ようやくの進展
「えっと……もう一度ちゃんと説明してくれるかな?」
路上でひとしきりの騒ぎを終えたのち、星夜たちはファミレスに入店を終えていた。
今度は向かい合う形で星夜と雪音は腰掛けており、星夜の右隣には菫が陣取っていた。
魔法少女たちだけで話をしたいとのことで、妖精たちは姿は消していた。
また、先にファミレスで待っていたグレーは先ほどの星夜の自己紹介を聞いてはいなかったため、状況把握ができていないようである。
「魔法少女ブラック、つまり僕は君のクラスメイトの星夜、ってことだよ。」
その言葉を雪音は頭の中で反芻する。
確かに星夜のことをブラックに似ていると感じていたことも有り、両者を頭の中で一致させるのはそう難しいことでもなかった。
だが、様々な状況が雪音の理解を阻害していた。
「星夜……うん、でも星夜は。」
星夜は男子生徒のはずである。
制服はズボンをはいているし、ちゃんと男子生徒として通学している。
だが今雪音の目の前にいるブラック、自称星夜はどう見ても女の子にしか見えていなかった。
確かに髪型は変わって普段の星夜と同じようになっており、着ているジャケットもワンピースもどちらかというと格好良さめな系統であるといっても、完全に女性の装いである。
(ちゃんと胸もあるし……。)
ちらっと雪音は視線を向けるが、大きくないとはいえ女性のふくらみも存在している。もちろんそれは偽物であるのだが。
「あ、そういうことか。」
しばらく思案した雪音が、結論に行きつく。
そうしてようやく星夜に向き合う。
「そっか、星夜がブラックだったんだね。ずっと近くにいたのに、全然気づけなかった……。」
「うん、ごめん。ほんとは君たちには気付いてたんだけど、なかなか明かすこともできなくて。」
「ほんとはすぐに教えて欲しかったな。あの格好だとやっぱり気付くのは難しいよ。」
雪音の記憶の中のブラックと、男子制服を着た星夜とが同一人物であると気付くのはやはり難しかった。
似ているとは思いつつも、両者を重ねることは無かったのだ。
「でもどうして、星夜はそんな恰好で過ごしてるの?」
そうしていよいよ、大きな疑問について問いかける。
星夜が性別に合致しない装いをしていることについてだ。
「それはまあ……趣味、って言うと変な取られ方をされるのかもしれないけど……。そういう恰好がしたいというか……、でも性別を変えたいとかでもなくて、その。」
予想はしていても、星夜は回答には窮した。
羞恥心が、星夜の答えを阻害していた。
ホワイト達と同じ存在でありたい。
それが全ての根本である。だがそれをはっきり口にすることは星夜には恥ずかしく、明言はできなかった。
「確かにブラック……というか星夜は、そういう感じはあるけど……。なかなか気付かなかったし、完成度は高いんだろうけど。」
やや否定的な言葉に、星夜はドキリとする。
確かに女装していることは、良く思われないのかもしれない。
(理解して欲しい、というのは僕の我が侭だろうな。それに碌に説明もしていないわけだし、それで理解を求めるのは傲慢ってところか。)
「性別を変えたいってわけでもないんだよね?」
「まあ、そうだね。」
「星夜がそういう恰好したい、というなら私が止める話でもないけど……私は本来の星夜の恰好が好きだな。なんだかんだで一番しっくりくるし。」
「そっか……そうだよね。ごめん、そりゃ嫌だよね……。」
予想はしていたとしてもいくらか悲しくはなる。そのまま雪音のことを見てはいられず、星夜は目を伏せる。
そんな様子の星夜に対して、左隣に座って会話を聞いていた美空が耳打ちする。
「星夜さん。」
「……ん?」
「たぶん……誤解してますよ。」
そう口にする美空は、少し困ったような笑みを浮かべている。
「誤解?」
「はっきり言わない星夜さんも悪いです。まあ、見ていておもしろいですし構わないのですが……。」
「と、いうと?」
そうすると美空は雪音の方を向き、その誤解とやらを解消しにかかる。
「雪音、まだ誤解してますよ?」
「え、誤解……?星夜のことで?」
雪音は何のことかわからない、とぽかんとしている。
「そうです。星夜さんは普段、どういう恰好をしていますか?」
「どういう恰好って、そりゃ……。」
雪音は星夜の方を見て言葉を続ける。
「男装してるよね、学校だと。」
それを聞いて、星夜は理解した。と同時に、美空に正体がバレたときの会話も思い出す。
あの時も確か、最初は男装趣味と誤解されていた。
それを理解したうえで、これまでの会話を思い出す。
否定されていたのは女装趣味ではない、それとは逆の男装趣味であった。
(それは趣味じゃなく、普通の恰好だ。)
そうして雪音にとって一番しっくりくるのが、今のような女装した格好であるということだった。
「それが誤解なんですよ、雪音。」
「どういうこと?」
美空がちらりと星夜に視線を向ける。
自分で言ってください、とのことだろう。
「雪音、あのさ。」
「うん。」
「僕は男装なんてしてないよ。その、今の恰好こそが普通じゃないんだ。」
「……うん?」
雪音が大きく首をかしげる。
羞恥心を振り払い、星夜ははっきりと説明する。
「つまり今僕は女装していて、僕は男なんだよ。」
「……え。」
呆気にとられる雪音。
一方その隣にいる朱夏は案外理解が早く、最初から理解していたのか首を何度か頷かせている。
「それって……えっ!」
星夜の言葉を時間を使って理解する雪音。
ようやく理解が進んだ時、先ほど星夜の自己紹介を受けた時のように、声を上げるため息を大きく吸い込む。
「はい雪音、叫ばない。ここファミレスだから。」
だがその口を、朱夏が手でふさぐ。
予想済みの行動であったらしい。さすが長く付き合ってきただけのことは有る。
「むぐぐ。」
その朱夏の手を、分かったと言わんばかりに雪音は叩く。
そうして朱夏の手から雪音は解放された。
「はあ……それで、どういうこと?」
「僕は女装趣味の男だ。」
ためらいを捨て、星夜は完全に直球の表現をする。
そうすることで、話を進めて互いの理解を得たいと考えていた。
「え、いや……はは、それは無理があるって……だってそんなに。」
雪音は上下に視線を動かして星夜を眺めながらそう言う。
「星夜さんの言うことは本当です。実は私は、少し前に星夜さんがブラックであることを知ったのですが。」
「ええ!!!」
その言葉に雪音は声を荒げる。
今度は朱夏も予測できず、雪音の声はファミレス店内に響いてしまった。
訝し気な周囲の視線をやや気にしながら、雪音が美空を問い詰める。
「どういうこと?なんで美空は先に知ってたの?」
「星夜さんが魔人に襲われた時に……少し気になることがあったので。」
その時のことを、雪音は必死に思い返す。
そういえば最終的に、星夜のことは美空に任せていた。
「なんで……私には言わずに……。いや、なんで私は気付かずに美空だけ……。」
美空が勘がいいことは雪音は理解している。
それでもブラックのことを強く思っていた雪音にとって、自分より先に美空がブラックの正体に気付いていたことにショックを受ける。
「私は星夜さんの近くにいたので、星夜さんの呟きを聞くことができました。それだけのことです。たまたま、星夜さんがボロを出したのを聞いただけです。ただ、それを雪音に教えなかったのは、勝手ですが衝撃的な事実であったので、私も星夜さんもそれを切り出せず……。」
「そりゃ分かるけど……ていうか、星夜が……ブラックが男って、その……本当なの?全然信じられないんだけど。」
じっくり星夜の姿を観察しながらも、まだ雪音は納得はしていない。
「本当だよ……こんな恰好をしておいて言うのもなんだけど。」
絡みつくような雪音の視線に、星夜は羞恥心を感じてもじもじとしながらそう答える。
「その胸も、ちゃんと偽物ですよ。」
「うぇ!?」
ちょうど雪音の視線が星夜の胸に行っているタイミングで美空が教える。
スケベな視線を指摘された男子のような反応を雪音はしてしまう。
「……確認したの?」
雪音は美空に問いかける。偽物であることを、ちゃんと確認したということなのかを問いかけている。
やや非難するような口調であった。
「はい、しっかり見ましたよ。」
「その……なにも付けてない状態を?」
「当然です。」
雪音はそう口にしながら、やや顔を赤くしている。美空が星夜の胸を確認しているさまを、想像してのことだろう。
「そんな……私より先に見てるなんて……。」
「えっと、雪音?」
違う方向の文句を口にしだした雪音に、星夜は困惑する。
「いい加減、認めたらどうなんですか?姉さまの性別、あなたにとってそんなに大きいことですか?」
会話を黙って聞いていた菫が、星夜の腕を抱いて身を寄せながら挑発的に言う。
右腕に感じる感触は、星夜はひとまず無視をする。
「うう……衝撃的過ぎて……。」
「まあ別に、あなたが受け入れないとして私はそれでも一向に構わないですけどね。」
そう言って雪音に見せつけるように、さらに菫は身体を星夜に密着させる。
かなり煽るような目を雪音に向けている。
その挑発に応じるように、雪音は観念する。
「分かった……うん。星夜の言うこと、信じる。」
「雪音……ありがとう。」
「ブラックは男の子だった……そうなんだ……。」
口にすることで、雪音は事実を咀嚼する。
「……ということは。」
雪音は今までのブラックとの思い出を頭の中に思い浮かべる。
むろん、不健全な付き合いはしていなかったが、それでも結構身体を触ってのコミュニケーションは多かったことを思い出す。
そしてそれらが、雪音の方からの行為であったことも。
「あ……あぁー!」
色々と思い出し、雪音は顔を真っ赤にする。
ブラックに抱き着いたことは数えきれないほどあった。
「ま、まあでも……小学生の頃の話だからそれくらい……うん。」
そう言って自分を落ち着かせる。
そうして星夜の方を見ると、今度は菫の行為に意識が向いた。
「イージス、その!くっつきすぎだよ!」
「これくらい、私と姉さまなら普通だ。」
菫は逆に、さらに星夜に体を押し付ける。
右腕だけではなく、右半身全体に感じる感触を星夜はまだ無視をしている。
「星夜もちゃんと言って!駄目だって!」
身を乗り出して、雪音は主張する。
確かに星夜も菫との距離は近いとは理解しているが、それでも振りほどけるものでもなかった。
「お客様。」
騒がしさを増す星夜たちのテーブルに、とうとう店員がやってきた。
「ご注文、お決まりでしょうか?」
星夜は内心、助かったような気もした。
これ幸いと、遅れながら全員分のドリンクバーを注文したのであった。
まだ事実を明かしただけの段階である。
話すべきことは、無数にあった。