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雪音の場合

 心地のいいまどろみの中で、遠い昔のことを夢に見る。


「すごいね、ホワイトは。また新しい魔法覚えたんだ。」


 黒い服装の女の子が、雪音に話しかけていた。

 その顔を見るだけで、雪音は自然と笑顔になった。


「うん!でもブラックもすごいよ、動きがどんどん速くなってる。もう目が追い付かないよー。」

「はは、まあ私にはこれしかないからね。雪音と違って、いろんな魔法を使える才能は私にはない。私にできるのは、ただ動き、撃つこと……。だからそれを磨くしかないんだ。」


 少し自嘲気味に笑う女の子。雪音と異なる才能に、少し自信が無いように見える。

 しかし雪音から見て、その女の子は自分と異なるすごい才能を持っているように思えていた。強力な魔法で力押しするしかない自分と比べて、この女の子の戦いのなんと美しいことか。


「私とブラックは、互いに違うんだよ。別々の強みがあって、別々の弱みがあって。」

「私とホワイトは、正反対なんだね。でもだからこそ、互いの足りないところを補うことができる。正反対だからこそ、私と君は2人で最高のタッグになれる。私たちは負けないんだ。」


 あの時のブラックは、雪音と2人で1人のような存在だった。絶対の信頼を置く相棒同士、どちらかが欠けることなど想像もできないような、強いつながり。


 それなのに。


 いつから、彼女は苦しんでいたのだろうか。

 雪音には分からなかった。

 ただブラックが苦しんでいた、ということだけは後になって知ることができた。その事実も、その理由も、ブラックが苦しんでいるその最中に知ることはできなかったのだ。



「あの人には、あなたしかいないのに。」


 一緒に戦う魔法少女が5人に増えていたときに、言われた言葉。

 いつの間にかブラックが相棒としていた、自分ではない魔法少女。雪音はいつもそれを、内心で羨ましく思っていた。その彼女に言われた言葉だ。


「本当は、私では駄目なんです。でもあの人は、あなたが怖い。あなたが自分のことを見捨ててしまうんじゃないかって。」

「そんなこと!」

「あの人の戦う力が衰えたとき……。あなたはどうしますか?」

「え……?」

「今も少しずつ弱くなっていく、あの人の魔法の力……。それがもうごまかしが効かないところにまで至った時……あなたはどうしますか?」

「そんなの……。」


 決まっているではないか、と思った。


「そんなの、戦うのをやめてもらうよ。これまで頑張ってきたんだから、もう休んでいいんだって。そう言って、私たちにあとは任せてもらうよ。」


 思えば、この答えは間違いであったのだろうか。

 雪音は今でもわからない。

 ただその答えを口にしたとき、目の前の魔法少女はやはり、という顔をして失望の表情を浮かべ、そして去り際にこうつぶやいた。


「あなたは……ブラックを理解していない。」


 長い間、半身同士と呼んでもよい関係だった雪音たち。互いのことはすべて理解しているつもりだった。

 それなのに、付き合いが浅い少女にこうまで言われたことに雪音は腹を立てた。


 そうしてその言葉を、真剣に考えることは無かったのだ。




「すごかったよ、君たちの戦い。」


 ある日、魔獣を倒し戦いが終わったあと。ブラックはそう言ってきた。

 なんだか達観したような、まるで戦いとは無関係の、第三者としての感想のようで。


 あるいは、それが限界の合図だったのだろうか。

 ブラックは、それを最後に雪音たちの前から姿を消した。




「……夢、か。」


 小鳥が鳴く声がしている。

 体を起こした雪音は、ぽつりとつぶやいた。


「久しぶりに、会えたな……。」


 悲しい別れであったかもしれないが、夢で昔の姿を見れたことが、うれしかった。自然と顔から笑みがこぼれる。


「今、どこでなにをしてるのかな。元気かな。病気とか、してないかな……。」


 どこにいるのかもわからない、かつての友人のことを思い浮かべる。それだけで心が満たされるようだった。


 会えなくても、この世界のどこかにいる。

 そう考えると、なんだか自分が住む世界がとてつもなく美しいものに感じられてくるのだった。


 眠い体を起こし、朝の支度をする。

 久しぶりに見た懐かしい夢の余韻に浸りながら、いつものように準備をする。


「……行ってきます、ブラック。」


 5人で撮った、1枚だけの写真。

 笑顔の雪音の隣に、いつもどおり少し冷たい表情のブラックが映っている。その隣にはブラックにくっついたイージス、その3人を挟み、元気そうな笑顔のレッドと、見守るように微笑むブルー。


 雪音にとって、一番輝いていた頃の写真に、挨拶をした。




(なんだか……1人になりたいな。)


 いつもの3人で昼食を食べながら、ついそう思ってしまった。

 2人は好きであっても、1人になりたい気分というものもある。雪音にとって、今日はその日だった。


 無意識に、ある男子生徒の席に視線を向ける。そこにはいつもと違い、誰も座っていなかった。

 しばらくすると、見慣れた後輩のショートカットの女の子が教室に入ってくる。

 しばし辺りを見回した後、面白いほどに困った表情を顔に浮かべていた。


(どうしたんだろう……。)


 どうにも教室に目当ての相手がいないと分かると、その女の子はあわただしく廊下に出ていった。


(ふふ……いい関係だな。ちょっと、羨ましい。)


 本人は困っているのであろうが、つい雪音はそう思ってしまう。どう見ても、女の子の好意は明らかだったが、男子生徒のほうはよくわからない。

 それでも互いを大切に思っているであろう関係が、眩しかった。

 そして理由は雪音にもわからないが、その男子生徒とそういう間柄であるということが、どうにも羨ましく感じられるのだった。


(似ている……のかな。)


 その男子生徒は、雪音にとって一番大切だった人に、似ていた。性別ははっきりと異なるが、それでもどうしても似た印象をぬぐえなかった。

 だからこそ、無意識に目で追ってしまうのだろう。


(会いたい、な。)


 似た人を目にして、会いたいという思いはますます強くなってしまう。

 その思いをどうにかごまかすために、1人で夢の残り香に浸っていたかった。




「うーん。暑い!」


 1人で雪音は屋上にやってきた。

 照りつける日差しが校舎を焼いている。遮るもののない日差しを熱く感じた。


 数歩歩いて、雪音は校庭を見下ろす。木々の緑が、いま最も深くなろうとしている。


「もし……私たちが魔法少女として出会わなかったら。」


 起こりえなかった仮定を思い浮かべる。


「普通の女の子同士として出会ってたなら……今も仲良く一緒だったのかな。」


 雪音はその様子を想像する。高校に通う雪音の隣には、成長したブラックがいる。表情は乏しいが、雪音の話に相槌を打って、時々とてもきれいな笑みを浮かべてくれる。

 学校では、雪音とブラックでわからないところを教え合うのだ。時には雪音の初歩的なミスに、あきれたように溜息をついたり……。


 部活は何をするだろうか。一緒の部活がいいな、と雪音は考える。彼女にはテニスが似合うだろうか、あるいは弓道。もしかしたら野球部のマネージャーとか……。と考えてその発想は否定した。

 ブラックが男子たちに取られるようなことがあっては絶対にいけない。いや、取られなくても絶対にブラックはやらしい目で見られるに違いないのだ。


 部活が終われば、帰り道にカフェに寄ってみたりして……。恋バナ以外のいろんなことを話すのだ。


「……いいな、それ。」


 それはとてつもなく、幸せな日常だろう。

 もしかしたら、魔法少女にならなかったほうが……。


 あるいは、今からでも記憶を消して、何もないところから関係を始めれば……。

 もう一度、あの美しい生活が取り戻せるのではないだろうか。


「でも……無くしたくないな、この思いも、記憶も。」


 今すがるものは、これしかないのだから。


 ひとしきり幸せな妄想をした雪音は、教室に戻ることにした。

 だが振り返った雪音の目に、思い出や想像ではない、現実に存在している綺麗な姿が飛び込んできた。


「あ……。」


 思わず息が漏れた。

 死角に入っていて今まで気づかなかった、その存在。


 床に仰向けに寝転がる男子生徒。

 目はつぶられており、胸が穏やかに上下している。


 寝ているのだろう、だがその顔に雪音は目を奪われた。


「……綺麗。」


 男に対して、そう思ってしまった。

 肌は白く、整った目鼻。口は小さめで、やはり全体的に少女的な顔つきをしている。

 

「ほあ……。すごいなあ、ほんとに男の子なのかな……。」


 ついつい近くによって、その姿を観察する。近くから見ると、まつ毛の長さや肌の艶がよくわかり、ますます雪音の関心を引いた。

 だがすぐに、あることに気付く。それは彼が寝ているこの場所だ。


「あ、日差しが……。大変だ、どうしよう。このままじゃ。」


 日焼けして、この綺麗な肌が傷ついてしまう。

 なにか日傘のようなものはないかと見回したが、当然そんなものはない。

 自分が日陰になろう、としてもそううまくはいかない。そうして雪音は、ついに決心した。


「……起こそう。」


 気持ちよく寝ている彼を起こすことはなんだか罪悪感が感じられたし、それに気になっている男子に話しかけることも緊張したが、背に腹は代えられなかった。


 そうして雪音は、星夜に声をかけた。

 どうにか目を覚ました星夜と、雪音はいくつか会話を交わす。

 そうするとやはり不思議にも、ブラックに会えないことでぽっかりと開いていた雪音の胸の穴は満たされていった。

 人と話すことで、寂しさが和らいでいった、とだけ雪音は思った。だが現実にはそうではない。

 確かに雪音が会いたいと望み続けた相手と、雪音は会話をしているのだ。


 そうして、新たな関係が始まる。

 ホワイトとブラックではなく、雪音と星夜の関係が。


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