はロイ・ラグランジュ。そこで寝てるアイリと同じく、魔法省に所属している人間だ。」
「なんの目的で私を狙って?」
「それもあんたの推察通りさ。上の連中は、あんたが軽率にこちらの国に盾突いたことを快く思わなかった。そこで今後のために、一度あんたに軽く罰を与えておこうと考えたわけさ。」
べらべらと聞いたことを教えてくる相手に、星夜は拍子抜けする。
もちろん、星夜にとって有りがたいことではあるのだが。
「そんなことで、私が従順になるとでも考えたのですか?」
「俺は考えない、だが上の連中はそう考えた。絶対的な力の差を教えてやれば、歯向かうこともないだろうってね。まあ、ちょいと色々失敗したわけだがね。」
色々、という言葉には襲撃者の選定も含まれていたのであろう。
男は軽くアイリに視線を向けると、彼女は下を向いてしまった。
「ともかく作戦は失敗だ。こちらとしては、詫びの一つでも入れて撤退するしかあるまいよ。」
「謝罪だけではなく、確約が欲しいところです。これ以上、私達に手は出さないと。」
「それについては心配することは無い。もともと、本気であんたらに危害を加える気なんてないんだからな。まったく、意味のない作戦だ。面子ってのは面倒なもんで、気にしすぎると碌なことにはならない。」
心底呆れているように、ロイと名乗った男は吐き捨てた。
「……そういうことならとりあえずは信じましょう。ただ一つ言っておきますが、今後彼女たちに手を出すというのなら私は容赦しません。」
「ふっ、いいだろう。言葉はいくらか穏便に置き換えておくが、そう報告しておくさ。まあこちらにも戦力的な余裕はない、あんたみたいな戦力を切り捨てるわけにもいかないしな。」
「戦力的余裕?」
その言い方に、星夜は引っかかるところがあった。
星夜はまだ、魔人の男に代わる勢力の流入を知らされていない。
「なんだ、司法省の連中から聞かされていないのか。まあ、その妖精から伝えるのが順当な手はずではあるが……まあいい、この際説明しておくとしよう。」
そう言うと男はその場に腰を下ろした。
腰の刀は脇に置き、一切戦う意思は無いことを示した形である。
「さて、我が王国はその名の通り、国王が頂点に立つ政体を取っている。国王は代々世襲によりその地位が引き継がれているわけだが、10年前、世継ぎを作らぬまま国王が死んでしまった。」
単純に現状を説明するのではなく、その背景から語ろうとする男の言葉を星夜はしっかり聞くため、近づいて同じようにその場に腰をおろす。
「そのままでは次期国王は不在、当然王国の体制は破綻する。だが王家には初代国王と血縁を持つ家がいくつか存在していた。そのうち特に家格が高い2つの家が、次期国王を輩出する候補となった。」
「後継者争いですか。」
「そういうことだ。魔法省と軍が、それぞれ別の候補を推して争った。紆余曲折ののち、魔法省が推していた方が国王の座に就き、軍は敗れた。」
「武力を持つ側が敗れた、ということですか?」
「まあ色々な事情がある。年齢や性別もあるし、それに魔法ってのはうちの国じゃ相当に重要な存在だからな。まあ、俺には使えんのだがね。」
向こうの世界の住人だからと言って、無条件で魔法を使えるわけでもないのだろう。
それぞれに素質があり、特に男性の多くは魔法を使えないとのことだった。
「魔法省が勝ち、軍が負けた結果、少々露骨な組織再編が行われてな。軍からは大量の離職者が生まれたってわけだ。そういう連中がなおも再起を狙っていろんなところに潜み、悪だくみをしてるのさ。」
「となると、相手はプロですか。」
「その通り。厄介な連中がこの世界に入って来ちまった。それに対応するためにも、現地の魔法少女の引き締めを図ろうと思っていたのが今回の作戦の背景だ。」
星夜たちが今まで戦ってきたのは、意思を持たぬ魔獣や、小規模で統率されていない魔人達だ。
だが男の話すところを信じるならば、これまでの相手とは一線を画す存在が現れたことになる。
「状況は分かりました。ですが、そういう話であれば私たちはあまり関わりたくはないですね。」
じっくりと説明を聞いた星夜は、冷たく吐き捨てた。
その様子にさして驚くこともなく、男は理由を問いかける。
「へえ、危険な連中であることは確かだが。」
「こっちの世界に害を為す魔獣狩りや、ならず者の魔人への対処であれば私たちは積極的にやりましょう。それは私たちにとって意味のある事です。ですが、そちらの国の政治犯なんて私たちにとってどうでもいい話です。」
「我々の国の事情を、そちらに持ち込むなってわけか。まあ正論だな。だが、そうも言ってられんだろう。奴らはこの世界で何かをするつもりだ。誰かを傷つける可能性は高い。それをあんたは見過ごすつもりかい?」
その言葉に、星夜は返答に窮した。
星夜自身、己にそれほどの正義感が備わっているとは考えていない。だが、ホワイト達はどうか。
一般人が傷つけられているのを見たら、彼女たちはどう動くか。
それは自明だ。必ず彼女たちは助けに入る。
そうなれば、必然的に彼女たちはその軍人崩れたちと敵対することになる。その時星夜はどうするのか。
沈黙した星夜であったが、男は追撃することもなく別の質問を提供した。
「あんたも魔法省から金をもらって生活しているはずだ。思うところはあるだろうが、こればかりはしょうがない。給料分の働きはしなきゃあ食っていけんだろう?」
星夜たちは、なにも無償で魔法少女をやっているわけではない。
現役として活動していた時はもちろん、引退していたこの5年間もどこからか金が振り込まれていた。
今にして思えばそれは魔法省の善意というよりは、懐柔を狙ってのものであったのだろうか。
「今ほど、未成年であることを悔やんだことは無いかもしれませんね。」
「サラリーマンのつらいところだな、俺も同じだ。それはさておき、そう無理難題をふっかけられることもないだろうよ。これ以上は、俺からは言えんがね。」
そう言うと男は腰を上げ、話を切り上げる意思を表した。
男を見上げ、星夜は言う。
「ずいぶんおしゃべりな人ですね、あなたは。」
「口が軽いってよく注意されるよ。」
「その通りだ!べらべらと好き勝手に……。」
今まで脱力したまま黙っていた少女も声を上げる。彼女からすれば、ここまで自分たちの背景を知られてしまうことはとんだ失態なのだろう。
「しょうがねえだろ、負けたんだから。俺が勝てるわけもなし。」
「く……それはそうだが……。」
肩をすくめて言う男に、少女は返す言葉が無かった。
魔法もろくに使えないこの男が星夜に対抗できるなどとは露とも思っていないのだろう。
「で、どうだい?勝利の対価としてはこんなところで満足してくれるかね?」
「……まあ、いいでしょう。」
必要な情報は得られた。あるいは星夜の期待以上の情報であったと言ってもいい。
「そうかい。じゃあ悪いが、俺たちはここで失礼させてもらうよ。」
そう言うと男は倒れている少女を担ぎ上げると、少女の抵抗する声も聞き流しながらその場を後にしようとする。
だがそこでいったん足を止め、男は振り返って声をかける。
「ああそうだ。ひとつ忠告しておくと、その目は少し隠した方がいい。」
「はい?」
「じゃあな。」
そう言うと今度こそ男たちは去って行ってしまった。
それを見送った星夜は、クロに問いかける。
「クロ、あれは何者なんだ?」
「魔法省の、対魔法使いに特化した特殊部隊だな。ずいぶんと若い女だったが。」
すんなりと少女の所属を明かすクロだったが、星夜はその返答には満足しなかった。
「いや、男の方。」
「魔法も使えない、戦闘員でもない雑用……に見えるだろうな。」
うだつの上がらない、力もなさそうな男。
見た目からすればそうだった。だが星夜には引っかかるところがあった。
「気配に全然気付けなかった。刀を抜かれていたら、僕は……。」
声をかけられる瞬間まで、星夜はその男を認知できなかった。
もしあの時、奇襲を仕掛けられていたらどうなったか。
「あの少女と男、どっちがプロだと思う、クロ?」
「情報を教えられるのは、どこまで教えていい情報であるのかを判断できる人間だ。」
「歳の功とも言えるだろうけど、どうにも引っかかるね……。連中にプランBがあったとすれば、それに沿ったものなんだろうか。」
作戦失敗時の代替案。
普通は準備されているであろうものだ。そうであれば、先ほどの会話にそれが含まれていたのであろうか。
(明言はしなかったとはいえ、軍人崩れと戦うことを半ば認めさせられてしまった……そう考えると向こうの目的は達成されたのだろうか。)
話に聞いた軍人崩れたちについて、我関せずという態度は貫くわけにもいかなくなってしまった。
もっともそれは、遅かれ早かれ雪音たちへの協力という形で現実のものとなっていたのではあろうが。
(気に入らないな……全部向こうの世界に引きずられるがまま、か。)
ひとしきり思考した星夜は、周囲に怪しい気配が存在しないことを確認すると、一路自宅を目指して歩き出した。




