罠
ホワイト達が去ったあと、その場に残されたブラックに対して問いかける声があった。
「お前は……。」
先ほどまで倒れていた魔人の少女が、起き上がって星夜の方を見ていた。
状況がつかめない、といった表情である。その目からは青白い光もなく、普段の晴香同様に普通の人間の姿であった。
(美人だな。)
つい、星夜は思った。
以前会った時には自分を攻撃してくる存在であったため、その顔を落ち着いて鑑賞することもなかったのである。
「なぜ私を……私たちを助けた?」
美人だから、という言葉が喉から出かかったが、星夜は飲み込んだ。そうしておちゃらけたことを言う雰囲気でもなかった。
「晴香は僕の友人だからね。」
「……なるほど、ついでというわけか。」
少し、落胆しているようにも星夜には見えた。
(この子も……救いが欲しかったのかな。)
この少女を助けていたであろう、魔人の男は既にいない。であれば、もはや目の前の少女を庇護する存在はどこにもいないように星夜には思えた。
だからといって、安っぽい同情心にも見えるような嘘をつくつもりにもならなかった。
「まあ、そういうことだね。友人が、その友人を助けようとして、ピンチに陥った。だから僕は助けに入った。それだけのことだよ。」
「そうか……晴香には、いたのだな。」
「雨音……。」
晴香が口にした言葉から、星夜はその少女の名前を知った。
雨音……晴香という名前とは正反対だなと彼は思った。
好戦的なその性格も、晴香とは正反対に思えた。
それでも、両者の境遇はよく似ていたのであろう。そうして互いに支え合ってきた。
(正反対でも……そうだな。まだその関係は終わっていない。)
自分が失ったものが、目の前にあるように思えた。
だからこそ、それは守らなくてはならないと思った。
「これは僕の保身であり、酔狂だ。それを踏まえたうえで提案させてほしい。」
「……なんだ?」
そうして、星夜は少女に告げた。
「僕の仲間にならないか?」
同じころ、混乱の中にある少女たちがいた。
「説明してください、どうしてブラックが。」
静かながらも、厳しい口調でホワイト……雪音が女に問いかけている。
その様子を、ブルーもレッドも見守っている。
「詳しい心境は、私にもわからない。だが事実として、奴は魔人の男と手を組んでいた。そうして男がいなくなった後は、その手下どもとつるんで我々と敵対している。」
「……どうして。」
その会話に、ブルーが割って入る。かなり憮然として口調で。
「魔人と手を組むことがそもそも悪なのですか?」
「ブルー!?」
その言葉に、隣にいたレッドが声を上げる。だがブルーはそのまま問いかける。
「あの男が殺人を犯したことは悪でしょう。ですが彼のもとにいた魔人の少女たちに手を貸すことが、絶対的に断罪されるべきものなのですか?」
「これは……とんでもないことを口にするものだな。」
「私は、当然の疑問を問いかけているだけです。」
緊迫した状況に、ホワイトも口をはさめない。
「殺人者の配下だ、それに味方するなど許されないことだ。」
「あら、ここは魔法の国ではありません。そもそもあなたがたの法の及ぶところではありません。」
「お前は魔法少女にありながら、倫理なり道徳というものをわきまえないのか?」
「倫理、道徳……曖昧で、便利な言葉です。そもそも私たちの世界のそれと、あなた方の世界のそれが同一であるとは限りませんからね。あの少女たちにも、私たちからすれば同情すべき背景があるかもしれませんから。」
いよいよブルーは遠慮することをやめていた。
「どう取り繕うと、あの男は殺人者だった。それに関しての道徳は、さすがにこの世界とも共有されていると思うがな。」
「その行為も、具体的なところがわからなければ判断しかねます。その男が殺したのが善良な一般人であったのか、それとも。」
「我々魔法の世界では、その行為を悪と判断している。それが答えだ。」
その口論に、さすがにホワイトが割って入った。
「ブルー、落ち着いて!確かにあの子たちにも事情はあるかもしれないけど、それでも人を殺したって言うのなら、捕まえなきゃだめだったんだよ。」
「……いいでしょう、あの男が絶対的な悪人であると仮定して続けましょう。ですがその罪について、あの少女たちが関わったというわけでもないのでしょう?彼女たちにとっては、あの男は殺人者でもなく犯罪者でもなく、ただ自分たちを保護してくれる大人に過ぎなかったのではないですか?」
ブルーはまくしたてる、だが女は溜息をついた後で、静かに答えた。
「このことは言うべきが悩んではいたがな、あの魔人の少女たちもまた、我々の世界では手配され追われている存在なのだ。」
「へえ……。」
「彼女たちはこの世界にとって危険な存在だ。だから倒さねばならない。」
「……赤子の理屈ね。」
いつもの丁寧語を捨て、ブルーがそう呟いた瞬間、女は手をブルーの頭にかざした。
そうしてすぐさま、ブルーは力を失いその場に倒れ込んでしまった。
「ブルー!!?」
ホワイトとレッドの両方が声を上げる。
ホワイトが駆け寄って様子を確かめ、どうやら息はしていることは確認する。
「おい!」
たまらずレッドが声を荒げるが、女は冷静に答える。
「ブルーは錯乱しているようだ。無理もない、かつての友人があんな連中と組して、自分たちと敵対しているのだからな。」
「あんた……。」
「だが、この混乱もあの魔人達をとらえ……ブラックを倒せばすべて終わる。」
「ブラックを……。」
ホワイトがつぶやく。
「そうだ。ブラックにも罪があるにしても、相当に情状を酌量する余地もあるだろう。彼女を親友と思うのなら、間違った道は正さなければならない。」
「……。」
「殺人者と、その仲間……。そんな連中に、大切な親友を奪われたままではいけないだろう?」
女の言葉を、ホワイトは静かに聞いた。ある程度の説得力を感じているようでもあった。
「だがそれは勇気を要することだ。親友と戦うことほどつらいことは無いだろう。だが乗り越えなければならない、そうしなければ彼女は帰ってこない。」
「ブラックを……。倒せば、帰ってくるんですね。」
「そうだ。だが奴も一流だ、そう易々とはいかない。それに今のブラックには仲間がいる。奴らが一緒にいる状況では、倒すのは容易ではない。」
ブラックとともにいるのは、イージスと魔人の少女2名。すなわち合計4人である。
数の上では、ホワイト達と同等であった。
「だが同時に、彼らの核となっているのは確実にブラックだ。今まではその核を避けて対処しようと考えていたが……どうやらそれは間違いであったらしい。」
「つまり……。」
「まずは核を……ブラックから倒す。」
その言葉に、ホワイトは息をのんだ。
何としても避けたいと思っていた現実が、目の前に迫っているように聞こえた。
「それは……どうやって?」
「……ブラックは、まだ君のことを引きずっている。それを利用する。」
「私を?」
「そうだ。だから、彼女に向けてメッセージを送ってもらいたい。」
「星夜。」
「ん、なんだいクロ?」
家に1人帰った星夜は、黒い妖精からの呼びかけに答えた。
「伝えるべきかどうか、非常に迷うことだが……。」
妖精らしからぬ前置きに、星夜は首をかしげる。
「らしくないね。」
「……ともかく、伝えよう。ホワイトから伝言だ。」
その言葉に、星夜はびくりと反応した。
決別を覚悟したとはいえ、彼女への執着は捨てきれるようなものではなかった。
「……なんて言っているんだい、彼女は。」
正直なところ、星夜は聞くのが怖かった。どのような苛烈な言葉がきたとしても、不思議ではなかったからだ。
心が折れそうになる不安に耐えながら、続く言葉を待った。
「話がしたい。1人で来てほしい。とのことだ。」
だが、意外なほどに簡潔で、そしてあるいは友好的にも思える伝言であった。
しかしすぐさまその不審さに気付く。
「1人でのお呼び出し、か。」
「怪しい、という程度のものでもないが。」
その呼び出しの目的、もはや誰にとっても明白に思えた。
「罠だと思うかい?」
静かに、星夜は問いかける。
「間違いなく、罠だろうな。露骨すぎて警戒する程度には、明らかだ。」
その返答に、星夜も頷く。
「僕も……十中八九、罠だとは思う。」
「そうか、なら……。」
「でも。」
会話を終えようとした妖精の言葉を遮って、星夜が続ける。
「ホワイトからの呼び出しだ、行かないわけにもいかないでしょ?」
笑いながら言ったその言葉に、妖精はしばしあっけにとられた後言葉を荒げる。
「……っ!?星夜、なにを馬鹿な!」
「うん、馬鹿げているとは思う。でもね、まあ……。せっかくの呼び出しだ。」
「落ち着け、正気になれ、お前らしくもない。」
「ずっと、望んでいたからね。ホワイトと、もう一度会うことを。」
「だからと言って、それは愚行だ。倒されに行くようなものだ。」
普段の静けさもどこへやら、黒い妖精は必死になって星夜を止めようとしていた。
「僕はまだ、ホワイトのことを信じている。それに……ホワイトにだったら、倒されるのも本望だ。」
「……冷静になれ。お前がいなくなれば、彼女たちはどうなる?お前を頼ってようやく生きているんだぞ。」
「そうだね。だから僕は罠にはまるとしても、倒される気は無い。」
「星夜……。」
「僕は勝てないかもしれない。だけど僕を倒せる奴も、いまこの世界にはいない。そうは思わないかい?」
自信ありげな笑みに、妖精もついには折れた。
「戦おう、とは思うなよ?」
「うん……。ごめん、我が侭だとはわかっているんだ。それでも、これが最後だ。」
「星夜。」
「最後に話す機会になるかもしれない、だから許してほしい。」
待ち合わせの約束は、3日後に指定されていた。




