宴
「死角は……取れないか!」
飛行しながらブラックが攻撃を放つが、その姿をしっかりと視界に納めているホワイトの障壁によって難なく防がれてしまう。
有効打を打ち込むため、ホワイトの背後に回り込むべく加速しながらの機動を繰り返しているが、そう易々と死角は取らせてくれていない。
だからといって攻撃の手を緩めるわけにもいかなかった。ホワイトが防御しなくてよい状況になれば、ブラックにとって致命的な大規模魔法が放たれてしまう。
「牽制にしかならない、けど。撃つしかない。」
無駄玉と分かりつつも、撃ち続けるよりほかにはなかった。
その姿を見て、ホワイトは理解してしまう。
「やっぱり……駄目なんだね。」
「何を。」
悲しげに呟くホワイトに、ブラックは不安を抱く。そしてその不安は正しいものであった。
「魔法少女ブラックは、もういない。私と一緒に戦ってくれる、強いブラックはもういないんだ。」
「違う、まだ私は……。」
「あなたが一番わかってるはず。魔法少女ブラックは、もっと速く綺麗だった!」
ブラックの射撃の合間を縫って放たれたホワイトの攻撃を、上方向に軌道を変えることでブラックは回避する。しかしその回避も、ギリギリといったところであった。
「ブラックは……こんな私の攻撃にかすりさえしなかった。私なんかが視界に捉え続けることなんてできなかった!」
「それは君が強くなったからだ。」
「違う、私は何も変わらない。私は速くないし、狙いも完璧じゃない。変身もできなくなったあなたは、もう魔法少女じゃない。」
ホワイトの言葉を否定しつつも、ブラックは自分自身のことはよく理解していた。
(やっぱり……飛べない。)
以前の飛べなかった状態とは違い、ブラックの飛行には速度があり、機動も俊敏で攻撃も強力に見えている。グレーと比較すれば、明らかにそれを圧倒する力をブラックは持っている。
しかし、ホワイト達と比較すれば。
(もっと速く飛ばせてくれ……!これじゃあ足りないんだよ。)
死角を取るには、距離を詰めて機動戦に持ち込むよりほかにない。
しかしこのホワイトとの距離を、どうしても詰めることができなかった。ブラックの攻撃の合間を縫って放たれるホワイトの攻撃がブラックの飛行を妨害することに加え、ホワイトも距離を保つように的確に立ち回っている。
(遠い……これだけの距離を、もう少しばかりも無くすことができない!)
ブラックの表情に、だんだんと苦悶の色が濃くなってくる。
「だから、もう終わりにしないといけないんだ!」
「なっ!!」
ブラックの視界に、6つの大きな光球が浮かび上がった。
ホワイトの背後に浮かぶそれらの光は、これから放たれようとする魔力の塊である。
(大威力、6つ同時!!)
その光に込められた魔力の量を感じ取ったブラックは、そのそれぞれが自らの障壁などは容易く打ち破る威力を秘めていることを理解した。
「やはり一流以上……でも!」
「いくよ、ブラック!」
まず2つの光線が同時に放たれた。
攻撃に備えて不規則な回避軌道に移っていたブラックに向け光条が伸びるが、それぞれがすんでのところでブラックの前後を通過する。
(ギリギリ……まずい!)
「捕まえたよ!!これで!」
「まだだ!!」
ブラックへの命中を確信して4つの光線が同時に発射される。
しかしブラックの予想外の動きによって、それらは見当違いの方向へ飛んでいくこととなった。
「障壁が抜けないなら!」
回避するのではなく、ホワイトに向けて突進する動きに変わったのである。
肉弾戦であれば、障壁を抜くことができる。
あるいは自棄であったかもしれない。もとよりそう動く以外に、先ほどの攻撃を回避するすべもなかった。
「もうやめて……!」
「僕を……憐れむな!!」
その叫びは、今のブラックの本心である。隣に並びたい存在に、憐れみの感情を向けられることが悔しくてならなかった。
ブラックとホワイトは、対等な友でなければいけないのだ。
「そんな動きは……。」
愚直すぎる動きは、狙いをつけやすかった。
接近するブラックに向けて、ホワイトは最後の一撃とすべき攻撃を放とうと構える。
その姿を見て、ブラックは宴の終わりを察しとる。頭では理解している、しかしそれでもまだ諦めることはできなかった。
まだブラックの眼前には、ホワイト達とともに魔法少女として、同じ世界に生きる未来が虚ろ気ながら見えているのだ。
「まだ終われない……。まだ僕は……。」
「ブラック、もう終わりにしよう。これから新しい友達になろう。」
「僕を……戦わせろ!」
戦いたくないと思っていた一番大切な友人。
その強大な存在が、ブラックをこの上なく刺激していた。彼の内に秘めた欲望を、最も強力に引き出す存在となっていた。
その欲望は、ブラックがずっと気付いてこなかった、あるいは気付きたくなかった自らの暗部でもある。
しかしホワイトとの戦いは、彼に自らの内面を理解させる絶好の機会となっていた。
無意識ながらに自らの願いを理解したブラックの身体を、急激な魔力の爆発が弾き飛ばした。
「え……。」
急にブラックが自らの視界から消えたことに、ホワイトは一瞬呆然としてしまう。
「今のは……なんだ。」
一方のブラックも、状況を完全には把握していない。しかし、感じ取った強大な魔力の余韻が彼の身体の中をまだ駆けまわっていた。
「そこだねブラック!!」
意識が一瞬戦闘から離れてしまったブラックに向けて、先に戦意を取り戻したホワイトの攻撃が向けられる。
しまった、と思った時にはすでに遅かった。
眩い光が、ブラックの身体を貫いていた。
「ホワイ……ト。」
力が抜けていく身体を、もはやブラックは支えることができない。
重力に従い落下していくブラックの身体を、ホワイトが抱え込んだ。ゆっくりと高度を下げ、地上のベンチにその身体を横たえる。
「ブラック、ごめん。でもこれで終わり。」
「違う……そんなものは……。」
「もういいんだよ……。私は魔法少女だからブラックを好きになったわけじゃない。私はブラック自身を好きになったんだから。戦えるとか、戦えないとかじゃない。私はありのままの、ブラックという1人の女の子を大切な友達だと思ったんだ。」
「ぐ……違う、待ってくれ。」
ホワイトの言葉を聞きながらも、ブラックはそれを受け入れることができない。
その目から、堪えきれずに涙が溢れだしてくる。
「本当はあなたを泣かせたくない。あなたの泣き顔は見たくない。あなたには私の隣で、笑っていて欲しいから。」
「そう思うのなら……行かないでくれ。」
「私はどこにも行かないよ。これからずっと……私があなたを守っていく。これから先、あなたを泣かせることは無い、だから今日が最後なんだ。」
力が抜けた身体で、ブラックは必死にホワイトの身体を抱きとめる。
その手を放した瞬間に、望んだ世界が消え失せてしまうと思えた。
「そのためにも……私にはやらなきゃいけないことがある。ブラック、あなたが戦う必要がないってことを、示さないといけない。」
「ホワイト……行かないで。」
「ごめん、すぐに戻ってくるから。そうしたら、ずっと一緒にいるから。戻ってきたら、自己紹介をしようね。魔法少女としてじゃなく、ただの女の子同士として。」
そう言うと、名残惜しそうではあるがホワイトはブラックから身体を離し、立ち上がる。
横たわるブラックをいたわるように、身体にブラケットをかける。
「……すぐにあの子たちも来る。心配しないで。」
「待って。」
「私、行かなきゃいけないから。……じゃあ、また後で!」
そう言って遠ざかる背中に手を伸ばすが、その姿はどんどん小さくなっていってしまう。
すぐに見えなくなってしまうと、諦めたように星夜は手を下ろす。
「満足しましたか?」
横たわる星夜に、少女の声がかけられた。
「晴香?」
顔を見る前に、星夜は声の主を判別することができた。
「……一言くらい、私たちにも話してくれてよかったんじゃないですか?それとも、私じゃやっぱり駄目なんですか?」
晴香たちには何も言わず、星夜はこの場に来ていた。そのことに対して、星夜には後ろめたさがあった。
「ごめん……。勝手に行動して、それでこのザマだよ。」
「はあ……まあいいです。不満はいっぱいありますけど、私もこのことは知らなかったわけじゃないですし。」
「それって?」
「ホワイトから聞かされてました。だから今ここに来てるんです。」
その言葉を聞いて、何も知らなかったのはむしろ自分であったことをブラックは知った。
ブラックを戦いの世界から引き離そうとするこの一連の行為は、ブラックをとりまく皆が協力しての作戦であったのだ。
「そんなに、僕は戦っちゃダメなのかな。」
「……先輩はもう戦えないんです。だから、しょうがないことです。」
気落ちしている星夜に対して、晴香もつらい気持ちになってしまう。
本当は、星夜のやりたいようにやって欲しいとは思っていた。それでも、そのことが星夜の為にならないことは晴香には分かっていた。
「とにかく、少し先輩は休んでください。」
「え、晴香?」
そう言うと晴香は、星夜の身体を少し抱え上げると、彼の頭を自身の太ももの上に寝かせるようにした。
晴香にとってみれば、いつぞや菫がやっていたことをようやくやり遂げた形になる。
「ちょっと、晴香?」
「いいから寝ててください。先輩には落ち着く時間が必要です。ほら、星が綺麗ですよ。」
その言葉に誘われて空を見上げる星夜の目に、一面の星空が映り込む。
いまだ結末を受け入れることができず、呆然とその景色を眺める星夜は、喪失感とともにいまだに存在している胸の高まりと、身体に残留する余熱に気付いた。
「……この昂り。さっきの力……。」
今までの戦闘。魔力の循環。何より、ホワイトと向き合った時の心の昂り。
それらが、星夜に自身の心の在り方を理解させ始めていた。
「僕の……願い。ああ、そうか。なんでずっと気付かなかったんだろう……いや、気付きたくなかったのかな……。自分を、受け入れることができなかった。」
「先輩?」
随分と長い間、自分自身を理解できていなかったことに、星夜はようやく気付いた。
(戦いだけが、僕の心を満たすことができた。そうだな……本当に、救いがない。こんなことになって、ようやくか……。)
「先輩、どうしましたか……?」
心配そうに、晴香が星夜の顔を覗き込む。
「ホワイトはね……僕とは正反対なんだよ。」
「はい、色もそうですね。」
「戦闘スタイルも、性格も……だから補い合うことができたし、2人でいることがしっくりきたんだ。」
その言葉に、やや不満げな表情を晴香は浮かべる。
「そんな正反対のホワイトと向き合うことで、僕は自分のことをようやく理解することができた。人間、自分のことが分かっているようで一番分からないんだね。鏡が無ければ、自分の姿を知ることはできない。」
「……なんだか、うまいことを言おうとしてますね。」
「ふふ。でもまあ、実際ホワイトは僕にとっての鏡だったんだね。彼女の願いと、僕の願い。それも結局、正反対のものだった。こうして考えてみれば、ほんとうに分かりやすい話だった。」
「先輩の、願い……?」
魔法少女ホワイトは、戦いを無くすことを願った。その正反対の存在である魔法少女ブラックは、本当は何を願っていたのか。
今になってようやく、星夜にはそれがはっきりと理解できた。
息を深く吸い込んで、星夜は言葉をつなぐ。
「僕は、戦いたい。」




