好敵手
周囲を見回しながら、星夜は状況を整理する。
(敵はあの女と……ホワイト、ブルー、レッドの合わせて4人。うち女は左腕を負傷……まだ戦うことはできるかな。一方こちらは、魔人1人は戦力外、晴香もダメージは大きいか。健全な戦力としては、魔獣1匹とイージスのみ。数だけ見れば2対4だけど。)
そう考えながらホワイト達の顔を見る。
ホワイトと目が合うと、あちらはやや頬を赤く染めていた。それにつられて星夜も少し視線をそらしてしまう。
レッドもいまだ状況をつかめず困惑している様子であり、ブルーは全てを理解した様子で魔法使いの女や星夜たちを眺めている。
(戦術というものの一つの基本は、数の優位を得ることだ。それは全体の数ではなく、局所的な、その場その場の狭い戦場における数の優位。そもそもの兵力を準備するのみではなく、敵に遊兵を作らせることが肝だ。)
星夜は女を見上げる。やや勝ち誇った表情で。
(さて、どうする?そこの3人は今や戦力ではない。実際の戦力としても1対2、あるいは向こうからしてみれば僕も戦力に含めて1対3だ。)
この場は、撤退が順当。
それは女にも分かっていた。
「ここで出てくるとはね……。袂を分かつ覚悟があったということか。過去の仲間を捨て、その敵と組む道を選び、それを知られることも厭わない。私も侮ったな。」
誰かに語るわけでもない独り言として、女はつぶやいた。
そうして引くことを選ぶ。だがそれはこの場のみの話だ。
「ホワイト、ブルー、レッド。この場は退こう。説明すべきことがある。」
「え?」
呼びかけられたホワイトが困惑した返事をする。
「あの……ブラックのことだ。彼女がなぜ魔人の肩を持つような行為をするのか、深い話になる。この場では混乱するだけだ、退くぞ。」
「で、ですけど!」
食い下がるホワイトをよそに、ブルーは星夜に視線を向ける。
退け、と星夜はアイコンタクトをしている。この場の混乱は星夜にとっても望ましくはない。
戦闘に発展すれば、星夜たちが勝つとは限らない。1対3という虚構の数的優位のみが魔法使いの女を撤退に追い込んでいるのだ。
「ホワイト、ひとまず下がりましょう。ブラックがなぜあのような行動をとっているのか、詳しく聞く必要があります。」
「でも……せっかく、せっかくそこにブラックがいるのに。」
「いまの彼女と話しても混乱を生むだけです。まずは状況を、彼女の現状を知る必要があります。」
「そんなの、本人に聞くのが一番だよ。」
「……彼女が洗脳されている可能性もあります。」
ブルーも不本意である。だが、ここでホワイトが星夜の味方にまわるようなことがあれば、ホワイトも魔法使いたちと敵対することになる。星夜がそれを望まないことはブルーもよくわかっていた。だが。
(本当は、魔法使いたちを敵にしてもいいんですけどね。まあ、今だけは流れを見てみましょう。)
最悪の状況になれば、ブルーは何のためらいもなく星夜の味方になるつもりでいた。たとえ敵対する魔法使いの背後に、魔法の世界の本国が控えているとしても。
(あの女は、僕が洗脳されて魔人に利用されている、とか説明することだろう。あるいは僕自身が、悪の道に進んでしまっただとか……。ともかく、今の僕が彼女たちの敵であると教えることになる。彼女たちがそれを信じるかはさておき……とはいえ。)
ふと、今さらながら単純な事実に気付く。
(なんだ、僕が魔人と手を組んでいるのは事実じゃないか。つまり、名実ともに僕は魔法の世界と敵対する道を選んでいるわけだ。たとえ直接的に敵対しているのが過激派であったとしても、あちらの敵になったことに変わりはない。であればあの女の説明は虚偽でも何でもない。ホワイトたちが騙されるとかそういうわけではない。それに……。)
それに。
(ホワイト達が魔法の世界を敵に回す必要はない。これは僕が勝手に選んだ道だ。僕と、イージスだけが選んだ道だ。違えてしまったんだ、彼女たちとは。)
ブルーと魔法使いの女の説得……。しかしそのようなもので納得するホワイトではなかった。
「そんなんじゃ、何もわからない。」
いや、納得するような人間であったのなら、ホワイトは強力な魔法少女になり得なかった。
「ホワイト……?」
「説明されても、ほんとのブラックのことなんて何もわからないんだよ。今までだってそうだった。私はブラックのことを、何一つ理解していない。」
「それは……。」
ブラックが魔法少女をやめた理由、そこに至る苦悩。そうしたものをホワイト達は直接ブラックから聞くことはできなかった。
全ては妖精からの伝聞。そのようなもので納得する彼女たちではなかったし、そこへの不満や後悔の念は彼女たちがずっと抱いてきたものだった。
だからこそ、この場を引くホワイトではない。
「この場で、聞かなきゃいけない。ブラックが何を思ってきたのか。今、何を思ってるのか。」
迷いを消した顔つきで、ホワイトはブラックを見つめる。
先ほどまでの困惑はすでにない。
「まだ魔人もいます、話せる状況じゃありませんよ?」
「……話をする邪魔をするのなら、相手するよ。それに、ブラックが洗脳されているっていうんだったら、まずあの子を倒さないといけない。」
そういって晴香と魔獣に視線を向ける。手負いではあるが、まだ戦闘力はある。
傷を負いながらも、いまだ力強い視線をホワイト達に向けていた。
「それをブラックが望んでいないとしても?」
「本心を聞かなきゃいけない。」
「本心で、魔人の味方をしていたとしたら?」
「それは……。」
その問いに対してはホワイトは口ごもった。あのブラックが、倒すべき魔人の味方になってしまっていたとしたら……。
自分は誰の味方をするのか。
「全部、話を聞いてから決めることだよ。」
そういって剣を構え、魔力をこめる。
その姿を見たブラック……星夜は己の思惑が外れたことを悟った。
(なぜ退かない、なぜ戦うんだホワイト。)
星夜には、ホワイトの考えが分からない。
(戦うっていうのか……?僕と。)
今ホワイトが刃を向けているのは晴香たちではあるが、それでも星夜にとっては己に対する敵対行為に等しいものだった。
(僕は……ホワイトと戦うのか?)
晴香に危害が及ぶのなら、それは防がなくてはならない。
イージスもいるが、ホワイト相手には戦力不足だ。
(ホワイトは一流という言葉では足らない。間違いなく、この時代一の天才だ。……並ぶもののない強さ、美しさ。それと僕は、戦う道を選んだのか?)
無意識に、星夜の右手に力が入る。かすかに魔力が流れ、集まった魔力が形を成していく。
それが銃の形となり、星夜の手に収まった時に初めて彼は己が愛銃を出していたことに気付いた。
(銃……無意識だった?僕はどうしてそれを手にした?武器を持てば、ホワイトと戦うことになるというのに、絶対に避けたいことのはずなのに。)
星夜の理性は、ホワイトとの戦いを回避することの為に思考を回転させていた。にもかかわらず、その手には銃が出現していた。
(今から僕は、ホワイトと戦うことになる……?違う、こんなものは。)
彼が否定しているのは、戦う事実ではない。
それを想像した時の、彼の感情だ。
(どうしてなんだ……どうして僕は、こんなにも。)
なぜ己は、己の理性に反しても。
「昂るんだ。」
星夜は右手で銃を握りしめる。懐かしい感覚がつながった気がした。
銃と己が一体となったような、古い感覚。
ホワイトは今にも晴香に魔法を放とうとしている。
それをイージスの盾が阻んでいる。
だが盾で止まるホワイトではないと、ブラックは理解していた。
ホワイトが遠距離攻撃ではなく、機動力による近接攻撃に思考を切り替えることも、予想していた。
「そうか……。僕は……ホワイトと戦いたいのか。」
陽動で放たれた魔法にイージスの盾が反応した隙をついて、盾の死角からホワイトは晴香に急接近する。近接戦はホワイトの得意とするところではないにしても、その動きは非凡である。
手負いの晴香では対応しきれるものではなかった。
素早い動きで側面から剣を振りかぶるホワイトに対して、晴香はただ身を守ろうとするのみで精一杯だ。
それでも、ブラックには見ることができた。
そしてホワイトよりも速く、ブラックは動くことができた。
「!?」
ホワイトの剣を受け止めたのは、ブラックの愛銃。
予想外の動きに、ホワイトが目を見開く。
「ああ……。いいね、これは。」
ホワイトの剣を押しのけたブラックは、すぐさまホワイトに向け魔法を撃ちだす。ホワイトが障壁によって防いだその攻撃は、力強い紫色の光条であった。
「ブラック……?」
いまだブラックは変身していないが、明らかに魔法少女の力を取り戻しているように見えた。
「下がってくれ、ホワイト。……これ以上は。」
これ以上は、己の汚さが分かってしまう。
こんなにも大切な人と、心の底から戦いたいと思っている自分に気付いてしまう。
「退かないのなら、どちらかが倒れるまで続けるだけだ。」
「ブラック……。」
間近で会話して、ホワイトには分かった。ブラックは正気であると。
洗脳されているわけではない、ブラックは自分の意志で魔人の味方をしている。
それを認識してなお戦い続けることは、今の彼女にはできなかった。
決意はまだ固まっていない。
「ホワイト、下がりましょう!」
ホワイトに呼びかけるブルー。
隣の魔法使いは、すでに傍観者となって戦いを眺めていた。どちらが勝つにしても見ものだという風に。
その女の態度への不愉快さも生まれたのか、ホワイトはブラックをもう一度見やると、未練を振り切るように視線をブラックからそらして離れていく。
「ブラック……。」
未練深いのは双方とも同じであった。
遠ざかる友の背中が、もう追いつけないところにあるような寂寥感が、星夜を襲う。
「君と僕は……。」
正反対なのか。
補い合う関係では最早無く、反発し交わらぬ関係。
そうしてその反発に対する高揚感。
何よりも自分の心の昂りが怖かった。




