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何のために

「ブラック……少しいいか?」


 話が終わった後、星夜だけがユリウスに呼び止められた。

 雪音達抜きで、星夜とだけ話がしたいとの誘いあった。


「5分もかからない、少しだけだ。」

「……じゃあ、私たちは外で待ってるね。」

「すまない、すぐに済む。」


 不満げではあったが、雪音達はそう言ってその場を後にする。

 美空が心配げに見てはいたが、その場には星夜とユリウス、レオナの3人と、妖精たるクロだけが残された。


「何ですか?」

「レオナは君を同類と呼んでいる。不服かもしれないが、彼女の勘はよく当たる。」


 同類……それは星夜も感じていたことではあった。

 そこでレオナが口を開く。


「私の願いは、強い敵に出会うことだ。それを求めて、私は魔法使いになった。無論、法に従って秩序を守ることに身を捧げる思いも偽りではない。むしろ普段はその思いの方が強い……だが、根本にあるのは強敵の渇望だ。」


 だからこそ、星夜との戦闘では戦闘力が如実に上昇したのかと星夜は得心する。

 己を強敵と認めてくれたらしいことも、星夜には嬉しく思えた。


「なるほど、それで私が同類というわけですか。」

「お前の願いがどのようなものか、おおよそ理解できる。お前が何を求めているのか……。」

「……よく分かるものですね。私自身、今までずっと理解していなかったというのに。他人であるあなたが、いやむしろ他人であればこそ分かるものなんですかね。」


 星夜は自分の願いを長い間誤解していた。それに気づいたのは、ホワイトと戦い、敗れた時だった。


「いや、同類であればこそだ。そういう願いを持つ人間もいる、ということを知っていることも大きい。まあ確かに、自分のことを理解するのは案外難しいのは事実だ。自分の感情を正しく理解し説明できる人間などそうそう居ないだろうしな。」

「なるほど、そういうものですか。それで、話とはその願いの確認でしたか?」


 わざわざ呼び止めての話がそんなもの、とは星夜は思っていなかった。

 おそらくは別の、話しにくい要件でもあるのだろう。


「君は戦いを求めている……のだと思う。君の願いは戦いそのものへの渇望だ。だが、それは少々厄介でな……レオナもそうだが、戦いそのものを目的としてしまっている魔法使いというのは、魔法省からすれば厄介な存在なんだ。」

「……意志無き力は、危ういですね。」

「そういうことだ。魔法使いは願いによって力を得る、だからこそ何のためにその力を行使するのかが分かりやすい。魔法省は非公開ながら、魔法使いの願いの情報を収集している。君たちの世界の魔法少女の情報も、妖精から伝えられていることだろう。魔法省は願いを知ることで、魔法の力を管理している。」


 妖精からの情報収集、その言葉に星夜はクロを見る。クロは頷くことは無いが、沈黙によってそれを肯定していた。


 秩序にとって危険な願いを持つ魔法使いは、その存在を直ちに知ることができる。願いの情報を管理しておけば、危険な存在をあらかじめ察知することが可能というわけである。


「だが、君のような魔法少女はイレギュラーだ。どこに向いている力なのか分からない。何を為そうとするのかも分からない。魔法省はまだ動いてはいないが、君の存在を良くは思わないだろう。」

「それは、私の力が取るに足らないものでしかないからですか?」

「その通りだ。いや、その通りだった、と言うべきだろうか。君がかつて魔法少女をやめた時、その力は取るに足らないものでしかなかった。さらに魔法少女をやめた以上、魔法省の関心は君からは離れていった。」


(僕は案外危険分子だったのだろうか?もしかして、だからこそクロは……。)


 かつて力を失っていった星夜。引退を進めたクロ。その真意を星夜はあらためて考え始めていた。


「だが再び魔法少女として復活した君の戦力は、到底無視できないほどにまで回復した。魔法省は、君のことを注意深く観察し始めるだろう。」

「その事態を作ったのは、お前たち司法省の暴走ではないのか?お前たちが直接的に介入し、さらには無関係の人間にまで危害を加えようとしなければブラックが戦う必要はなかった。」


 そこでクロが初めて口を開く。星夜に魔法少女への復帰を求めたのはクロであったが、それは星夜が身を守る手段がそれしかなかったからである。

 戦う力が無ければ、そこにいるレオナによって星夜は被害を被っていたに違いない。


「この状況を作ったのは我々に落ち度がある。……魔法省の言う”過激派”という表現はかなり誇張されたものではあるが、強く否定できるものでもない。私が筆頭局長を務める統合捜査局がかなり強権的な組織であるのは確かだ。治安維持のためとはいえ、取り締まりが苛烈と表現されることもある。」

「……やはり、私はあなた達をまだ信用するわけにはいかない。」


 強権的な組織が、また別の魔法省という組織と覇権を争っている。

 それに巻き込まれ、どちらかの陣営に引き込まれるのは望ましくないだろう。


 あるいはあの魔人の男は、そういった下らない争いに対しての失望も抱いていたのであろうか。


「信用しろ、とは言わない。詫びを兼ねての忠告だ。」


 そう言ってユリウスは星夜に近寄ってささやく。


「君はその力を何のために使う?」


 それこそが本題なのだろう。真剣な目で星夜のことを見つめていた。


「私が今望んでいるものはただ一つ、私の友人たちの平穏と幸福ですよ。」

「そのために戦うと?」

「なにが本意です?」


 何を探られているのか。やや不愉快そうに星夜は問いただす。


「例えば、彼女たちの平穏を、魔法省や我ら司法省が脅かすとしたら、君はどうする?」


 その力が危険か否か。

 魔法少女ブラックの力がどこに向かうものであるのか、それを探ろうとしているのだろう。


 ごまかす手もある。何より星夜はまだユリウスたちを信用していない、そんな相手に本心を告げる必要はない。

 だが、星夜はそうはしなかった。ここではっきりと宣言しておこうと考えた。


「無論、戦いますよ。」


 その言葉に、ユリウスもレオナも「そうか」といって納得したような様子であった。


「その行為が、不正義であったとしても?誰かに害を為すものであったとしても?」

「私が守りたいもの、私に守れるものは数少ない友人たちの幸せだけです。もしそれを守るために、誰かが悪にならなければならないとしたら……誰かが傷つかなければいけないとしたら……。」


 戦いを無くしたい。平穏を守りたい。そんな願いでは戦えない状況になったとしたら。


「それを為すべきなのは、彼女たちじゃない。戦えるのは、彼女たちじゃない。」


 どのような相手であろうと、どのような絶対的正義に反することになろうとも。

 そこに戦いがある限り、魔法少女ブラックは全力で戦うことができる。


 雪音たちは星夜にとって全てだ。彼女たちがいるからこそ、星夜の人生に意味が見出されていると言ってもよい。

 それがようやく取り戻されてきた。星夜の世界に、再び熱気が戻ってきた。


 星夜は助けられたのだ、雪音たちに。

 ただ空虚に生きてきた自分を、再び救い上げてくれた。


 助けられている、と思っている。そして助けてもらおうと思っている。

 これから先の生活で、星夜は雪音たちにとことん助けてもらうつもりでいる。


 だからこそ。


「私しか彼女たちを助けられない時には……私が絶対に彼女たちを助けるつもりです。」


 その宣言を聞いて、ユリウスは口元を歪ませる。


「威嚇というわけか、面白い。異世界の魔法少女という存在は、魔法省にしても司法省にしても警戒の対象ではある。こちらの世界から手が出される可能性もある、たとえ美しく善良な願いを持っていたとしてもだ。」

「そんなことは、私が許しません。」

「ああ、それでいい。うかつに手を出せない理由が一つ出来た。良いことを教えてあげよう。君は確かに魔法省が特に警戒する対象ではある、だが今の君はそうやすやすと手を出せる存在ではなくなった。君はレオナを倒した、その事実は、魔法省に君を刺激しない選択肢を取らせることになるだろう。」


 星夜はレオナを見る。彼女はどれほどの腕前に位置しているのであろうか。


「我が王国に戦闘魔法使いは千人ほどいるが、そのうち優秀な50名にはランキングがつけられている。そこにいるレオナ・ベルヌーイはその中の13位、司法省の中でもトップクラスの実力者だ。そのレオナを君は倒した、その事実は大きい。」


 王国の中での、13位。かなりの実力者と言ってよいだろう。

 自分が戦った相手がそのような人間であることに、星夜は驚く。


「しかも、君と戦った時のレオナは全力が出された状態だ。ランキングは何も互いに戦って順位をつけるものではなく、魔法の力を総合的に評価して国が付けているものだ。レオナにとって、決して有利な評価方法ではない。単純に戦い合ったとすれば、レオナはより上位に位置することだろう。」


 戦いの場でこそ、強敵に対峙すればこそレオナの力は増す。

 普段のレオナの魔法の腕のみを評価するとすれば、それはレオナの全力とは呼べないだろう。それでも13位に位置しているのだ。


「実際戦ってみれば、レオナは私も手を焼く相手だ。その力は魔法省の連中も理解している。だからこそ、そのレオナを倒した君の力は無視できないどころか、手出しを戸惑うものにすらなっている。警戒すべき対象ではあるが、大きすぎるために手は出せないのさ。」


 過大評価、だと星夜は思う。自分よりも、ホワイトの方がもっと魔法の才能にあふれている。

 自分ができるとすれば……。


「確かに君をランク付けするとすれば、そう高い順位には来ないだろう。あるいは50のうちにも入らないかもしれない。だが……。」


 星夜には分かっている。自分の力が何に向いたものであるのか。


「人と戦うのであれば、話は別ということだ。」


 つくづく、己は汚い存在なのだろうと星夜は思う。

 でも、だからこそ自分にできることがあるのだ。


「ホワイト達にはブラックがついていると、しっかり記憶しておいてください。」

「ああ、分かっているさ。それに君のことは気に入ったよ、一方的ではあるがね。」

「そうですか……そういえば。」

「なんだ?」


 星夜は、先ほどの会話で引っかかったことを聞くことにした。

 「レオナは私でも手を焼く」という表現だ。


「あなたは、一体何位なんですか?」

「ああ、そのことか。」


 どうでもいい事のように、ユリウスは笑う。

 そして軽い口調で質問に答えた。


「2位だよ。トップには大きく及ばない、脇役のね。」




 話を終えた星夜は、店を出る。

 外には雪音たち5人が待っていた。


「あ、ブラック!」


 そう言って雪音は星夜の手を取る。

 女の子らしく、元気な姿が愛らしい。

 手を握られたことで、星夜の心拍数が上がってくる。


「えっと、お待たせ。」

「姉さま、帰りましょうか。」


 そう言って今度は菫も逆の手を取ってきた

 先ほどは雪音に譲っていたようであるが、対抗するように星夜と手をつなぐ。


「ふふ、なんだか昔を思い出しますね。」


 美空の言葉に、星夜も昔の光景を思い浮かべる。

 確かにこうやって両手を取られていたことも幾度かあっただろうか。

 もうずいぶんと昔の話で、二度と戻ってこない日々のように思っていた。


「うん……みんな、ありがとうね。」

「ブラック……うん、いっぱい話したいことがあるんだ。帰る前に、まだちょっと寄っていこうよ。」

「……イージス、いい?」


 帰宅を提案していた菫に一応伺いを立てる。


「……しょうがありませんね。付き合いましょう。」

「ありがとう、じゃあ行こうか。」


 そう言って両手を2人に繋がれたまま移動しようとしたところで、雪音が声を上げる。


「あっ。」

「なに?」

「大事なこと忘れてた!」


 一体何事だろうと、星夜は手をつないでいる雪音の顔を見る。


「名前、聞いてなかった。」

「あ……。」


 雪音が星夜のことをまっすぐに見つめると、5年越しの自己紹介をする。



「私の名前は雪音って言います。高校2年生で、魔法少女をやっています。」


 かしこまった言葉遣いで、雪音が言う。

 本当の意味でブラックとホワイトが知り合いになれたのは、今この瞬間とも言えるのだろう。

 魔法少女としての関係ではなく……。


「ただの女の子同士として、友達になりたいな。名前、教えてくれる?」


(……さて。)


 重大なピンチを星夜は迎えてしまっていた。

 この感動的な、重要な局面において判断を迫られている。


(星夜と本名を告げるべきか……それとも。)


 男であることを告げるべきか、否かである。


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