覚悟の読み誤り
星夜、菫そして晴香の3人の日常は、意外なほどに穏やかなものであった。
魔法使いの女による襲撃以降、3人は警戒心を保ちながらともに行動していたが、その警戒心とは裏腹に彼女たちに対して何か危険が迫るようなことは起きなかった。
(とはいえ……あの魔法使いがホワイトたちに接触しているのは確かだ。)
3人で帰宅しながら、星夜は美空からの報告を思い出す。
魔法使いの女は、ホワイトたちに接触を試みている。それの意図するところは、星夜たちに対する攻撃に他ならないだろう。
(ほかの魔人を先に排除する、ということも考えられるけど……晴香に聞いたところ、あの魔人の男が倒れたことで他のめぼしい魔人達は逃げ出したらしいから……。この辺りで狙うとすれば、やはり僕達か。)
この世界に逃げてきている魔人の数は、そもそもそれほど多くはない。そしてあの魔人の男は、その中でも特に力を持っていた存在であった。
それが倒れたことで、魔人側は逃げの姿勢に変わっている。
(あの女が考えるとすれば、やはり脅威は僕達だけだ。さて、どう行動を起こしてくるだろうか……。)
そう考えたところで、また別の懸念が星夜の頭に浮かんできた。
(……美空はどう動く?美空は、やはりあの女の目的に気付いている。僕を、ブラックを消そうとしていることにすぐに確信を持つはずだ。そうなったとき、彼女はどうする?いや、それは明らかだ。彼女は女を止めにいく、だがそれはいけない。美空までもが奴らの標的になってしまう。)
美空は星夜に向かって、味方をすると断言した。自体が動けば、その言葉は実際の行動をもって示されることになるだろう。そのことは美空のことをよく知る星夜であればこそ、はっきりと理解できた。
(ならば……こっちから女を潰しに行くしかないのか?いや、それも不可能だ。あちらも一級の魔法使い、こっちは戦力が足りない。せめて……。)
せめて、と星夜は考える。せめて自分が戦うことができたら……。
あの時の一瞬の戦闘力、それはもう星夜にはなかった。何度かこっそりと試してみたが、魔法の力は星夜に戻って来てはいなかった。
(駄目なのか……戦えないのか、僕は。)
星夜には自分が再び飛べない理由が分からなかった。
勝ちたいという思いは、日に日に増して行ってすらいるにもかかわらず、彼の魔法力は戻ってこないのだ。
(男、だから……。僕は魔法少女たちとは異質の存在だからか。)
その壁は、相変わらず星夜の前に高くそびえたっていた。
星夜が考え込んでいるとき、隣を歩く晴香の携帯電話が鳴った。
すいません、と断りを入れて少し星夜たちから距離を取り、晴香はその電話を取る。
「もしもし。」
その会話の内容は、距離もあって星夜たちにははっきりと聞こえるものではなかった。
しばらくすると晴香は電話を終え、星夜たちのところに戻ってきた。
「先輩、すいみません。ちょっと友達に呼ばれちゃいまして、今日はここでお別れです。」
「そうか。……1人で大丈夫?一応気を付けた方がいいと思うけど。」
魔法使いのことを念頭に置いて、星夜は心配する。
「いえ、それほど離れた場所でもないので。それに最近は何も起きてないですし、平気ですよ。」
「そうかな……。」
「とにかく、ちょっとした用事だけなので、すぐに済ませて帰りますから。それじゃあ!」
そういうとやや強引に、晴香は星夜たちから離れて駆けだして行ってしまった。
晴香を見送り、星夜は再び思案する
(ホワイト達と手を組んだとなれば、数の上では4対3……いや、実質は4対2か。事が起きればこちらが圧倒的に不利だ。手を考えないとな。)
考えつつ、星夜たちは自宅に向かった。
星夜たちのいた場所からいくらか離れた川原に、1人の少女が倒れていた。
その格好はいくらか奇抜であり、その顔を見るとかつて星夜を襲ったことがある少女、つまりは魔人の1人であった。
その少女と対峙する影は4人。
星夜が警戒している魔法使いの女と、ホワイト、レッド、ブルーの3人の魔法少女であった。
地に伏す少女を見下すように、女が言う。
「お前を飼っていた男もすでに倒れた。そろそろ観念する時だな。」
「く……お前が。」
「まだ意識があるとは感心だが、にしてもやはり戦い甲斐がない。せっかく魔法少女も3人連れてきたというのにな。」
魔人の少女は、もう立ち上がる力も無いようであった。
その姿を見てさすがに心を痛めたのか、ホワイトが女に問いかける。
「勝敗はつきましたけど、あの子はどうするんです?」
「とにかくあちらの世界に送還する。お前たちの世界と同じように、法で裁くのさ。まあ年齢でいくらか罪は軽くなるかもしれないが。」
「じゃあ、戦いはここで終えればよいですね。」
「……敵への情けか?」
「戦う必要がもうない、ということです。」
勝敗がついてもなお攻撃をしようとする女に対して、ホワイトは不快さを露わにしている。
だが女は首を縦に振らなかった。
「いや、まだあるのさ。」
「どうしてですか!?」
「すぐにわかる。あれは餌だ。」
「え?」
意図するところが分からないという表情のホワイト達であったが、すぐにその意味が分かることになった。
「ほら、来たぞ。」
ホワイト達の前に、新たな人物が姿を現したからである。
その姿を見て、ホワイトは理解した。
「魔人……。」
「そういうことですか。」
美空……ブルーも状況を理解した。
レッドも武器である、大きな斧を模した魔法道具を構えなおす。
「あれを倒せば、ひとまずこの辺の平和が手に入る。」
「……分かりました。」
この町の平和のため、と考えたホワイトは剣を構えた。
臨戦態勢に入る彼女たちの中で、しかしブルーはやや様子見の姿勢であった。
(この戦いの本当の目的は……?この人が本当に倒したいのは誰?)
ブラックを倒すことが目的なのではないか。そう考えると、ブルーは積極的に戦闘に参加する気にはなれなかった。
対する魔人……晴香は、倒れている少女を横目に見つつ、状況の不利を痛感していた。
(間に合わなかった……。敵は4……、いずれも一流以上。)
その傍らに、いつぞや星夜を襲った魔獣が姿を現す。
(数は2対4、厳しいことに変わりはない。ごめんなさい、先輩。)
ここでもう、駄目かもしれない。晴香は心の中で覚悟を決めつつあった。
倒れている少女から電話を受けたとき、星夜たちに助けを求めることもできた。しかしこれは魔人の問題であって、星夜たちを巻き込むべき問題ではないと晴香は思ったのだ。
星夜を、こんなことに巻き込んで傷つけるわけにはいかないと考えたのだ。
(駄目であったとしても……それでも。)
晴香は女を鋭い眼光で睨み付ける。
「せめて1人は、道連れにする!」
そう言うと一気に魔力を込め、晴香は飛び上がった。
その彼女に向け、ホワイトが攻撃を放つ。1本の光条が晴香に向かうが、それはロール機動によってするりと躱された。
そのまま晴香は女に向け飛びかかる。その愚直すぎる軌道に、女は憐れむような表情を浮かべた。
「馬鹿馬鹿しい……。猪突で私を倒せると思ったか!」
そう叫ぶと、女にとって全力を込めた砲撃を杖から放つ。
直線過ぎる軌道に向けられた攻撃は、回避できるものではなかった。また魔法による障壁によっても、完全には防ぎきることができないはずであった。
だからこそ、勝負は決まったと女は考えた。
「な!?」
しかし、その予想は裏切られた。
晴香は回避もできなかったし、障壁で攻撃を防ぎきることもできなかった。
攻撃を食らい、ダメージを受け傷を負いながらも、しかし今の晴香にとってそれは致命傷ではなかった。
歯を食いしばり痛みに耐える晴香の顔を見た瞬間に、女は自身の戦術の誤りを悟った。
「捨て身……!」
「このお!!」
隙を見せた女に、魔力で強化された晴香の蹴りが命中する。
苦痛に顔をゆがめバランスを崩した女に向かって、今度は魔獣が飛びかかっていく。
いまだ体制を立て直せていない女はその攻撃を防ぐことはできず、噛みつかれる部位を己の左腕とすることが精いっぱいの防御であった。
「離れろ!」
戦況は晴香の優位に見えたが、それは1対1での話である。斧を構えたレッドが魔獣に斬りかかると、魔獣は攻撃をやめて女から距離を取った。
晴香もまたホワイトからの追撃を受け、距離を取らざるを得なくなった。そうして立ち位置は振出しに戻ってしまう。
女から受けた攻撃によるダメージにより、肩で息をしながら晴香は4人を見つめる。痛みは確実に晴香の体力を奪っていく。
女もそれなりの傷を負っており、特に左腕はすぐに動くようにはならないだろう。
とはいえ、ホワイト達は完全な無傷である。
「覚悟のほどを見誤ったか……それほどの決意と見える。予想外だったが、2度目はない。ホワイト、撃ちなさい。」
「はいっ!」
今度こそ止めを刺す。
ホワイトも全力の魔法を放つこととした。
彼女の剣から放たれたのは6つの光球。1つ1つが晴香を戦闘不能とするに十分以上の威力を持ちながら、高い追尾能力を伴い晴香に向け飛んでいった。
「っ!まだ!!」
痛みを無視して、晴香は叫び再び動く。
迫る光球達を一度回避すると、女に向け近づいていく。
女は左腕は負傷しているが、右腕だけで杖を構えると晴香に向け攻撃を放つ。
先ほどとは違い、晴香は上下左右に軌道を変えながらその攻撃を回避する。その動きは、美しいと星夜が評した通りのものであった。
無駄はなく、回避するための最小限の動き……それでもなおホワイトの放った光球は背後から晴香を追いかけていた。
前方からの攻撃と、後方の光球。必然的に晴香が取りうる軌道は大きく制限されてしまう。
険しい顔をする晴香をあざ笑うかのように、女が語り掛ける。
「ここでお前が倒れれば、奴らは2人だ。あと1人さえ倒してしまえば、あとは私と奴の一騎打ちで決することができる。」
「お前!!」
女が意図するところは、星夜たちの戦力の各個撃破。続いてイージスを排除できれば、残る星夜を1対1で相手して倒すことができるだろう。ホワイト達の戦力をあてにする必要もない。
「この場に、奴が来ることは無い。」
それなりに距離が詰まった状態であり、ホワイト達には聞こえないように女は語り掛ける。
「あいつは魔法少女たちとの関係に執着している。ここでお前を助けようとすれば、その関係は破壊されることになるだろう。」
そんなことは晴香も承知であったし、望んでもいなかった。
だからこそ自分1人の力で、この女を倒さねばならないのだ。
「その意気は認めよう。だがこれで状況は詰んだ。」
その言葉の通り、四方から迫る光球は、晴香に回避の術を与えなかった。
(先輩!!ごめんなさい……。)
痛みによってではなく、星夜ともう会えなくなることに、星夜の力になれなかったことに、晴香は涙を浮かべた。
「イージス。」
「はい。」
晴香を襲う光球は、その場に現れた6枚の障壁により遮られた。
その障壁を目にすると、女も、ホワイト達も声を上げた。
「な……。」
女は、この場に現れることがないと踏んでいた存在の出現に対して驚愕の表情を浮かべた。
「やはり。」
ブルーは、納得した表情をもって。
「まさか……。」
レッドは、状況を理解できない困惑の表情をもって。
「……!」
そしてホワイトは、驚愕を上回る歓喜の表情をもって、その姿を目にした。
「私の友達を、随分と痛めつけてくれたようだね。」
魔法少女イージスを伴ってその場に現れたのは、黒く長い髪をなびかせた美しい少女。
「さて……。続けるつもりはあるかな?」
女装した星夜は、ホワイトが想像していた、成長したブラックの姿そのままであった。




