救いを求め
数の上では4対1。
状況の有利不利は明確でありながらも、戦闘の主導権を握っているのは魔法使いの女の方であった。
「これほどとは……。」
苦々しくブルーが呟く。
その体にはいくつかの傷ができており、容易ならざる戦況を表していた。ほかの魔法少女も、盾を持つイージス以外は同様に手負いであり、特に接近戦を担うがゆえに最も多く攻撃を受けてきたレッドは辛そうにしている。
一方で魔法使いの女には目立った消耗はうかがえず、平然と空中で魔法少女たちを見下ろしている。
「動きが速くて有効打が打ち込めない……それに、あの魔獣。」
視線を女の横に向けながらレッドが言う。もはや立つこともままならない彼女の視線の先には、今まで見てきたものよりも大きく、強力な魔獣がいた。
狼の姿をしたそれは、ここまで女とともにブルーたちを苦しめてきていた。
「今までの魔獣とはレベルが違いますね……動きも、力も。」
「魔人が操るものとはレベルが違うってわけね。」
「あの速さ……姉さまと並ぶか、あるいはそれ以上に……。」
星夜が口にしていた、ホワイト達に足りないもの。
その弱点を、彼が予想した通り女は突いてきていた。
ホワイトは強力な魔法を使用でき、ブルーは多彩な援護魔法とサポートの戦闘センスを有し、レッドは強力な一撃を備え、そしてイージスは鉄壁の盾を備えている。
彼女たちは、今までどのような魔人や魔獣に相対しても打ち破ることができた。
だが今、その連勝が幸運によって支えられてきたことを彼女たちは知った。
「私たちは……あの速度に対抗できない。」
ブルーが悔しげに吐き捨てる。
一撃さえ当てることができれば、彼女たちを倒すことはできる。その確信はあった。
しかし、その一撃が手の届かないところにある。
「並外れた速度を誇る敵に対抗する力……たとえ一撃の重みは及ばなくても、速く飛び、精確な攻撃ができる能力……。」
それを備えていたのは誰であったか。ブルーは理解しながらも、口には出さない。
出した瞬間に、自分がホワイトとともに目指した未来が失われるように思えた。
「たとえ、これが私たちの弱点なのだとしても……それを埋めるのはあの人じゃない。」
ブルーは杖を握りしめる。
まだ負けたわけではない。
もう1人、自分たちには味方がいる。
全員がそろったところで、答えを示すことができる。
「ひよっこが群れたところで、私の相手ができると思ったか。」
ブルーたちに向けられる攻撃を、イージスの盾が弾き返す。
守勢に回ればある程度は凌げるが、しかし長くは持たないだろう。
「魔人と同じ力を使うのですね、あなたは。」
ブルーが女に問いかける。
「魔力を糧として生み出されるのが魔獣だ。であれば、魔法使いが使役したとしてもおかしくはないだろう。」
「魔獣は忌むべき、というのが魔法使いの常識のはずですが。」
「そこの妖精どもに教えられたのだろうが……そんなものは魔法省の連中の論理だ。我々のあずかり知るところではない。」
司法省、と女が口にしていたことと合わせると、この女と魔法少女たちが属す組織は別のもののようであった。
もっとも、ブルーたちに魔法省とやらに所属している意識はないのだが。
「へえ……そうですか。知らぬうちに偏った常識を抱いてしまったようですね。」
「ブルー、それでも魔獣を扱うことが危険であるのに変わりはないよ。」
ブルーに対して、青い妖精が弁明する。もちろんブルーには妖精を責める意思はない。
「分かっています。でも、相手の戦力を読み誤ってしまう原因にはなりました。反省しないといけませんね……。」
「私の実力、そしてお前たちの実力を読み誤った時点でそちらの負けだ。戦う前から結果は決まっていた。」
「そんなこと、まだ決まっていません。」
すでに勝った気でいる女に対して、ブルーが反論する。
状況は苦しいとしても、まだホワイトがいるのだ。だが、その望みは女も見透かしていた。
「ホワイトの助けを期待しているのだろうが……それでも状況は変わらない。」
「何を。」
「お前たちは未熟とはいえ、一流の魔法少女だ。それは認めよう、だがな。」
ひよっこと称するホワイト達を認める言葉を告げながらも、逆接の接続詞を続ける。
「何事にも相性というものはある、それを補うのがチームだ。だが今のお前たちには全員が持つ弱点を補う存在を欠いている。」
「……それがブラックだと言いたいのですか?ですが彼女は……。」
「戦えない……と思っているのだろうな。私も最初はそう考え、侮っていた。だが奴は本物だ。戦うことを望んでいる、私と同じように。」
星夜は以前、この女を自身に似ていると言っていた。それと同様に、女の方も星夜と似たところを感じ取っているようであった。
「ブラックが、あなたと?」
「奴もいずれ自分自身を理解することになる……あるいは、ホワイトと向き合った時に気付くかもしれんな。」
「あなたが分かったような口を!」
「同類のことだ、お前たちよりもよく理解している。その危険性もな。」
カッとなるブルーではあったが、実際に女の言う通りのことが起きているとは予想していなかった。
「いずれ奴は戦う力を取り戻す。その時、奴は人にとって危険な存在になる。」
「ブラックは優しい子です!」
「そうだ。強いだけでなく、仲間のためなら何もかもを敵に回してしまえる優しさを持っている。……それは秩序にとって危険な存在だ。」
だからこそ、除かなければならない。
口には出さないが、その覚悟を暗に示した女は再び杖を構え魔法を放つ。
攻撃に備えて防御魔法を展開したブルーであったが、それは無意味なものとなった。
「くっ!」
その瞬間、ブルーの視界が激しい光によって奪われた。
なんのことはない、目くらましの魔法である。攻撃力は一切なく、ただ強力な光を瞬間的に放つだけの初等魔法であるが、物理現象の発現であったために魔法による防御は意味を為さなかった。
「戦いとはこうやるものだ!」
視界を奪われたブルーは、腹部に鈍い痛みを感じ取った。
女の蹴りをまともに受けたブルーは、そのまま後方に弾き飛ばされる。
「あう!!」
「奴はお前たちを捨て、魔人と手を組んだ。お前たちが無駄に足掻き、我々と敵対する必要はない!」
痛みに顔を歪めながらも、ブルーはまだ屈することは無かった。
強く女を睨み付け、苦しみながらも言葉をつなぎ続ける。
「それでも……ブラックは私たちの友達なんです!」
「無駄だと言っている!」
「私たちは、あなたに勝たなきゃいけない。ブラックがもう戦わないために!……ねえ、ホワイト。」
その瞬間に、光の束が女と魔獣に降り注いだ。
数える気すら起きない無数の光条が、回避する余地もなく彼女たちを襲う。
魔法の砲撃音が轟く中で、身体を貫かれた魔獣の断末魔があたりに響き渡った。
速さを誇る魔獣も、回避の余地もなく広範囲を襲った攻撃には為すすべがなかったようである。
そのすさまじい光景は、ブルーに戦いの終焉を確信させるに十分すぎる迫力を伴っていた。
光が収まったあと、倒れ込んだ魔獣の身体が蒸発し、かすかな光となって霧散していく。
だが一方でその傍らに立つ女は、いまだ致命傷を受けているようではなかった。
「ようやく来たか……ホワイト。」
「……防いだ?いや、避けた?」
女が無事であることに、やや驚いた顔を見せているのは、ブラックとの戦闘を終えこの現場に駆けつけてきた魔法少女ホワイトである。
「予想できることに対しては、対策もするさ。」
「回避も不能、かといって並の防壁では貫通するはず……。」
「だが、さすがの魔法だ。捉えきれない速度を持つ相手に対しては、面で制圧してしまう。それを可能にする魔法の才、噂にたがわぬものだ。」
ホワイトの疑問を無視しながら、女は素直にホワイトの魔法を褒めたたえる。
「しかし残念ながら、戦闘のセンスとしては今一歩だな。戦いとは魔法の才能のみによって行うものではない。」
「……私にはまだまだ魔力は残ってる。」
「そうだ、君は大量の魔力をその身に宿している。世界から多くの魔力を収集することができる、その願いの強さもまた君の才だ。だが……それは無限ではない。」
「何を……?」
「魔力が消耗品である以上、それは効率よく使わなければならない。その観点からすれば、君の攻撃はナンセンスだ。」
女の言う通り、魔獣一匹を倒すにしては到底釣り合わぬほどの魔力をホワイトは叩きつけていた。
とはいえ、まだまだホワイトには余力がある。このまま戦えば、ホワイトの勝利は明白にも思えていた。
だが女は、その予想を否定する。
「言ったはずだ、戦う前から勝敗は決まっているのだと。お前たち5人を相手にする上で、勝つ算段は十分に練ってきた。」
「強がりを!」
「私がどのように君の攻撃を防いだか。それは単純だ、盾を使ったということだ。」
女の言葉とともに、その周囲に4体の影が浮かび上がる。
先ほどの魔獣に比べれば明らかに小ぶりであるものの、それはまさしく魔獣に違いなかった。
「魔獣を……盾に?」
女が意図するところを、ホワイトは理解する。
防ぎ得ぬ攻撃に対して、女は新たに呼び寄せた魔獣を盾としていたのである。
「でも……魔獣なんてそう簡単に作れるものでは。」
「そう、作れるものではない。だからこそ、私は日ごろから仕込んでおいた。勝敗を決めるのは、戦う前の準備というわけだ。」
残る魔獣が今この場にいる4体だけであるならば、まだホワイトに対処可能だ。
だが女の言葉からすれば、さらに多くの魔獣を準備している可能性もあった。
小ぶりとはいえ、おそらくは相当な速度をもつ魔獣……。その1体1体に対して先ほどのような魔法を放っていけば、魔力切れは避けられない。
状況を理解したホワイトの顔に、冷や汗が流れる。
「こうして5対1という数の優位を作り出す、そこまでは合格だ。だが数の優位に慢心し、本当の優勢を作り出すことを怠った。」
ホワイト達を睨め付ける魔獣たちを背に、女がにやりと笑う。
「馬鹿にしないで!私は……ブラックを守らなきゃいけない!」
「なら示して見せろ!」
魔獣たちが一斉に飛びかかる。やはりその動きは、さきほどの魔獣に劣ることのない速度を持っていた。
文字通り四方から迫る魔獣たちに対して、ホワイトの反撃は苛烈なものであった。
おびただしい数の光線の太い束が、魔獣たちが迫る四方に向け放たれる。正確に狙いを定めたものではないその攻撃は、先ほどと同じように魔獣が回避行動をとれる空間そのものに対して放たれたものだった。
「さすがだな!」
一瞬にして消え失せた魔獣たちを見ても、いまだ女の顔には余裕が溢れていた。
その余裕を証明するかのように、また新たに4体の魔獣が姿を現した。
「だが、少しは狙いを定めなければ苦しかろう!」
先ほどと同じように盛大に魔法を放つホワイトに対して、女が笑いかける。
ホワイトも一応は狙いを絞ろうと視線を動かすものの、縦横無尽に駆け回る小さな魔獣の位置を捉え続けることはできなかった。
着実に減る魔力に対して、ホワイトは内心での焦りを消すことができない。
あと何陣、魔獣の攻撃が来るのか。
終わりの見えない迎撃戦の中、ついにその限界が訪れた。
「……え。」
放とうとした魔法が、発動しなかったことに思わず力の抜けた声を出してしまう。
大量の魔力を必要とする攻撃に対して、ついにホワイトの魔力が不足してしまった。
倒し損ねた2体の魔獣が、やけにゆっくりと襲い掛かってくるようにホワイトには思えた。
「ホワイト!」
ブルーたちが声を上げるが、自身よりも速い敵に対して、もはや回避する術もなかった。
(私は……。)
口を大きく開ける2体の狼の姿が、ようやくはっきりと見えるようになった。
(ブラックを泣かせてここにきたのに……。)
ブラックは自分が守るのだと、そう誓ったからこそ彼女に最後の涙を流させたというのに。
結局、それを果たすことができないでいる。
そうして目の前には、自分の生命を刈り取ろうとするかのような凶暴な敵意があった。
ずいぶん久しぶりに感じた恐怖。
最後にホワイトがそれを感じたのは、おそらくはブラックと共に戦っていた時だ。
あの頃は、互いに助け合っていた。
だが、ある時から決して口に出すまいと心に決めていた言葉。
大好きな友達を苦しめることが無いように、絶対に求めまいとしていた助け。
それでも、本当は言いたかったのかもしれなかった。
「やだよ…………助けて、ブラック。」
彼女にはもはやその願いは、届くようには思えなかった。
「それじゃあ……行こうか、クロ。」
ホワイト達には届かないその呟きと共に、夜空から2本の紫が降る。
極めて自然に、魔獣たちに吸い込まれていくその光。
たった2本の、ホワイトの攻撃と比較すればあまりにも頼りないその光条は、しかしその鋭さによって攻撃の主を知らしめていた。




