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空白地帯

 星夜達が立ち去った後、ユリウスとレオナは2人話し合っていた。


「結果として、彼女たちに我が国に対して不信感を抱かせることになってしまいました。申し訳ありません。」


 レオナが謝罪する。


「あの男を逮捕した、それは大きな成果だった。だが野良の魔人に固執したことが失敗だったな。」

「はい。」

「……魔人という制御できない力を、我が国が危険視していることは確かだ。今回の君の行動も、あくまでそれに則ったものではあった。まあ、こちらの世界の野良にまで手を伸ばすというのは筋が通らないことではあるが。」

「申し訳ありません。」


 素直にレオナは答える。

 晴香達にまで手を出したことが誤りであったと認めていた。


「なに、君を批判しているわけではない。私は国を批判しているだけだ。」

「……そのような言い方は、お控えになった方がよろしいかと。」


 周囲を念のため見回しながら、レオナが諫める。

 その様子にユリウスは軽く笑みを浮かべると、また真面目な表情に戻り言葉を続けた。


「それはともかく……実は状況はよろしくない。」

「と、いいますと?」

「この世界はいい狩場だ。魔法の文明が非発達にもかかわらず、住民の魔法への親和性は低くない。野良の魔人が生まれる程度には、この世界は魔力の収集に適している。」

「魔獣の自然発生もあるくらいですからね。」

「あの男が魔力を集めて何を為そうとしていたのかは、今後の取り調べで聞くとして……奴らがいなくなったことによってこの世界に空白地帯が生まれた。本来であれば、我々が制圧しておく流れであったのだが……。」


 渋い顔をしてユリウスは語る。

 どうやら思惑通りに事は運ばなかったらしい。


「敵の動きが予想以上に早かった。いや、敵が我らの想定より上質であったと言うべきか。」

「まさか、彼らが?」

「旧軍の連中が、すでに相当数なだれ込んでいる。元から目を付けていて、なおかつこちらの情報もどこからか仕入れていたのだろうな。」

「やくざ者ではない、ということですか。非魔法文明ということで重視もされていませんでしたから、こちらの数も足りなかったですね。」


 旧軍、という言葉からして元軍人の、それもまとまった数の集団が星夜たちの世界に入り込んできたのだろう。

 

「それにしても、すごい執念ですね。陛下が即位なされてからすでに10年になろうというのに、まだ諦めていないとは。」

「10年経ったからこそ動きが活発になっているのだ。ビシュー家の姫様も十分に分別の付く年になられた。彼らもいきり立っているのだろう。」

「本来王位継承権としてはビシュー家の方が家格は上、彼らの思いも分からないではありませんが……。ともかく、逮捕したあの男よりも、活動は活発になりましょうな。」

「だからこそ、野良の魔人などにもはや構っている暇はないのさ。現地の魔法少女たちと事を構えて遊んでいる余裕もない。」


 星夜たちとの和解の裏側について、ユリウスはレオナに話す。

 彼女らにも事情があったからこそ、星夜たちに一方的に詫びを入れて事を収めたわけである。


「魔法省はどうしていますか?」

「我らが魔法少女たちに近づくことを快くは思っていない。君……いや、我ら司法省が彼女たちを利用したことについても苦言を呈している。」


 ホワイトたちを利用した主語をレオナと表現しようとしたのを訂正し、ユリウスはあくまで司法省の意思のもとで行われた行為と表現した。

 レオナの立場、ひいてはユリウスたちの立場を守るためのものでもあった。


「魔法省は魔法少女たちの管理を強化しようとしている。現状は妖精による緩やかな管理であるが、より直接的な指示を与える方針らしい。」

「こんな辺境世界に、よくそんなことをするリソースがあるものですね。」


 先ほどレオナも言ったように、星夜たちのこの世界はあくまで辺境の世界だ。

 ユリウスたち魔法の本国からして、魔法文明もないこの世界はさほど重視されている世界ではない。


 無数に存在する異世界に対して、いちいち魔法省が深く干渉していけるほど魔法省のリソースは潤沢ではないということのようであった。

 だからこそ、魔人の流入や魔獣の発生に対しては、現地の魔法少女に一任する方針を取っていたというわけでもある。


「旧軍の流入はひとつのトリガーだな。これでこの世界は無視できる存在ではなくなったということだ。」

「魔力を収集し、彼らが何をしようとしているのか……情報を集める必要がありますね。」


 魔力の収集……個人では用意できない量の魔力を用いて、より高位の魔法を発動させる手段として行われることが一般的である。

 だが、ユリウスたちは腑に落ちないところがある。


「高位魔法発動などという近視眼的な行為にどれほどの意味があるのか。例えこの世界で収集したとしても、本国の魔法戦力からすれば恐れるに足るものでもない。自衛や短期的なかく乱には役立つだろうが……。」

「戦略的な目的が見出せませんね。」

「そして彼女らは戦略不在の手段を取るほどの無能集団ではない。」

「起死回生の大禁術……そのようなものがあるならば話は別ですが。」


 ユリウスの頭にいくつかの可能性が浮かび上がる。

 だがそのいずれもが、空想レベルのむちゃくちゃな魔法であった。


「いっそ時間でも巻き戻せれば逆転できるのかもしれないがな。」

「理論上、この世に存在するすべての魔力を使用しなければそれは不可能です。この世界の魔力では、その片鱗すらつかめないでしょう。」

「ああ、ただの冗談だ。ともかく、情報が無ければ話にならない。奴らの行動を監視、可能であれば原住民襲撃の子細を観察。」

「襲撃の妨害は?」


 その問いに、ユリウスは意外にも冷酷に回答する。


「無用だ。今は泳がせて動きを見る。……それに、奴らと戦うには戦力不足だ。」

「魔法少女たちは動くかもしれません。」

「……魔法での殺害は非効率的だが、もし彼女たちに命の危険がある場合は介入もやむなしだな。」

「ほう、彼女たちに思うところはあるのですね。」

「まあ、理屈ではなく好き嫌いの話だがな。あの少女……ブラックには見るべきところがある。」


 魔法少女たちのうちでも、特にブラックの名を挙げる。

 ブラックが聞けば、自分よりもホワイトの方が特別な存在であると述べたであろう。


「確かに彼女の戦闘センスは格別です。……事実、私も敗れました。とはいえ、魔法のセンスはそれほどの物ではないように思えますが。」

「彼女は高位魔法は使わない……いや、使えないのだろう。聞けば5年前に一度魔法少女も引退しているようであるし、使用している魔法はいずれも初級レベルのものだ。」


 飛び、加速し、撃つ。

 ブラックの使用する魔法は結局それしかない。


 一方ホワイト達は多彩な魔法を使用している。

 攻撃にしても、自律追尾式の強力な魔法弾も使用し、広範囲を一気に制圧する魔法も、高威力の収束魔法も使用できる。


 それと比較すれば、確かにブラックの魔法は貧弱とも言えた。


「ゆえに、魔法省はブラックのことを重視はしないだろう。だが、どうもただ者ではないように思えるのさ。」

「……あの強さは、本物です。魔法少女たちのうちで、いずれと戦うのが難しいかと言えばやはりブラックになるでしょう。」

「研ぎ澄まされた単純魔法、的確な戦術選択。だが、それだけではないかもしれない。」

「と、言いますと?」

「君が捕まえた男、尋問に対してほとんど何も吐くことは無いが、一つ気になる情報が得られた。」


 レオナが倒し、司法省が身柄を抑えている魔人の男に言及する。

 男は司法省の尋問にあってもほとんど情報を出していないようであり、結局男がまとめていた魔人の集団の行方などは不明のままだ。


「奴がブラックに会った時のことだ。奴がグレーに対して致死性の魔法を使おうとした際、それまで静観していたブラックが奴に銃を向けたらしい。」

「致死性魔法ですか。ブラックはよくそれに気づきましたね。」

「ああ、そこが要点だ。発動する魔法の種類を、瞬時に読み取れたのはなぜか。ブラックは致死性魔法の使用を看破していたようだ。」

「……使用者の立ち振る舞い、口ぶりなどからある程度の推測は可能ですが……。」


 あの時、男がグレーを殺そうとしていることをブラックは見破った。

 そして男はブラックを普通ではないと表現した。危険な素質であると。


 ブラックが意識していない、己の特殊性がここに存在している。

 その素質を、ユリウスたちも知りつつあった。

 それをユリウスがレオナに明かそうとした際、2人のいる部屋に入室するものがあった。


「お話のところ失礼します。至急の情報が入ってきましたもので。」


 そう言って司法省の職員が、ユリウスに一枚の紙を渡す。

 それを読んだユリウスが、口元を綻ばせる。


「なにか?」

「いや、ちょうど良いと思ってな。読んでみなさい。」


 そう言ってユリウスはレオナにもその紙を渡す。

 だがそれを読んだレオナの反応は、ユリウスとは対照的に焦りを含んだものであった。


「魔法省の特殊部隊のメンバーが、残存する魔人及びそれを保護するブラックの襲撃を企てている……!?これは!?」

「面白いタレコミだな。まあ、魔法省としても飼い犬に手を噛まれたままでは面白くないのだろう。それほど徹底的にやるつもりもないのだろうが、軽くお仕置きはしておかねば面子が立たぬと言ったところか。」

「こんな状況で……一刻も早くブラック達に知らせなければ。」


 慌てた様子で部屋を出ようとするレオナ。

 一戦交えたことによって、今までの態度とは打って変わって魔法少女たちに対する思い入れが強まっているようでもあった。

 だがそんなレオナを、ユリウスは静止する。


「その儀には及ばない。」

「はっ??ですがこれに書かれていることが事実であれば、送り込まれているのは魔法使いを相手にすることに長けた隠密部隊です。いくらブラックとはいえ、気配を遮断した敵に奇襲を受ければ……。」

「別に命を取られるわけではない。それに、これはいい機会だ。ブラックの素質の正体を確かめるためのな。」




「……目標は他の魔法少女たちとは別れ、単独で帰宅中。あと5分もすれば、あの交差点に到達する。」


 黒い衣服に身を包んだ少女が、銃のスコープを覗き込んでいる。

 ビルの屋上に身を潜め、ターゲットの到着を待っていた。


「にしても、本当にやるのかぁ?あんまり意味のある作戦じゃないと思うがねえ。」


 その少女に、気の抜けた調子で話しかけるのは、30代くらいの男である。

 少女とは対照的に気の抜けた様子で、武器を構える様子もなく呆れ気味に煙草をふかしていた。


「あなたは黙っていてください、上の決めた作戦です。」

「魔法の才能は認めるがよ、たまには年上のお兄さんの忠告にも耳を傾けた方がいいと思うがね。」

「そういう言葉は給料分の仕事をするようになってから口にしてください。だいたい、こちらは魔法で気配を遮断しているんです。あなたがいると邪魔です。どこか離れた場所で待機していてください。」


 魔法使いの対処に長けた隠密部隊。

 自らの気配を極限まで遮断し、視界に入ったとしても認識できなくする技術を持った部隊である。


 まだ若いながらも、その少女は素質に長けていた。


「ちっ、何を言っても無駄かぁ……。はいはい、戦闘員でもない俺はどこかで隠れて様子を伺っておくとするよ。せいぜいヘマはしないようにな。」


 説得を諦め、男は手を振りながらその場を後にする。

 その後ろ姿をため息とともに見送りながら、少女は気を引き締める。

 もうすぐ、ターゲットが来る時間だ。


(向こうはこちらを認識できない。完全な奇襲……落ち着いて訓練通りにやれば失敗することは無い……。)





「……ちょっと遅くなったかな。」


 襲撃者の存在も知らず、星夜は雪音たちと別れ帰路についていた。

 晴香も家で待っているはずだ。自然と、その足は急ぎ気味になる。


「なかなか、理解はしてくれなかったな……。簡単な話じゃないな。」


 雪音たちに正体を打ち明け、事情は理解してもらえたものの、結局雪音との間には何とも言えない壁が出来てしまったように感じていた。

 しょうがないことであると理解はしているが、これからのことを考えると少し気が重くなっていた。


「とりあえずは学校でどんな顔をして会えばいいものかな。」


 やや憂鬱な気分を抱きながら、星夜は交差点に差し掛かろうとしていた。

 そこに待ち受ける存在も知らぬまま……。





 再び屋上の少女。

 腕時計をちらりと確認し、偵察班からの情報と付き合わせてブラックの到着を待つ。


(もう……いつ来てもおかしくない。)


 念のため、周囲の道路にも目を向ける。

 ブラックが通行する可能性のあるルートはいずれも視認可能な位置にある。


(ブラック……13位を倒したという実力。でもそれは真正面から戦ってのこと。こうして気配を消した相手からの攻撃には、一切無力。)


 スコープを覗き込み、心を落ち着かせる。

 目標が現れた際に、決して外さないように。

 息を殺し、絶対に存在を認知されないように遮断魔法を強化する。



 もう……少し。



「随分と物騒なものを構えているね。」


 突如かけられた声に驚き、少女は後ろを振り向こうとする。

 だが自身に突き付けられた銃口に、その動きを止められた。


「魔法少女……でもない様子かな。その出で立ち、素人じゃないよね。」


 想定外の事態に、少女は声を出せない。心臓が激しく脈打ち、冷や汗が顔を伝う。


「不思議な魔力だね……掴みどころのない、見たことがない感じだ。それでもこの世界じゃ目立つからね。」





「聞いたことは無いか?ごく稀に、魔力が見える人間がいると。」


 ユリウスとレオナの会話は続いていた。

 襲撃者の存在をブラックに告げないことにレオナは納得がいかない様子であるが、ユリウスはその理由を説明する。


「100万人に1人とも言われる、希少な素質だと耳にしたことがあります。……まさかブラックが?」

「どこまではっきりと知覚できているのかは不明だが……。」


 その言葉に、レオナはブラックの戦闘を思い返す。

 戦闘センス、という言葉だけでは説明しきれないものがあったのも事実であった。


「ブラックには、魔力が見えている。」

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