願いの為に
「戦いたい……?でもそれって、どの魔法少女だって同じじゃないんですか?願いを叶えるために、何かを守るために戦う。その力をみんな求めてます。」
星夜の言葉を聞いた晴香は、いまだ星夜の真意を理解していなかった。そんな晴香に対して、寝そべったまま星夜は語り掛ける。
「ホワイト、ブルー、レッド、グレー……イージスも。魔法少女たちはみんな、何かを得るために戦っている。あるいは何かになりたくて魔法少女になった。」
言葉にあげた少女たちの願いを星夜は思い浮かべる。どの願いも美しく、自身には無かったものだ。
「でも先輩は、勝つことを望んだんじゃないんですか?」
「それは、僕の思い違いだったんだよ。汚い願いでもいいんだと、そう自分に言い聞かせながらもついに理解することを拒んだ、自分の本当の心……僕の願い。」
勝ちたいという願いは野蛮だと思っていた。それでもいいのだと一時は納得したつもりだった。しかし、星夜は無意識のうちに、本当の自分の心を見ることを拒絶していた。
「じゃあ、先輩は……。」
「僕は綺麗な願いなんて持っていない、いや。そもそも何かのために戦っているわけですらなかった。」
星空に向けて、星夜は手をかざす。自分の手が、どうにも汚いもののように見えていた。
「魔法少女たちはみんな、戦う目的を持っている。あくまでも手段として戦っている。でも僕はそうじゃない。」
「先輩は私たちを守るために戦おうとしてくれています。」
「それは確かに一つの動機かもしれない。僕は心の底から君たちを守りたいと思っている、それは本当だ。でも、それは僕の根本じゃない。」
その言葉に、嘘はなかった。本心から、星夜は晴香たちを守りたいと思っている。しかしそれでも、より星夜の心の根底にある願いがある。
「守るものが無くても……戦う理由がなくても。僕は、戦いをずっと求めてた。」
自分の心がどうしてずっと空虚であったのか。星夜にはそれがはっきりと分かるようになってきた。
「もしかすると、いわゆる戦う目的なんてものは、僕にとってはむしろそれこそが手段なのかもしれない。戦うための、その理由付けを求めて……。」
「……なかなか、禅問答みたいな話ですね。」
「矛盾した話だと、自分でも思うよ。そんな歪みを受け入れることができないでいた。だから、自分の願いすら分からなくなっていたんだ。」
「物騒な人だったんですねぇ、先輩って。」
物騒で、救いのない歪んだ性である。そんな心を打ち明けながらも、晴香は軽い笑顔すら浮かべて星夜のことを見つめていた。
「引かないんだね、晴香。」
「それが分かったからと言って、先輩の人となりが変わるわけじゃないですから。先輩は相変わらず先輩です。物騒で矛盾した願いを秘めていたとしても、先輩が私にくれた優しさは本物ですから。」
「優しいよね、晴香って。」
少し心が満たされたような気がして、星夜は晴香の頭に手を伸ばす。
軽くなでてみると、小恥ずかし気ながらもおとなしく晴香は撫でられるがままにいる。
お互いに心地よさをしばし感じたあとに、晴香が口を開く。
「でも、魔法少女も魔人も。みんなどこか歪んでるんですよ。」
「ホワイト達の願いは、綺麗で純粋だよ。」
「そんなものを小さいころからずっと抱いているなんて、結局歪んでるんです。異常な執着心なり信仰があればこそですよ。」
それは星夜も思っていたことではあった。
とはいっても、その願いの美しさの前にはそんなものはかすんで見えていた。
「先輩は……あの人たちとまた一緒に過ごしたいんですよね?」
「そうだね。僕は戦いたい、それだけじゃないみたいだ。ホワイト達の隣に立つことに、自分でもわからないくらい執着している。」
「でもそれって、人が持つ願いとして当たり前のものだと思います。小さいころにずっと一緒に過ごした友達と、離れたくない。ずっと一緒に居たい、同じ世界に居たい。それは歪んだものでも何でもなく、子供が抱く本当に純粋な感情だと思います。」
魔法少女として抱いた、いびつな願い。それとはまた異なる、子供として抱いた純粋な願い。
その両者を、星夜は抱えて生きていた。
「……僕に真っ当な人としての願いをくれたのは、ホワイトなのかもね。ホワイトがいなければ、僕にあるのはただ歪んだ心だけだ。この執着心が無ければ、僕はただ戦いを求めるだけの存在でしかない。」
あるいはだからこそ、ホワイトに執着してしまうのであろうか。
「やっぱり、悔しいです。」
「晴香?」
ふと、表情を曇らせた晴香の顔を星夜は心配そうに見上げる。
「ずっと傍にいても、私は先輩の心に入り込むことができなかった。」
「そんなことは……。」
「いいんです、私にも分かってることですから。私は先輩の心を補う存在にはなれない。私は先輩からもらうばかりで、何もあげることができない。」
星夜の空の心は、結局埋まることは無かった、そのことが全てを証明してしまっているように晴香には思えていた。
星夜は晴香の頬に手を添えながら、その言葉を星夜は否定する。
「そんなことはないんだよ、晴香。」
「ごめんなさい、先輩は慰めてくれますよね。」
「そうじゃないんだ、晴香。僕に生まれて初めてちゃんとした戦う理由をくれたのは君だ。それまで僕は戦うこと自体を望んでた。何も守るものが無かった僕が、心の底から守りたいと思わせてくれたのが君なんだ。それだけで、僕は救われてる。自分がまだまだ、捨てたものじゃないように思えるから。」
「そんなの……先輩が一方的にくれているだけのものです。」
「晴香だから、守りたいと思ったんだ。僕は善人じゃない、本当に大切だと思える人しか、本気で守ろうとは考えない。」
ただ漠然と生きていた星夜の傍にいたのは晴香だけだった。いつも隣にいて、星夜に普通の学生生活を送らせてくれていた。
「ふふ、やっぱり優しいんですね。本当に、信じちゃいそうです。」
「そこは信じて欲しいな……こんなことを言うのは、晴香にだけなんだからさ。」
「分かりました、じゃあ信じちゃいますね。でも覚悟しておいてくださいね。その言葉、私は本気にしちゃいますから。」
星夜にとって、偽りのない言葉のつもりだった。
ともすれば、口説き文句のようでもあったが。
「それで先輩はどうしますか?願いが分かったのなら、魔法少女の力も今なら発揮できるかもしれません。また戦うことができるかもしれません。」
「そうだね……。僕は、このままじゃ終われない。僕が終わる場所はまだここじゃないから。」
心の奥底からこみあげてくる願い。そして、再びホワイトとともに歩みたいという願い。
これらをこのまま放置することは不可能であった。
「でも、晴香はどう思う?」
「え?」
予想外の質問に、晴香は素っ頓狂な返事をしてしまう。
「晴香は、僕にどうしてほしい?」
その選択権を、自分に投げられるとは思わなかったのである。困惑しながらも、しかし晴香は自分の心を打ち明けるしかなかった。
「そんなの……戦ってほしくないに決まってるじゃないですか。」
星夜の手を、やや強めに握る。
その晴香の手を、星夜は優しく握り返す。
「そっか。」
「ホワイトは、新しい関係を始めるんだって言ってました。でも魔法少女じゃない、普通の友達としての関係だったら私も負けませんから。そうして、先輩は私が独り占めにします。」
「普通の友人としては、晴香の方が付き合いも長いからね。」
「でも……それじゃあ駄目だと思います。」
少しばかり自分にとって楽しい未来を離した後、晴香はトーンを下げる。
「そんなのじゃ、先輩は満たされない。先輩の生きたいようには生きられない。」
「……そうかもね。」
「ホワイト達は先輩のことを思って戦いから遠ざけようとしています。みんな先輩のことはすごく大切なんです。でも、それは先輩の望む世界じゃない。」
「こんな僕のことを、存外みんな思ってくれてるみたいだね。」
「でも私は、先輩のことを一番分かってますから。だから、抜け駆けします。」
晴香は星夜の目をじっと見つめ、深呼吸ののちに静かに言葉を吐き出す。
「戦ってください。」
その言葉を聞いて、星夜の心の中の迷いが綺麗に消え失せていった。
歪んだ願いで、破滅につながるかもしれない欲望……それに従うことを躊躇していた気持ちが、嘘のようにどこかに行ってしまった。
「その願いに従えば、どんなつらい未来に至るかもしれない。とんでもなくひどい目にあって、報われなくなるかもしれない。挑んでも、何も得られないかもしれない。でも、先輩は、先輩がそれを望むというのなら……。」
「晴香。」
「先輩は、その道を選ぶべきです。心が求めるというのなら、挑むしかないんです。」
「……自分の心なのに、自分では決められなかった。情けないとは思うけど、でも晴香に委ねてよかったと思う。」
晴香は、星夜の願いを優先するように求めた。そうして星夜も心を決めることができた。
一方で、晴香が望んだのはその道ではないのも確かだ。戦いにかかわることなく、平穏に星夜と2人で暮らしていく道を選びたいと思っている。
それでも、晴香は星夜に決心させることにした。
「はあ……こんなに、都合のいい女にならなくてもいいのに。」
自嘲気味に、晴香はつぶやく。少しだけ、目じりから涙がこぼれかけている。
「ありがとう。」
「いいですよ……。で、ホワイト達ですけど、今頃は先輩の戦う理由を無くすために戦っているはずです。」
涙を振り払うように、晴香は話題を転換した。
「あの魔法使いと戦っているってわけか。」
「はい。数ではホワイトが合流すれば5対1。圧倒的に優位ですね。どう思いますか?」
口ではそういいながらも、言外の意味を含むような口ぶりである。
「数だけ見ればね。でも相手は一流だ。」
「数って強いですよ?」
やや茶化しながらも、スムーズな方向に晴香は話を誘導する。
「遊兵なら意味がないさ。いや、まあこれは完全な憶測だけど、魔法使いがその状況で逃げに転じないというのなら、ホワイト達は不利な状況にあると判断すべきだろうね。」
「まあ、同感です。」
「彼女が一流の戦士であるのは、技量が高いからだけじゃない。強い人は、勝つ道筋がある有利な状況でのみ戦い、不利なら逃げるからこそ強い。勝つ算段もなく戦うからこそ、弱い人は弱い。まあ、さっきの僕はそれに当てはまるわけだけどね。」
「冷静さは欠いてましたね。」
それだけホワイトは、ブラックを熱狂させる材料となるのだ。
「……今のホワイト達には、足りないものがある。」
いずれも一流以上であると、星夜は認めている。それでも、不足があると言ってのける。
「その弱点を、奴は突くはずだ。そしてそれは……。」
「本来は先輩が補うべき弱点、ってことですね。」
「やっぱり晴香は話しやすいね。」
すっとそう思っていたことだ。星夜が思うところを、晴香は口にしてくれる。
「今から、行くんですか?」
「間に合わなかったら困るしね。」
そう言うと、星夜は晴香の膝から頭を離し、身を起こす。
まだ力は入りづらいが、それでも随分と回復した様子である。
それは単に、時間が経過したからだけではなかった。
「うん、やっぱり……魔力の集まりがいいね。」
まだしっかりと意識して集めているわけでもないが、それでも自然と集まってくる魔力によって星夜の身体は回復しつつあった。
「先輩は、ホワイトたちが大切なんですね。」
「比較するものでもない、と思う。でも……彼女たちが僕にとって大切なのは確かだ。ずっと執着していた。」
だんだんと、星夜に集まる魔力が多くなる。
「一番は、決めておかないと駄目だと思います。」
「……今決めないと、駄目かな?」
「今は言わなくていいです。ほかの誰よりも優先する相手……まあ、言わなくても分かりますけどね。」
後半の言葉は、星夜に聞かれないように小声の独り言であった。
「ありがとう晴香。僕は戦うよ。」
「はい、先輩。」
目をつぶり、星夜は魔力の流れに神経を集中する。
そうして、心の奥底にある自らの願いを呼び覚ます。
(そうだ……ずっと僕が願っていたもの。僕が唯一自信を昂らせることができたもの……。)
それは自然と大きくなってくる。
「僕は…………戦いたい。」
そう口にした瞬間に、快楽を感じるほどの魔力の濁流が星夜の身体に流れ込んできた。
その暴力的な魔力とともに、星夜の身体は直視できないほど輝かしい光に包まれ、晴香の視界からも消え失せた。
「先輩!!」
一瞬目を背けた後、再び星夜の姿を視界に納めようとした晴香が目にしたものは、すでに誰もいなくなった地面と、そうして派手なまばゆい紫色の魔力の軌跡を引いて夜空を飛んでいく、強烈な星の光だった。
「あ……。」
幾度となく見える光の爆発は、力を取り戻したことにはしゃいでのものであるのだろうか。
爆発のたびに加速していく航跡は、美しいというよりも随分と乱暴なものにさえ映った。
「……はあ。」
すぐに目で捉えることができなくなった光を見送った後、晴香はため息をつく。
「……失恋、なのかなあ。」
そう言いながらも、晴香の心には不思議な満足感があった。




