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鏡合わせ

 一瞬のうちに2体の魔獣を葬った攻撃。


「なんだと!!?」


 驚いた女は、即座にまた4体の魔獣を出現させる。

 いままで乱発していた魔獣よりも、いくらか大きいそれは女にとってある種切り札でもあった。


 しかしまともに動き出すよりも早く、連続して放たれた4本の光によってその4体ともが消滅させられてしまう。


 その飛んできた方向、つまりは直上を見上げると、女は2本の魔法の光を放った。

 未だその攻撃の主を捉えてはいないが、女が放ったものは自律的に敵を発見、追尾する魔法である。


 だが、期待していた手ごたえを得ることはできなかった。


「……いない?まさか!」


 その言葉と同時に、今度は女にとって右側面から飛来する光条。その攻撃に対し、女はすんでの所で防壁が展開される。

 今度は自身とほぼ同高度から放たれたであろうその攻撃は、女に自らが置かれた状況を認識させていた。


「この私が……見失っているというのか。」


 再び真後ろからの攻撃に対して、ほとんど偶然に等しい反射行動によって女は防御の壁を作り防ぐ。


「この距離の遠さならば……見えてからでもギリギリで防御は間に合う、だが……。」


 その言葉の通り、飛来する紫色の光を視界に捉えてからその方向に障壁を展開することで女は攻撃を防いでいた。それは女の持つ類い稀な戦闘センスを示すものでもあったが、その攻撃の主の姿は未だに捉えることはできていない。


「これだけの距離がありながら、私が捉えきれないほどの角度を移動しているのか、奴は。」


 同じ速度であっても、距離が離れればそれだけ時間あたりに動く角度は減少する。

 しかし明らかな遠距離にありながら、女の予想をはるかに超えた機動によって死角を取り続けている。


 並ぶ者のないその速さ。

 そして女や魔獣を正確に射抜くその射撃の腕。


 攻撃の主が誰であるのか、その場にいる誰もが理解していた。


「魔法少女、ブラック。……お前が帰ってきたのだな。」


 その声に応えるかのように、距離を一気に詰めて接近してきたブラックはその姿を皆の目に晒す。

 急減速のために派手に紫色の魔力の光をまき散らしながら、ブラックは全員を見下ろす位置に止まった。


「そんな……ブラック。」


 その姿を、安堵と共に大きな不安を抱きながらホワイトは見つめる。

 守りたいと願っていた友人が、再び危険な戦いの場に戻ってきてしまった。そのことが、ホワイトには恐ろしく思えた。


「星夜さん、あの姿は。」


 小さな声でブルーが呟く。

 この場に現れたブラックは、不完全な魔法しか使えない半端な存在ではなかった。そのことは、その外見から理解することができた。


「姉さま。……やはり美しいな。」


 ホワイトと対照的な黒の衣装が、魔法少女ブラックの身体を包んでいた。

 上半身は男ながらに細いウエストを強調しながら、下半身にはふわりと広がる短いスカートが女性的な形を作り出している。

 ホワイトの衣装と比較してスカート丈も短く、背中も大きく開いておりやや露出の多さも感じられる衣装であるが、それを纏う人物が男であることなど思いもよらぬ美しいシルエットを作り上げていた。


「ずいぶんと、私の友達を傷付けてくれたみたいだね。」


 静かにブラックが告げる。


「しかし、さすがと言ったところかな。ホワイト達5人を相手にこうも優位に立つとはね。」

「やはり……噂は伊達ではなかったか。」

「あんたはよく作戦を練ったな。少々力押しで品はないが、非常に有効だ。」

「時間をかけて練った策ではあったが……貴様のおかげですべてご破算だ。」


 それでもどこか、女は楽し気に言う。


「さて、どうする?戦略屋としては、この状況がどれほどまずいものであるか分からない訳もないよね?」

「勝敗とは戦う前に決まっているもの……それが私の信条だ。そしてこの状況、まともに戦っても私の勝ち目は薄いな。」


 ホワイトが魔力を消耗させている一方、この場にはまだほとんど無傷のイージスがいる。

 さらに負傷しているとはいえ、ブルーとレッドはまだ戦う力を残している。


 魔法少女たちの弱点を突くことで数的不利を覆していた女にとって、ブラックの参戦はその作戦を完全に覆してしまうイレギュラーのはずであった。

 であれば、もはや女の不利は明確である。 


「逃げるかい?」

「それも手ではあるが……つまらんな。」

「へえ。」

「この状況……至上であるとは思わないか、ブラック?」


 いよいよ笑みを浮かべながら、女は語り掛ける。

 それは同意を求める口調であり、自らをブラックの同類であるとみなす考えの現れでもあった。


 それに不快感を示すでもなく、ブラックは答える。


「……不利な戦況、対するは強敵。なるほど、戦場としてはこの上ない。」

「であるならば、私がここで引く理由はないだろう。もはや勝ち負けなどどうでもよいのだ。……いや、それだけではない。魔人を追い、お前を倒そうとし、魔法少女たちをけしかけた私の行為。その理由も思想も、もはや関係ない。」

「歪んでいるな。あんたのそれは、手段と目的を逆転させてしまった思考だ。戦いは手段であって、それ自身を求めるのは破たんした考えだ。」

 

 戦いそのものを求める。

 闘争本能は多かれ少なかれ人ならば持つものだ。だがそれを強く持ちすぎる者は、戦いの目的を見失い、自身の幸福を見失うことになる。何かしらの幸福を得るための手段としての闘争であるはずだからだ。

 そんなことは星夜にはしっかりと分かっていた。分かっていながら、それを正すことはできなかった。


「他人の正義に身を捧げるよりも、自身の欲望によって身を亡ぼすことの方がはるかにマシな生き方ではないかな?」

「分からないな……なぜ今になってその思考に至ったんだい?」

「私は今まで司法省のため、王国の治世のために戦ってきた。魔法省の連中の専横をこれ以上許さぬためにも、全力を尽くしてきた。……今でもその思いは変わらぬ、だがそれ以上の魅力が私の前に現れた。ブラック、お前のことだ。」


 歪んでいる、と星夜は思った。

 だがそれは口には出さない。そんなのもは分かり切ったものだからだ。


 魔法の才あるものは、どこかしら歪みを抱えている。星夜はもちろんのこと、ホワイトであっても例外ではない。


(世界から戦いを無くしたい……そんなことが今でも可能だと思っているのか、君は。)


 ホワイトがどのような思いを抱いて戦っていたか、昔から星夜にはある程度は分かっていた。

 明確にその願いを聞いたのは先ほどのホワイトとの戦闘においてであったが、星夜はその思いもまた歪んだものだと感じていた。


(戦いなど無くなるわけがない。人が何かを望み、己にとっての幸福を叶えようとする限り……。いや、そうでなくとも、少なくとも……。)


 星夜の思考はやや危うさをはらみつつあった。


(戦いを望む、僕がいる限りは。)


 ホワイトがその願いを叶えようとすることに、星夜は協力するだろう。その願いが美しく、正しいものであることは星夜も同意する。

 だが仮に、その願いが叶えられる寸前まで至った時……。その時、魔法少女ブラックはホワイトにとって最後の障害となる。


(真反対だな……。だが、だからこそ手を取る意味がある。)



「私の名はレオナ・ベルヌーイ、司法省統合捜査局の一等捜査官、なんて肩書きだ。まあ警官の端くれだ。お見知りおきを、お嬢さん。」

「魔法少女ブラック……本来なら本名を名乗るのが礼儀なんだろうけど、事情があってね。」

 

 戦うに際して、互いに名乗りを上げる。

 レオナは一度星夜の普段の姿を見ているが、魔法少女は女であるという固定概念から星夜のことは女と認識しているのであった。その誤認は、いまだ存在していた。


 そこでイージスが星夜に声をかける。


「姉さま、加勢します。」


 だがその申し出を、星夜はすぐさま却下する。


「無用だ、イージス。」

「しかし!」

「ここは私たちの戦場だ。ありがたいけど、この際は無粋だ。」

「……分かりました。」


 そのやり取りを聞いて、女……レオナは満足げに言う。


「感謝する。……この戦いの結果がどうであれ、これで私は手を引くとしよう。戦略的敗北は明確であるからな。」

「賢明な判断で助かるよ。それじゃあ……いくよ。」


 その言葉と同時に、大きな魔力の光が星夜の背後に発生する。

 そうして星夜の身体は前方に一気に加速し、さらに魔力を放出しながらレオナの側面に回り込むため変則的な急加速を行う。


 今までの戦いでのレオナの反応を思えば、それで完全に死角は取れるはずであった。

 だがレオナに接近する星夜は、彼女が己のことを決して見失っていないことを認識していた。


(反応が……違うな。)


 視線を交わし合ったままに両者の距離は縮まる。そこでレオナが口を開く。


「今までと同じではないぞ。私はお前と同じだ、お前という好敵手を得た今、私は最高の力を引き出せる!」

「なるほどね!」


 両者とも魔法を放つが、星夜の攻撃は障壁に防がれ、一方でレオナの攻撃は回避される。


「この距離で避けるとはな!」


 全体的な体制としては、星夜が攻めてレオナが守っている。

 接近して死角を取ろうとする星夜に対し、距離を維持しつつ星夜を真正面に捉え続けるレオナ。機動においては、ほとんど両者は互角であった。

 

 


「さすが……ですね。」


 2人の戦いを眺めながら、ブルーが呟く。あの戦いの中に割って入ることは自分にはできないだろうと考えていた。

 そうして完全な傍観者となっていた。そのブルーに青い妖精が語る。


「魔法少女や魔法使いの強さっていうのは、どれほど強力で高度な魔法を使えるか、といったところに基準を置いてきた。それが魔法省の思想だったんだ。」

「私もホワイトもレッドも、そうやって新しい魔法を覚えていくことを頑張っていました。」

「でも、魔法戦闘の思想にはもう1つの流れがあるんだ。単純で基本的な魔法を研ぎ澄まし、極限にまで高めることによって強さを得るという考えだ。」

「それがあの女の人と、ブラックのスタイルですね。」

「でもそれは魔法というものの神秘を貶める考え方と見ることもできる。だからこそ、僕ら魔法省の立場としては取るに足らない流派でしかないとみなしてきた。」


 普段とは違い、やや真面目で皮肉も混じった言い方にブルーはやや驚いた。


「でもこんな戦闘を見せられたら、それが絶対に正しいものではないと思うようにもなるさ。」

「あの戦いで使われている魔法は飛行魔法と射撃魔法、それも単純なものでしかありません。ですが、あの戦闘に私たちは手出しができない。」


「……ブラック。」


 その言葉通り、ホワイトもその戦闘をただ心配そうに見上げるしかなかった。



 空中に星夜の紫色の魔力光と、レオナの赤赤しい魔力光が残留していく。

 2人の軌跡を示すその光は綺麗な模様を描いていた。


(この拮抗した状況、打破するには相手のミスを待つか、或いは……。)


 星夜はレオナを観察するが、ミスはそう期待できそうにもなかった。

 お互いにコンディションは最高である。


(となれば、こちらのミスを装うことによる誘い込み……それはリスクもあるか。であれば、あちらの予想外の動きによる不意打ち。)

 

 戦いながら、星夜はレオナの思考を読み取ろうとする。


(あちらが知っている僕の戦闘力……そこに情報の抜けがあるとすれば。)


 今までの戦闘、そしてレオナが知っているであろう魔法少女ブラックの情報を推測する。


(……これか。)


 考えを固めた星夜は、行動に移すこととした。



 一方でレオナも状況の打開を考えていた。


(狙いは正確、機動もわずかであるが向こうが上……このまま続ければどうなる?)


 星夜の読みとはやや異なり、レオナは自分がやや不利であると考えていた。


(こちらは障壁による防御、向こうは回避。魔力の消費で言えば向こうが有利だ、であればこのまま続ければこちらが先に消耗する。なんとかこの状況を打開するには……。)


 己が持ちうる魔法少女ブラックの情報を思い返し、その弱点を考える。


(優れた機動と精確な射撃能力、それがブラックの武器。なら!)


 レオナは作戦を変え、距離を維持するのではなく逆に星夜に急接近を始める。

 ちょうど星夜に急加速後の隙があり、レオナの進路変更には対応できない状況にあったのだ。

 そうして杖からの魔法ではなく、回し蹴りを繰り出しながら急襲をかけた。


「その華奢な身体で肉弾戦はやれるまい!」


 レオナの言う通り、星夜の身体は見た目イージスよりも細く背も低い。

 肉体的にレオナとの殴り合いをやれるようにも思えなかった。


 だが、そこには重要な見落としがあった。つまり、ブラックが女ではないということだ。


 その誤認が、レオナの目を驚愕に見開かせる結果を生んだ。


「なに!?」


 レオナの蹴りに同じく蹴りで応えた星夜は彼女の足を予想外にも払い飛ばすと、姿勢を乱したレオナに向かって流れるように追撃の踵落としを叩き込んだ。

 

「うが!」


 痛みに身を怯ませたレオナであったが、その大きすぎる隙が勝敗を決定付けた。

 そのままレオナに飛びかかった星夜は、急降下して彼女の身を完全に地面に抑え込んだ。


「姉さま!」

「ブラック!」


 少し土煙が発生したが、それが無くなると勝敗が決したことがその場の全員に理解できた。

 当然、レオナ自身もよく分かっていた。


「……肉弾戦も嗜むとはな。」

「イージスは私の弟子だ。」

「ああ、彼女は強かった……なるほどな。私が読み誤ったか。」

「一度きりの不意打ちだ、次はこうはいかないだろうね。」


 すでに両者とも、戦う意思は無くなっている。

 ここまでの戦闘を振り返るような会話を交わし始めてすらいた。


「私の負けか……まあ、そう悪い敗北でもないな。」

「あなたに勝ててよかった。」



 清々しさも感じていた2人であったが、そこに新たな声がかけられた。


「うちの者が、随分と迷惑をかけてしまったな。」


 突然現れた気配に、星夜やホワイト達は一斉にその方向を見る。

 そこに立つのは、何かしらの黒い制服を身にまとった長身の女性。長い黒髪を靡かせて堂々とその場に立ってその赤い瞳をもって星夜たちを見ていた。


「レオナ、やりすぎだ。」

「……申し訳ありません。」


 どうやら、レオナの上司にあたる存在であるようであった。

 そして星夜の方を見る。


「君にも迷惑をかけた。本来であれば、こんなことに巻き込まれるはずではなかったが……。申し訳ない。」

「……あなたは?」

「司法省統合捜査局、筆頭局長のユリウス・ハイゼンベルクだ。さて、こちらが一方的に詫びるべき立場にあるが、少し話をさせてくれないかね?」


 様々な意思が入り混じった戦闘は、ひとまずの終結を見た。

Twitter始めました @novel_allmaras

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