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言葉よりも

 話をさせて欲しい、とのユリウスの言葉に従って星夜たち6人が案内されたのは、近所にある喫茶店であった。

 個人経営の店のようであったが、入店した際のユリウスと店員とのアイコンタクトから察するに、彼女らと関係がある店のようだった。


「この店は?」


 推測はできたが、星夜が問いかける。


「我々がこちらの世界で活動するにあたっての、言わば拠点といったところだ。といってもそんな大層な物でもなく、ただの宿泊用以上の機能はないがね。」


 建物の規模からみて、暮らせるのは5~6人程度。司法省とやらの介入は、それほど大規模なものでもないらしい。


「こちらに座って欲しい。」


 そう言って案内されたのは店の奥の8人掛けのテーブルである。ユリウスとレオナ、そして星夜たちを合わせた8人がちょうど座れる具合だ。

 上座側中央の2席にユリウスとレオナは座る。そうして星夜たちにも着席を促した。


「では私は……。」


 そう言って美空はユリウスたちと逆側の4席のうち、一番端の席に腰掛ける。

 対談相手であるユリウスたちの顔はもちろんのこと、その場の全体を見渡せる位置に座ったのはいかにも彼女らしい行動でもあった。


 ただその選択は他の意図も含んだものであった。

 今からする話の中心人物となるはずの星夜は、ユリウスの対面に座るのが自然だ。ではその隣に座るべきなのは誰か……。その場にいる人間にはよくわかっていた。


 その意図を汲み取ってか、朱夏が座ったのはユリウスの隣の席であった。レオナの隣にはグレーが着席する。

 

「じゃあ私は。」

 

 しかし場の流れに逆らうかのように、雪音は端の席に座ろうとする。

 どうしてもブラックの隣に座るのを気まずく感じてしまう心から出た行動であったが、それを制するように菫が先にその席に座ってしまった。


 その行動に美空は少し驚きはしたが、そこまで意外とも思っていなかった。イージスこと菫は常にブラックのために行動する。

 経緯はどうあれ、ブラックとホワイトは戦うことになってしまった。ブラックのことを思いながらも、ブラックの思いを否定するためにホワイトは戦った。

 そのために生じた両者の壁は、すぐにでも取り去られなければならないものだ。それは菫にもよく分かっていた。

 菫は雪音のことを快く思っていない。それでも雪音が星夜にとって大切な存在であることは歯痒いほどに理解していた。


 残った2席を見て、雪音と星夜はちらりと目を合わせる。

 特に雪音は、星夜に対する気まずさを強く感じてしまっている。そのことは、星夜にもよく伝わっていた。


(負い目、か。僕を戦わせないようにするためとはいえ、僕と戦ったことに気まずさを感じているのかな……。いや、それだけじゃないか。僕を倒しながら、結局は目的を達成できなかった。)


 2人は互いを意識しながら、静かに空いている席に腰掛ける。


(責めたりはしないさ、ホワイト。僕は君に何の恨みも怒りも抱いていない。)


 隣に座り、こちらの様子を恐る恐る伺っている雪音を横目に見ながら、星夜は考える。


(君は優しいから……。戦いなんてのは、怖くて避けるべきことだと思っているはずだ。だからこそ、そんなにも申し訳なさそうにしてる。でもね……。)


 星夜はあの時の気持ちを思い返す。

 ホワイトが自分に戦う意思を伝えたときの気持ちを。


(怖いと思った。いや、確かに怖かったさ。戦っているときも、負けそうになっているときも。でも……。)


 心の中に確かにに存在した、恐怖とは別の感情。

 自分の本当の想いを知ることができた、あの昂りを。 


(嬉しかったよ、ホワイト。僕と戦ってくれて。)


 つくづく、正反対の存在なのだと知った。しかし、相容れない存在ではない。

 あり方次第では、互いを補い合うことができる。


 こうして一方が弱気になっている時には、もう一方が強気に歩みよればいいのだ。

 同じ出来事に対しても異なる捉え方をする正反対の2人なのだから、それは容易いことだ。


(ありがとう、ホワイト……いや、雪音。僕はずっと君と一緒に居たかった。)


 雪音の手を、星夜は握りしめる。

 膝の上に置かれていたその手を手繰り寄せると、指を絡ませてしっかりと握りなおした。


「……っえ!?」


 机の下で、他の人の目に付かないように2人の手は繋がれていた。

 雪音は声にもならない声を上げるが、決して抵抗はしなかった。少し顔を赤らめ、チラチラと握られた手を見るだけだ。


 ふと、雪音と星夜の視線が交わる。2秒にも満たない時間ではあったが、互いの思いが何もかも伝わった気がしていた。

 そうして再び2人は前を向く。今度は雪音も繋がれた手に力を込めながら。


(君の手はこんなに柔らかくて、温かくて、安心するものだったんだな。)


 星夜が最後に彼女の手を握ったのはいつであったか。

 最後の別れの時、星夜は彼女の手を握ることもできなかった。握る資格など、ないと思っていた。


(そうだ……僕はこの手に助けてもらいたかった。でも助けを求めることができなかった、それが僕の過ちだ。)


 相談せず、救いを求めることなく彼女たちの前から姿を消した過去を思い返す。

 言いたくても言えなかった。助けられるだけの存在になるのが嫌だった。


(助け、助けられる。そんなのは状況次第でいくらでも変わる話だ。一方的に助けられるだけの時だってある、そんな単純なことも理解できなかった。でももう違う。)


 もう一人ではない。

 この温もりがあれば、なんにでも立ち向かえそうな気すらした。その強気な心で、星夜はユリウスたちと向かい合った。




「いわゆる魔人というものは、我々の世界から逃れた魔法犯罪者の俗称だ。犯罪者を魔法使い、と呼ぶことを特に魔法省の連中は嫌がるのでな。我々司法省としては気にはしないのだが、まあそれに合わせているということだ。」


 ユリウスは現状についての説明を始めていた。


「奴らは逃れた先で、自分の身を守る戦力として、なおかつ魔力を収集するための道具として魔獣を生み出している。」

「魔力を集めて、どうするんですか?」


 一応丁寧語を使って星夜が尋ねる。


「高レベルの魔法を使うには、大量の魔力が必要だ。それを瞬時に生み出せる人間は多くない、そしてその魔力を自分自身だけでため込むのも大変でね。そういうわけで、他所から収集しているわけだ。」

「その魔法を使って、何をするつもりなんですか?放っておいて良いわけではないと?」

「魔法犯罪者と言っても一くくりにはできないが……別の世界にまで逃げる連中の多くは政治犯だ。別の世界で力を蓄え、いずれはこちらで事を起こす、ということを計画しているらしい。」


 しばらく魔法の世界を離れていた星夜にも、おおよその構図は見えてきた。


「あの男もその一人ですか……たしかにただの殺人犯にも思えなかった。」

「思想を持ったからと言って殺人が正当化されるわけではない……まあ、言うまでもないことだがな。」


 事情は理解したものの、星夜は納得はしていない。


「ですが、それはそちらの世界の話です。本来なら、私たちの世界に踏み込んでくるのは筋が通らないことです。」

「とはいえこちらにとっても死活問題だ。」

「言うなれば主権侵害ですよ、こちらの国の。」


 異なる世界とはいえ、他所の国に立ち入って警察力を行使していることに変わりはない。筋が通らないことだと星夜は考えた。


「……まあ、その辺りは一応話は付けてある。魔法省の連中はともかく、我々司法省は法の論理に従って行動する。」

「へえ……。」


 多くは語らないまでも、星夜達は理解した。魔法の世界は、意外にもこちらの世界の公権力といくらか通じているようだ。


「分かりました、あの男を追っていたことについてはそれで納得しましょう。ですが、ヨゾラ達を襲ったことは許せません。」


 これが星夜にとっての本題である。残された晴香と雨音に手出しはさせない。


「管理されない魔法の力は危険だ、というのがこちらの理屈だ。」

「彼女たちはこちらの世界の人間です。そちらの理屈は関係ありません。」

「それは正論であるがな、魔法省の連中はそれで納得はしなかったんだ。連中の意見が通って、彼女たちにも手配がかけられてしまった。」

「……あなたがたはそれを不本意と捉えているようですが、なぜこちらに直接いらっしゃったのですか?」


 言葉を聞く限り、魔法省の言い分に彼女たちは同意しているようでもなかった。だが魔法省と違い、直接手を出してきたのが彼女たちである。


「魔法省は近年、治安維持への介入が甚だしい。奴らの増長を抑える必要があった。そこで彼女……レオナを送り込んだ。」


 星夜はレオナを見る。戦闘時とは違い、だいぶ落ち着いた様子で話を静かに聞いていた。


「だがレオナはあの男に対して思うところが強すぎたようでな……少々やり過ぎてしまったようだ。加えて司法省の力を誇示する責任を強く感じ過ぎてしまったようだ。申し訳ない。」


 そう言って頭を下げるユリウス。横にいるレオナもやや不服そうながらも頭を軽く下げている。


「ホワイト達には、詫びておいてください。ただ私が今欲しいのは謝罪ではありません。ヨゾラ達の身の安全の保証です。」

「……今回の一件で、魔法省の連中も考えを変え始めている。筋が通らないということは薄々理解していたのだろう、腕利きの魔法少女たちが一斉に反発したことへの動揺は小さくない。いずれ彼女たちの手配も解けるだろう。それに先立って、我々はこの件からは一切の手を引くことにする。」

「……本当ですね?」

「もともとそういう立場だった。それに魔人の男を確保できたことで、我々の魔法省に対する優越も確保された。」


 そう告げるユリウス。その言い分、理屈に加えてまっすぐな目を見て、星夜はひとまず信用することとした。

 星夜にとってはこれで万事が解決された。戦いは終わり、ヨゾラ達の安全も、じきに確保されるだろう。



 話がいったん落ち着いたところで、美空が別の話題を振る。


「そういえばあの魔人は男性でしたが、そちらの世界には男性の魔法使いもいるのですか?」


 星夜のことも頭に浮かべての問いであった。

 

「あの男はかなり特殊だ。魔法は女性と親和性が高く、男性は著しく低い。だがそれでも特異な体質に加え、強い願いを持つものの中には男でも魔法を使えるものが出てくる。尤も、女性ですらいっぱしに魔法を使い、戦闘までできるようになるのは一握りだ。男でそうなるものは、ほとんど確認されていない。」

「特殊な例ということですか。」

「加えて、生まれた時から身の回りに魔力を感じて育つ我々の世界でそういう状況だ。そちらの世界ではまず有りえないだろう。」

「幼いころから魔法に触れることが重要なんですね。」

「どうしても魔力に対する親和性は幼少期に決まってしまう。だから魔法省がこちらの世界の人間に魔法使いをやらせようとしても、大人には無理だ。だからこそ魔法少女は少女しかいないわけだ。」


 魔法少女という存在について、妖精から聞かされてきたとはいえ、こうして大人からちゃんと教えてもらうのは初めてのことだた。

 知っている知識も多分にあったが、それでも彼女たちは色々なことを問いかけた。魔法省の使いである妖精たちはやや気まずそうではあったが……。


「魔法使いと魔法少女は、なにかシステムでも違うのですか?」

「基本的には変わらない。魔法省が中心となって魔法を使いこなすためのシステムが開発され、我々魔法使いが使っているわけだが、それを少々こちらの世界向けに調整しただけのものだ。」

「そのシステム無しに魔法は使えないのですか?」

「使えないことは無い、だがより限られた人間だけにしか使えないだろう。世界と人間をつなぎとめる補助なしに魔力を行使できるのは、選ばれた人間だけだ……。まあ、だからこそ奴らはヨゾラ達を恐れたわけだ。」


 魔法の正しい管理。統制された魔法秩序。それを求める魔法省にとって、野生の魔法使いなど恐ろしく見えているのだろう。


「とはいえ、システムを介さずに世界と繋がることに危険がないわけではない。実際、初期に製作された魔法システムは、ただ世界との繋がりを強化することにのみ主眼を置いた結果、使用者の精神的な保護を欠いてしまっていた。今ではあれはどこかに固く封印されているはずだ。」


 話を聞くところ、魔法がより広く使われるようになったのは、魔法の国においても意外と最近のことのようであった。

 それまではヨゾラ達のように本人の素質のみで強い魔法を使いこなせるのはほんの一握りの存在だったようだ。


(おかしな話だ……野生の魔法使い、それは魔法使いの本来あるべき姿であったはずだろうに……。)


 星夜はそう考えはしたが、それでも理屈を理解できないわけでもなかった。

 自動車も現れた当初には免許などは無かった。それでもより安全に自動車を活用するために、その使用は管理されるようになった。それと同じようなことだと考えた。



 一通り話が落ち着くと、星夜はずっと握っていた雪音の手のことを意識し始めた。

 男である自分とは違い、細い指。

 意識していていなかったが、女装した姿で雪音の隣に座り、あまつさえ手を握ってしまっていることに不安を抱き始めてしまっていた。


(よく考えてみれば……バレないものかな。)


 握ってしまえば、感触でごつごつしていると分かるかもしれない。

 近くで見れば、男だと気付かれてしまっているかもしれない。


 そんな不安が強くなり、星夜はなるべく自然に手を離そうとした。だが……。


(……離れない。)


 どうにか指を開いて話そうとしても、それを上回る予想外の力強さで抑え込まれてしまう。

 焦って雪音の顔をうかがうが、特にこちらを意識している様子はない。

 ユリウスや他の魔法少女たちと雑談に興じている。


 実際のところ、雪音は無意識である。

 意識することなく、星夜の手を離すまいと力強く握りしめていた。


「それじゃあ、この辺りで。」


 話を終え、席を立つ段階になってもまだその手が離されることは無かった。

 立ち上がったせいで机の下から出てきてしまった繋がれた手を美空に微笑ましく見られながら、星夜にはもうどうしようもない状況だった。


(まあ……でも、いいか。)


 まだ言葉で雪音と話し合ったわけではない。

 それでも手を握っているだけで、二人がまた元の関係に戻りつつあることが分かった。



「ホワイトとブラック、ずっと手繋いだままだったね。」


 無粋な朱夏の指摘を受けるまで、その手はずっと握られたままだった。



twitterやってます。

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