夢の終わり
日の沈んだ公園に、一人佇む少女がいた。
星夜の通う高校の女子制服を身にまとったその少女は、魔法少女ホワイトこと雪音である。
いまだ姿を現さない相手を待ちながら、雪音は目を閉じて3日前の会話を思い出す。
『彼女に向けてメッセージを送ってもらいたい。』
馬鹿げた案だと、普通は考えるだろう。
雪音自身、その誘いを罠と考えるのが当たり前であると思う。
話がしたい、などという言葉を信じる人間など、どこにいるだろうか。
(それでも、ブラックは。)
来る。
馬鹿げた誘いであるとしても、罠であることが明確であったとしても、雪音にはそれが分かるのだ。
自分が呼べば、彼女は必ず来るのだと。自分が求めるならば、魔法少女ブラックはすぐに傍にやってきてくれるのだと。
(来てくれる……だから。そういう優しいブラックだからこそ、私は……。)
静かに雪音は目を開ける。
その視界に、待ち望んだ相手を納めながら。
「さて、ブラックがホワイトのもとに現れるかどうかが問題だが。」
魔法使いの女が、懸念をつぶやく。その懸念に対して、レッドが答える。
「……来るさ。ブラックとホワイトは、そういう関係だ。」
いまだ納得していない表情のレッドは、憮然とした口調である。その様子に苦笑しつつ、女はレッドの隣に視線を向ける。
「で、そいつが例の魔法少女か。今回ブルーには下がっていてもらうが、その戦力の代わりがこいつに務まるのか?」
「……ホワイトの弟子だ、筋は悪くない。」
「成長途中だろう?まあ、この際それでも結構だがな……。私の邪魔はするなよ、グレー。」
「はい……。」
緊張した面持ちの少女は、かつて星夜が戦いを教えていた魔法少女グレーであった。
かつての教師を討とうとする女の言葉に、その心中は複雑であった。
「ブラックが現れたら、ホワイトが特殊結界を用いてブラックの退路を断つ。そうして奴を捕まえてから、我々が増援に向かう。……最初から近くにいては、奴には勘付かれるだろうからな。」
「ブラックは敵の気配には敏感だからね。」
「4対1か……いささか度が過ぎるとも思うが、万全を期す必要がある。これで全てを終わりにするためにもな。」
その言葉に、レッドの顔にはやや陰りが見えた。
「……ああ、万全は期すさ。これで終わりにするためにもね。」
ずっと星夜は、待ち望んでいた。
いつかまたあの少女と出会うことを。
月日は流れ互いの姿は幾分か変わり、男女の違いは明確なものとなり、心の中の疎外感ばかりが大きくなっていった。
もはや同じ世界は見れないのだと思いながらも、ずっとその思い出に縋り付いてきた。
今、目の前にその少女がいる。
それも星夜と雪音としてではなく、ブラックとホワイトとしての邂逅である。
例え罠であったとしても、それでもブラックはホワイトと話したかった。
「……久しぶりだね、元気だった?」
先に口を開いたのは、ホワイトだった。
歳をとり、大人の女性に移り変わろうかというその姿を、ブラックはやはり綺麗だと思った。
「うん。特に病気も怪我もすることはなかったよ。ホワイトこそ元気にしてた?」
本当はずっと心に穴が開いていた。体は健康であっても、心は常に空洞で、何にも熱中せず、何にも打ち込むことはなく。
過去の記憶以外の何物にも執着することができなかった。
「私は……ずっと寂しかったよ。」
「え。」
「ブラックがいなくなってからずっと……。どうしていなくなっちゃったんだろうって、嫌われちゃったんだろうかって。いろいろ考えて、それでも分からなくて。」
その心の内を打ち明け始めるホワイトに、ブラックは戸惑った。
自分は、こんなに心の中を彼女に明かすことはできないと。
「あなたはずっと苦しんでたんだと思う……。その最中に、私は何も気づくことができなかった。こんなにも大切で、ずっと傍にいたくて……大好きなのに、私はあなたに何もしてあげられなかった。」
「ホワイト、それは。」
「私は無力だった。一番守りたい人を、守ることができなかった。」
そうではない、とブラックは言いたかった。
守られたいわけではなかった。そういう非対称な関係を、ブラックは望んではいなかった。だからこそブラックは彼女たちのもとから去ったのだ。
本当は、ずっとその隣に立ち続けたかった。肩を並べ、同じ世界を同じ視点から眺めていたかった。
「だから、今度こそは。」
「違う、違うんだホワイト。」
「今度こそ、私があなたを守る。」
ホワイトの周りに魔力が集まっていくのをブラックは感じ取った。
それでもまだ、ブラックに戦う覚悟は備わっていない。まだまだ話さなければならないことが山ほどある。
(そうだ、僕は。僕はホワイトに理解してほしいんだ。僕のことを、僕の本当のあり方を、思いを。だから、まだ話をさせて欲しいんだ。)
「私は、戦いが世界から無くなって欲しいって願ってる。それが私の魔法の源。ブラック、あなたは私にとって一番大切な人なんだ。だからこそ、戦いから一番遠いところにいて欲しい。」
「ホワイト、私は君と……君とまた。」
同じ世界が見たい。しかし、もはや真逆の物を見ているのではないか。
性別も異なり、もはやその立場も異なり、そして願いも。
「あなたを戦いの世界から離すには、あなたに理解してもらう必要がある。あなたが戦う必要は無いんだってことと、そして……あなたにはもうその力は無いんだって言うことを。」
ホワイトが右手を前に出し、軽く横に振る。
「っ結界か!!」
周囲に結界が展開されたことをブラックは感知した。
だがすぐにその特殊性に気付いた。
「いや……この結界は。」
「あなたはもう変身することもできない。魔法少女ブラックは、もういない。」
「私はまだ、ここで終わるわけにはいかない。」
「逃げるなら、逃げてもいい。」
ブラックにはその結界が、中に居るものを閉じ込めるものではないことに気付いていた。その結界が防ぐのは、外からの侵入のみ。
逃げようとすれば、いくらでも逃げられるものだった。しかし。
「でも逃げるのなら、私はあなたを認めない。」
「……。」
「あなたに、戦う力があることを認めない。」
それは、ブラックにとってはまさしく魔法の言葉であった。
あるいは、己を縛る呪いのようでもある。
「あなたがまだ戦いに身を置くというのなら……まずは私を倒して、その力を証明して欲しい。」
「ホワイト……、私は。」
「誰にも邪魔はさせない。いまこの世界は、あなたと私2人だけのものだから。2人だけで、これからを決めよう。」
その言葉とともに、ホワイトの身体からまばゆい光が溢れ、そして美しい魔法少女が姿を現した。
「分かったよ。」
小さく呟いた。
もう一度その隣に立つためには、どうしてもそれが必要なのだと理解した。
そしてその手に、瞬時に愛銃を呼び寄せた。
「ホワイト……私はまだ戦わなくちゃいけない。いや、そうじゃないな。」
「覚悟はいいね。」
「いいよ。私はまだ……戦っていたい。」
その言葉と同時に、ブラックは地面を蹴った。
「1対4、か……。お前たちなりの万全なのだろうな、これは。」
状況をみやり、女がつぶやく。
「あなたは、私たちの手で倒さなければいけません。」
女の目の前にいるのは、ここには来ないはずの魔法少女ブルーであった。
その隣には、イージスもいた。
レッドとグレーも合わせ、女を取り囲むように4人の魔法少女が立ちふさがっていた。
「そうしなければ、姉さまは戦いから身を引くことがない。姉さまが戦わなくても、姉さまが守りたいものを守れることを示さなくてはいけない。そうしなければ、姉さまは……。」
「この行動の意味が分かっているのか、お前たち。」
「ええ、もちろんです。」
笑みを浮かべながら、ブルーが答える。
「それを理解していて、なお私に立ち向かうのか。」
「ブラックの敵になるか、魔法の世界の敵になるのか……どちらかを選べというのなら、私たちにそもそも選択の余地はありませんからね。」
「ブラックは私たちの大切な友達なんだ。だから、何があっても私は助けるって決めた。」
ブルーの言葉に、レッドも続いた。
「ふっ。この選択は、身を滅ぼすことになるぞ。」
「それもいいでしょう……。ブラックも含めて、私たち魔法少女が一緒にいられるのだったら、例えそういう運命をたどるとしても。まあ、大人しくその運命に身を任せるつもりはありませんが。」
ブルーは杖を構える。いつでも魔法を放つことができる体勢を取った。
数でみれば圧倒的に不利な状況にありながらも、余裕気な態度を女は崩さなかった。
それどころか笑みすら浮かべつつ、ブルーとの会話を楽しんでさえいそうである。
「ひよっこが4人……司法省も侮られたものだな。」
「組織の一構成員に過ぎません。」
「まあいい。これ以上話しても意味はないだろうからな。いいだろう、その力を見せてみるがいい。」
別々の場所で、同じ目的……ブラックを戦いの世界から引き離すための戦いが始まっていた。




